綿場 えなじ

薫風ひーろ

何が何でも

 <

  遠い空の向こうには何があるの。

  光る宝玉さ。

  ほうぎょく?

  ああ、願いが叶うというね。

  願い?

  ああ、強い願いに惹き付けられてその手

に落ちてくるんだよ。

  強い願い、かあ。ボクのところにも来な

いかなあ。

  ははは、何か願い事か?

  うん。

  来るといいな。宝玉。

  うん。

        >








 僕の家は高層マンションが建ち並ぶ合間に存在するいわば普通の平屋である。

『綿場』邸。

 そこには家族が存在していて、母と僕と雑種猫の弥勒。

 弥勒は、僕が中学校に入ったばかりのある時に拾ってきた。と言うよりは

勝手についてきて住み着いてしまったと言う

どこにでもあるエピソードなのだが、この猫少し変わっていた。


「みーくんまたあ。空ばっかり見てるのね」

「ねえ、あっちには何があるの」

「お片付けしたら教えてあげます」

「ねえ、空ってずーっと空なの」

「みーくんはお母さんの言うこと聞いてますか」

「あっ、うん。でも、だから、あっちの方」

「ああもう。」

「お母さんも見る?」

「お片付けしてからね」

「ミ~ャア」

「調子悪くなると猫なんだから」

「ミ~ャア」


 

 と、母さんと会話するのだ。

 あり得ないだろう。

 猫だぜ?

 猫科動物、小型哺乳類、猫、ネコ、ねこ。

 どう見たって猫の容姿。

 瞳孔もお前は一ミリの時もあれば最大にも開くことができる。

家ではいつも光らせてるじゃあないか。

耳もある、ヒゲもある、その辺の猫と風貌は変わらない。



なのに何故なんだ。

猫が会話する。

おかしいだろう。

僕はずっと隠し通さなければならなかった学生時代。

っていうか、我が家へツレも誘ったことはない。


だからバレることも無かった。

今まで誰にも。

だって『喋る猫』飼ってまーす。って宣言したところで、即刻バ○ス。

次からクラスで存在しない者として存在する羽目になることお立ち会い。

僕の学生ライフは終わっていた。


しかーし!

僕は僕としての僕の権利を守り抜き、今や上場企業に就職、人生安泰の道を歩み始めた。

・・・ばかりだと言うのに、

最大にして最強の難題が舞い込んだ。










結婚。









はあああ。

彼女が我が家にやって来る。


平屋に呼ぶのにも気が引けるのに、喋る猫がいるなんて、どう説明すればいいんだろう。

二人の会話を興ざめして見ていると、

「えなじは考えすぎなんだよう」

と弥勒が話しかける。

「お気楽なお前が居るのだから考えすぎは悪いことではない。むしろ考えすぎて当たり前だ」

僕はプイッと背中を向けた。

「へん。マーマァ、えなじがあんなこと言うよー」

「あらら、えなじはママとみーくんが仲良くしてるの妬いてるのよ。

困ったちゃんよね。ママがえなじを怒っておきますからね。

みーくんは泣かなくていいから」

「マ~マァ」

「みーく~ん」

「・・・・・・」


親だから、親だから公言はしないが、


気づけよ、お前らバカだろ!



「はあああああああ」


絶対でないであろう深く濃い溜め息を

せめてもの情けに置いていってやろう。



僕はしれっと扉を閉めた。





☆☆☆



「猫に興味あるの?」

彼女に声をかけてしまったのが事の発端である。

だけど、楽しそうに、嬉しそうに猫雑誌に読みふける彼女を

どうしてほっとけようか。

「うん。えなじ君は猫好き?」

 好きも何も飼ってます。変な猫。

「うん。可愛いよね。猫って家になつくっていうけど、

ちゃんと飼い主のこと見てるし、言うこと言うし」

「言うこと?」

 違う違うやばっ。

「いやいや、ちゃんとご飯とかおねだりしたり」

「うふふふ。えなじ君猫に詳しいんだ。もしかして、猫飼ってる?」

「えっ、あっ、まあ」

「うああ、ほんとぉ!見たい見たい。お家にお邪魔してもいい?

私まだえなじ君のお家の方にご挨拶していないし、いい機会かも」

彼女はウキウキした目で僕を見る。

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綿場 えなじ 薫風ひーろ @hi-ro-ko

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