第23話

「名前は?」

「芙蓉。」

「…その目は、いつから?」

「数日前。気付いたら赤くなってたの。それで、祓い子の話を昔聞いたことを思い出して、ここに来たの。」

「…そうか。」

「私、どうしたらいいの?祓い子になるの?」

「あー…俺たちにはわからないから、とにかく宮司の所へ連れて行くよ。」

「ありがとう。」

 ふわりと笑った芙蓉に、以前のヒミの面影が重なる。トキワとキナリの胸に不安が広がった。



「その瞳が証拠ならば、しかたあるまい。ヒミの役目は終わったということだ。芙蓉、といったな?この神里に住まい、穢れを祓う役目を果たせ。トキワ、キナリ、教え導くようにな。」

 あまりにあっさりと代替わりを告げた宮司に、トキワは戸惑った。

「…それでは、ヒミは…?」

「後任が来たと教えてやれ。ヒミはもう、己の目でその色を確認できぬのだからな。」

「はい…。」

 トキワとキナリの後について社を出ようとした芙蓉に、宮司は低い声で問いかけた。

「そなた、どこから来た…?」

「え?街からですが、どうして?」

「…そなたは薄紙のようだな。厚みを感じぬ。」

 無表情なままに、芙蓉を見つめる目は細められた。


 社を後にして、3人はヒミがいるであろう部屋の前で立ち止まった。

「ヒミには?すぐ知らせるの?」

「ああ、とりあえず様子を見て…あれ?どこかに出かけてるみたいだな。」

「ほんとだ、ずっとここに座ってたのに。どこ行ったんだろ…」

 ヒミが羽織っていた上着が椅子に掛けられていた。

 それまで黙って2人の後について歩いてきた芙蓉は、たどたどしく尋ねた。

「“ヒミ”って、私の前の赤い目の人?」

「ああ…。」

「その人、どうかしたの?」

「いや、ちょっと役目を終えるのが早かったんだ。」

「ふーん?その人、いなくなっちゃったの?」

「出かけてるんだろ。そのうち帰ってくるさ。」


 ヒミが戻ってきたのはあたりが薄暗くなってからだった。

 そして目の前に現れた人物を見て、ヒミはその目を見開いた。珍しく表情が変わったヒミに、キナリは思わずつぶやいた。

「あれ?知り合いだった?」

 芙蓉が答えた。

「ああ、ヒミって、この人だったんだ。前に何回か会ったことあるの。」


 音が聞こえないヒミに、トキワが紙とペンを持っていきさつを説明した。それから、芙蓉は今夜はヒミの部屋に泊まることになった。

 芙蓉はヒミと二人きりになると、にやりと笑って、紙に字を書いた。

『ヒミちゃん、もう用無しだって。コウの所に行く?連れて行ってあげようか?』

 それを見たヒミはひとつ頷いた。

「あんたの祓い子の力をもらったから、どこにでも行けるようになったわ。ここにだって、結界通らずに入ってこれたし。」


 2人は岩戸の前に来た。ヒミには開けられなくなってしまった岩戸を、芙蓉は難なく開けることができた。

 岩戸をくぐった先には、コウが居た。

「コウ、あなたのお気に入りのヒミちゃん連れてきてあげたわよ。」

「心配していたんですよ…ヒミ?」

 声をかけてもヒミの様子がおかしい。

「どういうことですか、芙蓉。瞳が黒くなっているのは知っていましたが、まさか、音も奪いましたか。」

「だって、いらないって言うから…。音の半分は最初にもらってあったから、もともとその子、あんまり耳は良くなかったし。」

「…返してあげなさい。」

「いやよ。だいたい、返し方なんてわからないもの。」

「…私が、人に触れることができないと、知っているでしょう。声が聞こえなければ、ヒミを呼ぶことができない。」

「布越しなら大丈夫なんでしょ?なにをそんなに慎重になってるのよ。だいたい、この子がこうなったのだって、あんたのせいでもあるんだから。」

 コウは言葉に詰まった。

「よかったわね、出会ったのがヒミが色を見れなくなってからで。あんたの左目、黒く見えてるわよ、きっと。」

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