ライゾーさんは二日酔い


 ライゾーの詳しい事は誰も知らない。けれど街の人全員知っている事が少なからずある。

 それは今、スノードロップ通称スノーの間の前で起きて居る現状の事を言う



「まぁた二日酔いですか?ライゾーさん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 そうライゾーはお酒に弱い。その癖弱いのにお酒好きという最悪なパターンの人間だ。

 飲んだ日の次の日は、頭は痛いし気分は最悪、口も何時もの倍喋らなくなるのだ。



「はぁ・・・お水持ってくるんで待っててください」



 ライゾーはウンともスンとも言わず、死んでいるかのようにベッドの上に倒れている。

 何故そこまで飲むのか、何が彼をそこまで奮い立出せるのか・・・スノーにはまったく理解できなかった。


 ライゾーは他人にも、自分の体にも容赦がない様子が伺える。もっと労わってあげても良いのだが。



「ほらライゾーさん。お水ですよ」


「・・・・・・・・・・・・・・」



 のそのそと起き上がるライゾーの眉間には深い皺が寄せられており、普段から肌は白いのに、二日酔いのせいで顔色は最悪である。

 私からお水を貰おうと、チビチビと飲み始めたけど顔が完全に死んでるし目に光がなかった。



「ライゾーさん。目も顔も死んでますよ」


「お前は・・・いつも・・・死んでる・・・」


「失敬な!」



 ライゾーは二日酔いで気分が悪くても、口の悪さは何時も通りの様子だ。

 自分の前髪が邪魔なのか乱暴に前髪をかき上げる姿は、やはり町中の女性が虜になる程の顔立ちであった。



「何を見ている・・・」


「え?!いや、何でもないです!」



 怪訝そうな目で見られたスノーは慌てて否定した。

 こうした場面で不意打ちに大人の色気を出されるのって・・・ちょっと困る物があるが、口に出すわけにも行かず言葉を飲み込んだ



「ライゾーさん。そろそろ仕事してください。お客さん来ちゃうんですから」


「・・・・・・・」



 眉間に皺を寄せながらだが、起き上がり返事もせず水を飲み干して、机の上にコップを置くとクローゼットから白いシャツを取り出した。



「着替えるんだが・・・」


「あっすみません!」



 無神経で容赦のないライゾーでも、さすがに体を見られるのは抵抗があるらしく、変な物を見る目でスノーを見た

 そろそろスノーも仕事に戻らないといけない。仕事と言っても両親の仕事場を手伝っているだけなのだが。



「スノー・・・」


「何ですかライゾーさん」


「今日、気分が悪い・・・だから、接客・・・」


「はい、分かりましたよライゾーさん」



 今日のライゾーは、良く喋っている。

 そう思っていると、ライゾーは髪の毛を縛った姿で現れ、目でスノーが邪魔と言っている目でスノーを見下ろしてきた

 邪魔なら、目じゃなくて口で言って欲しい物だと、スノーは内心思っていた



 ライゾーの仕事場は、ガラス細工の商品を売ってある売り場と、ガラス細工を作る工房の二つに別れている。

 アンティーク調の売り場が一階にあり、二階はライゾーの自室となっているのだ。

 その家の後ろには小さな中庭があり、その奥にライゾーがガラス細工を作る工房がある


 カランコロンッと心地よいお客さんが来たことを告げる鐘がなり、スノーは急いでそちらの方を向いた。

 マゼンタ色の髪の毛を三つ編みにした女性が辺りを見渡しながら恐る恐る此方を見つめた。



「いらっしゃいませ。ようこそトゥルーガラスへ、何をお求めですか?」



 肩をビクリッと揺らすと恥ずかしそうにしていた女性は、顔を上げると声を大きくして求めている物をスノーに伝えた。



「えっと・・・創って欲しいガラス細工があるんです!」



 創って欲しい物があると告げる女性だが、ライゾーはあんまり特注品とか作らない。

 特に予約とかされるの嫌うという。簡単に言えば一人一人に創るのが怠いらしい。



