バースツールの調節可能な上昇レトロ
俺の彼女は、出会ってから九割方、不機嫌だ。
だが美人なので、なんとなく世間に許されているところがある。全く狡い。
「彼女さん、笑うことあるんですか」と周りに聞かれると、俺はやはり自分だけが特別なんだとわかって上機嫌になる。
あるんだよ、お気に入りがさ。ニヤリ。
彼女は殊の外、回転椅子がすきなんだ。
あれを見つけると、必ず座らずにはいられない。そして、乗ったまま足で漕いで何度もくるくる回転させて、ふと止まり、しあわせそうに笑うんだ。
ついでに言っておくと、俺は詩人だ。
「あなたのよくわからない言葉は、全て詩みたい」
彼女が俺を選んだ理由がそれだから、俺は無闇に意味不明のことを日常に差し挟まなくちゃならない。詩人だからな。
*
この前、おこのみ焼きが食べたいって言うから商店街の店に入ったら、広島風だったんだ。焼きそばが入っているやつ。
そうしたら「これは私が食べたい方のじゃない」って言って、回転椅子から降りて、それを手でくるくる回しはじめた。ニヤニヤしながら。
入る前に言ってくれれば何とかなったものを、もう焼き始めてから言うもんだから、仕方なく俺は二人前を一人で食べた。
顔立ちが大人っぽいから、そんな仕草一つもアンニュイっぽく映るけど、要はこどもがすききらいを言って駄々こねてるのと同じなんだよな。
それでも彼女が回していると、その黒い回転椅子はまるでDJが使う黒いレコード盤のように見えて、わざとやってるファッションのようだ。お店の人も見とれてる。
まあ、気まずいシチュエーションを救ってくれた回転椅子よ、グッジョブだがな。
溝があるならレコードだ。
棘だ、刺さる器に影落とす午後。
彼女が親指立てて、更にご機嫌になる。
*
多分その日からずっと、大阪のおこのみ焼きが食べたかったんだろうな。
次に会った時も「おこのみやき」とつぶやくので、今回は慎重に店を選んだ。
よし、客がみんなコテを上手く使って食べてる。ここは大阪タイプで間違いない。
ところが「私マヨネーズきらい」って、すっかり「たてよこななめまで」店主がたっぷりかけてくれた後に言い出して、また俺がダブルで食べるはめになった。
かける前に言ってくれればさと思いながら、もしかしたら彼女は最初から食べる気なんかなかったんじゃないかと疑いはじめた。
だって、おかしいじゃないか。またもやここでも赤い回転椅子がピンチを救ったんだから。
店入る前に、回転椅子の有無で入るか決めてるんじゃないのか。
今日は座ったまま高速でくるくるっと回って、ピタっと止めては、にっと笑ってる。
ずっとこれを繰り返しているので、ただの頭のヨワイ人か、小学生男子だよ。美人だからまた絵になってるな。
完璧に遊ばれているうえに、毎回二枚おこのみ焼きを食べる羽目になるのは、さすがにもう卒業したい。
しかし、最近のおこのみ焼きの店舗は回転椅子派が多いのか。それとも俺が無意識のうちに回転椅子の店を選んでいるのだろうか。
俺は、おこのみ焼きのタイプばかりに目を奪われて、彼女の本当の意図に気づかないのだけなのかもしれない。或いは、彼女にさりげなく誘導されているのか。頭がぐるぐる回り始めた。
お好み焼きに粉入れなければ、ただの焼。
いか焼き、たこ焼き、葱入れようぜ。
莫迦になりたい、もうなってるか。
ラップ調だとまたまたご機嫌。めずらしく歯見せて笑ってる。
*
だがこんなにされても、俺はやはり不機嫌な女がすきだ。どうしようもなく。
俺もどちらかというと不機嫌な顔つきなので、つき合った女の子に「ねえ、私と居て楽しくないの?」などと聞かれるのが億劫だった。
おい、誰だって一人でいる時に笑ったりしないだろ? 笑わない方が自然なんだよ。一緒にいて終始にこにこしている女の子なんて、扱いに困るじゃないか。不自然だろ、それ。
だから俺は今の彼女がいい。すきなことでは(回転椅子に限るけど)思わず笑顔になれるんだから。滅多に見れない分、飛び切り可愛く見えるんだ。
破滅の煙草を吸いながら逝く。
落として拾ったらアウト! 三秒ルール適用外。
俺だけに見える君の顔。君の背中、君の太腿、君の……。
いいわ。今度印刷して本にしましょう、だって。
タイトル『調節可能な上昇レトロ』。ちょっと意味わかんねー。
*
誕生日に何がほしい? って聞く俺に、彼女は「バースツール、回るやつ」と答えた。
「は? バース・ツールって何? お風呂に入れる、ひよこちゃんみたいなもの?」
そう言ったら、もう最上級の不機嫌な顔で睨むんだ。迫力あって、すごい綺麗だよ。心に刻もう。
「お風呂のバースじゃなーい。お酒飲むバーのスツール。椅子」
ああ、区切りが悪かったね。バーに置いてある椅子ね。
はっ? 回るやつって言った? バーの椅子は、カッチリしていて回らないのでは。酒呑みながら回ったら、酔いも尚更回るだろうに。
ネットで調べたら、あったよ。
俺は思ったんだ。
何度も回しているうちに、きっといつか君は、勢いがついてその回転椅子ごと空に舞い上がっていくんだろうな。上昇レトロ。
そんな時もきっとアワテルこともなく、仏頂面しながら、時々思い出したようにほほえむだろう。
俺もその天国に連れて行ってくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます