あやかし世界に行くには逢魔が時に鈴を鳴らすことでした。

第一篇 貰った鈴は特別なようです

__この鈴はね、特別なの。

 何が特別なの?

__逢魔おうまどきに裏山の神社で鈴を鳴らすとねあやかしたちの世界に行けるんだよ。

 あやかし、の世界?

__そう。あやかしの世界、かくりよにね。

 あやかしって?

__ものや妖怪、付喪神つくもがみなんかのことかな。

 何か怖いね。

__そんなことないよ。優しいやつばっかりだよ。

 じゃあ雪菜せつなも行きたい。ちょうだい!

__うーん、まだ早いね。大きくなったらあげよう。

 ほんと?約束だよ。





 ちりん


 指の中で転がしていた鈴が暖かくなってきた昼下がりに控えめに鳴る。安物のがなるような音ではなく、高く澄んでおり上品な音だ。暑すぎる昨今の夏に聞くにはいい涼となりそうだ。

 そんな落ち着いた音と反比例するかの如く取り乱した私は頭を抱えていた。もう少しするとヒステリック気味に喚き出すかのようなところまで来ていた。

 この混沌とした状況を生み出した原因は今から数十分前にさかのぼる。


「雪菜はもうすぐ大学卒業よね」


 おばあちゃんはいつも痛いところを的確に突いてくる。もうすぐ卒業というのに私の就職先は決まってなかった。

 就職氷河期のこのご時世、なかなか決まらない。

 とはいえ周りはすでに決まっている子が大多数を占めており、私も焦っていた。

 そんなことを知ってか知らずか私の祖母・夕子ゆうこは続けた。


「そろそろこれを渡そうかと思ってね」


 おばあちゃんのお気に入りの淡い藤色の着物のたもとから五百円玉サイズの鈴を取り出した。

 生温い風が祖母の綺麗な短い白髪はくはつを揺らす。


 ちりん


「うわぁ、綺麗」


 よく見るような金色の鈴ではなく、その音に見合うような美しい控えめな銀色だ。外から零れ落ちるように入り込んできた日の光りがあたりきらきらと輝いている。


「それじゃあ、あたしは行こうかね」


 すくりと立ち上がった。


「さっきから気になってたんだけどその荷物なに?」


 その荷物、というのは祖母の隣に置いてある真っ黒で大きなキャリーバッグのことだ。


「何って旅行に行くんだよ」

「旅行?」

「言ってなかったかい?世界一周するって」


 聞いてない。ただの一度でさえも。


「いや、聞いてないかな」

「まぁいいじゃない、細かいことは。それに今言ったし」


 そこまで言うと小振りでお洒落な革のベルトの腕時計を見た。


「もう時間だし、行くからね。当分帰ってこないから」


 あれやこれやと言う前にじゃ、就職先見つけとくのよ、と言うなり出ていってしまった。


「はぁ」


 これからどうしたものか。


 ちりん


 ついでを言うようにさらっと家督譲ったから、と言われた。鈴を譲ると言う前に世界一周旅行と家督を譲るってことの方が重要じゃないかなー。


 ちりん


 時々と鳴る鈴の音のおかげで暴れたくなる衝動を押さえられている気がする。


「この鈴、どっかで見た気がするなー」


 この綺麗な色といい、上品な音といいそうそう見かけない。


「よし」


 外に出てみよう。どうせ唸っていてもなんにもならないし。

 そんなことをするぐらいなら気分転換ついでに散歩をしてからこれからを考えた方がいいに決まっている。

 手の中にある鈴をつまみ左右に揺らしてみる。


 ちりんちりん


 これは持っていこうかな。


          ○


 夕日に照らされた淡い桜の花びらがひらひらと落ちる。

 神社の鳥居をくぐった。私の家の裏山には誰を祀っているかもわからない古い神社がある。

 誰を祀っているのかおばあちゃんに一度聞いてみたがなんやかんやで結局のところ聞けなかった。

 私はこの場所が小さな頃から大好きだった。誰も遊びにも参拝にも来ないので私だけの秘密基地のような気持ちだった。それに春になると今のように花という花がた咲き乱れていた。

 そんなところもこの場所が大好きな理由の一つだった。


 ちりん


 夕日に照らされた鈴がまた控えめに鳴った。


「絵になるなぁ」


 どうでもいい感想を溢した。いつまでも眺めてられる。

 そんなことを思っていると突然目の前が歪んだ。

 貧血?

 鈴が光だしその光りに私は飲み込まれた。思わず目をつむる。



 鈴から光りが溢れだし、また桜の花びらが何事もなかったかのようにひらひらと落ちる。

 そこにはさっきまで機嫌良さげに鈴を鳴らしていた雪菜が鈴と一緒にいなくなっていた。


 ちりん


 どこからともなく上品な鈴のが鳴る。

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