「あの、ライゾーさんはあまりそういう特注品は作らない方でして・・・」


「分かっています・・・けれど、大切な友人の結婚式にステンドランプを送りたいんです!」


「ステンド・・・ランプ、ですか?・・・少々お待ちください」



 どうやら、普通に棚に並んでいるステンドランプでは駄目な様子。如何しても創って欲しいというのが顔に書いてあった。

 取り敢えずライゾーに来てもらわないと駄目だった。



「ライゾーさん・・・ちょっと良いですか?」



 のそのそと工房で仕事の準備を始めていたライゾーに声を掛けると、思いっきり眉間に皺を寄せ此方へやって来た



「実は、お客様がステンドランプをお求めなんですが・・・棚に並んでるステンドランプじゃなくて、特別に創って欲しいと・・・」


「・・・・・・・・・・・特注品はしない」


「知っています!けど・・・大切なご友人の結婚式らしくて・・・取り敢えず来てください!」



 嫌そうな顔をするライゾーの腕を引っ張り、売り場の方へ連れて行くとマゼンタ色の髪の毛を持つ女性は心配そうな顔をしながら此方を見ていた



「取り敢えずお座りください」



 近くにある椅子に女性を案内すると、恐る恐るアンティーク調の椅子に腰を掛け此方を不安そうに見つめてきた



「えっと私はスノードロップって言います。ライゾーさんの手伝いをしていて・・で、此方の方が店主のライゾーさんです」



 不機嫌そうな顔をしているライゾーさんの挨拶も変わりにしたスノーは、ライゾーの顔を見ながら多少な苦笑を漏らしていた



「私は、この街の隣にある小さな村ベゴニア村でシスターをしておりますポインセチア・マゼットと申します」


「ポインセチアさんですね・・・この度はステンドランプをお求めのようですが・・あそこの棚に並んでいる物では駄目なんでしょうか?」


「・・・はい。ライゾー様が創るステンドランプは勿論一つ一つ繊細でとても美しいです・・・しかし、あのステンドランプにある花を入れて欲しくて」



 ポインセチアの言い分はこうだった。ポインセチアの幼馴染で一番の親友であるオリーブという女性が今回ポインセチアが務める教会で結婚式を挙げる事になったのだ。


 オリーブという女性は、教会にあるステンドガラスが何よりも好きらしく良くポインセチアのいる教会へステンドガラスを見に来ていたらしい。


 しかし、今回の結婚で新郎の家に嫁ぐことになりステンドガラスを見る事が出来なくなってしまったのだ。



「新郎様の家の近くに教会はないのですか?」


「はい・・・ですから教会の近くに住んでいるオリーブのベゴニア村で式を挙げることになったんです」



 オリーブはそれはそれは落ち込んだらしく、ステンドガラスを見つめる目は昔のようなキラキラした瞳ではなく、悲しく別れを惜しむような瞳に変わってしまったという



「せっかく幸せになれるのに・・・悲しみに暮れる友人を見ていられないのです・・ですからオリーブが好きなステンドガラスを思い出せるようにステンドランプを・・・そこで花言葉で伝えたいんです」


「花・・言葉ですか?」


「入れて欲しい花の名は、ヒペリカム。花言葉は・・・」


「・・・・・・・・悲しみは続かない・・・」



 今まで黙って聞いていたライゾーは口を開きポインセチアが言おうとしていた花言葉を告げた。


 スノーとポインセチアは驚いた顔をして、ライゾーを見つめていた。

当のライゾーは眠そうに欠伸をすると、ポインセチアの方を見た。そしてしばらくすると口を開いた。



「別に・・ステンドランプ創っても良いんだが・・・何故ヒペリカムなんだ?」


「え・・・?」


「しまった・・・」



 今日のライゾーは二日酔いで機嫌が何時にも増して悪い。そして口を開けば容赦のないライゾーは二日酔いのせいで何倍も口が悪いのだ



「ヒペリカムは、花が小さいからその小ささを表す為にステンドグラスを大きさも細かくしないと駄目なんだ。正直言えばめちゃくちゃ面倒臭い作業なんだがな・・・よくそれをステンドグラスにしようと思ったな」



 絶対零度の瞳で見つめられたポインセチアは泣きそうになるのをグッと堪えるかのように下唇を強く嚙んだ。

 急いでライゾーの容赦のない言葉を止める為に、スノーは立ち上がった



「ちょっとライゾーさん!そんな風に言わなくても良いじゃないですか!」


「創るかどうかは俺が決める事だ・・・」


「それにしたって言い方って言うものが・・・!」


「俺にこれだけ言われて泣いたり、腹を立てたりするんなら友人に対する想いは損だけって事だろう」



 その瞬間ガタンッという音が静かな部屋に鳴り響いた。音を立てたのは椅子から立ち上がったポインセチアだった。

 スノーはライゾーの失礼な態度に腹を立ててしまったのかと、慌てたように挙動不審な手の動きを繰り返していた



「それでも!オリーブに悲しみは永遠に続かないんだと自信を持って欲しいんです!離れ離れになって知り合いもいない土地で一人頑張っていくオリーブを見送りたいんです!だから・・・お願いします力を貸してください!」



 マゼンタ色の髪の毛を揺らし深々と頭をライゾーに向かって下げるポインセチア。先程まで泣きそうになっていた瞳には強い決意が宿っていた

 スノーは小さな声で友人の為に頭を下げる女性の名前を呟いた


「ポインセチアさん・・・」


「・・・・・いつまでに仕上げれば良い・・・」


「!!・・・・オリーブの結婚式は3か月後10月18日の葡萄の季節です・・・」


「3か月後だな・・・承った・・・」



 ライゾーは短くそう言うと、立ち上がり売り場から出て行ってしまった。ポインセチアの瞳からは涙が溢れ出ていた。

 本当はライゾーが怖かったに違いない。きっと断られると思っていたのだろう。

ポインセチアから溢れ出る涙は、その不安から解き放たれた時に溢れ出る安心の涙なのだろう。



「良かったですね。ポインセチアさん」


「はい・・・はい・・!本当に有難うございます!」



 しばらく涙を流していたポインセチアだったが、何とか泣き止む事が出来たようだ。

 そろそろ帰りの汽車が来る時間らしく、結婚式の一週間前に代金を持って受け取りに来ると告げ、お店を後にした


 ポインセチアを見送ったスノーは、チラッ工房の方でステンドグラスの設計に入っているライゾーが目に入った。

少し気になった事があった為、ライゾーがいる工房の方へ向かった



「ライゾーさん。質問良いですか?」


「・・・・・・・・・・・・何だ」


「えっと・・如何してライゾーさんは、特注品とか創らないんですか?創るって言ってもさっきみたいに挑発するような真似して・・・」



 スノーは工房を入口付近で、腕を組みながら自分に背を向けて設計図を考えているライゾーに問いかけた

ライゾーはしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開き理由を喋り出した



「・・・ある奴が俺にガラスで髪飾りを創って欲しいと頼んできた。そいつには世話になったから俺は持てる技術を駆使して髪飾りを創った。そいつの名前をヒマワリと言って、笑顔が眩しい奴だった・・・俺はそいつをイメージして向日葵の髪飾りを創ったんだ・・・でも、彼奴は髪飾りを取りには来なかった・・・・」


「・・・?如何してですか・・・?」


「・・・さぁな・・・約束の日になっても1か月経っても、半年過ぎてもヒマワリは店には来なかった・・・腹を立てた俺はその髪飾りをぶっ壊した」



 スノーは下唇を噛み締めた。そのヒマワリという人はどういう気持ちでライゾーに創って欲しいと言ったのだろうか。

 そして如何して来なかったのだろうか。本当にライゾーは、腹を立てただけだったのだろうか?そんな想いが溢れて仕方なかった



「・・・それ以来俺は・・・極力誰か一人の為に、物を創るのを止めた。もう二度とあんな想いをしないように・・・もう二度とガラス細工を壊さない為に・・・」



 それだけ言うと、ライゾーはもう答えてはくれなかった。ただ黙々と作業に没頭していた。

 スノーは噛み締めていた下唇をソッと離すと、ワンピースを翻し工房を後にした。

 梅雨明けしたカラッとした空。向日葵と言えば夏に咲く花をライゾーはどんな想いで夏を迎えてきたのだろうか。



 “貴方だけを見つめる”という花言葉を持つ向日葵。髪飾りを創る事を依頼したヒマワリという人物。

 ライゾーにとって、ヒマワリという人物にとってお互いがどんな感情を持っていたのか・・・今では知る由もない。

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