第5話 いきなりのモテ期。

その後私は彼から逃げるように自室に戻り、朝食を取った。丁度食べ終わった頃、バドがドアをノックした。

 開けると、バドと、

げげ。なんとセドリックもいる。


「マコト、何だその顔は」

「そ、そっちこそ」

「まあまあ、二人とも。今日はララがマコトを自分の家に招待したいと言いましてね。一緒に行きましょう。と言っても、アレクセイは用事がある為不在ですが・・マコト、どうしました? 」

 アレクセイと聞いて、ぎくっとした私にバドが質問した。何でもない、と私は必死に首を横に振る。


 じゃあ行きましょうか、と私達は、同じ敷地内にあるララの家へ出掛けた。

 ララは元気いっぱいに私達を出迎えた。


 今日は薄ピンクの柔らかそうな布を何枚も重ねたドレスと、髪をリボンで何箇所が軽くくくっている。本当に可愛いなあ。


「マコト、来て下さって嬉しいですわ! まあセドリック、やっと来てくれましたのね! 」

「今日はマコトの付き添いだ」

「もう。バドの優しさの三分の一でもあったら宜しいのに」

 二人のやり取りを見ていた私に、バドがそっと耳打ちした。

「ララはセドリックの婚約者なんですよ」

 セドリックがとんでもない、と言う顔をする。

「別に親が決めた訳じゃない。彼女が一方的に宣言してるんだ。ララは幼馴染で、アレクセイとは年が離れてるから小さい頃から僕がよく遊んでやったんだ。それをララが勘違いしてさ、昔から僕の婚約者になるって聞かないんだ。仲はいいけど、僕は妹みたいに思ってるだけだからっ」

「じゃあ断ったらいいのに」との私の言葉に、

「マコトは彼女の思い込みの激しさを知らないからそんな事言えるんだ。何度も断ってるのに聞く耳を全く持たないんだ」

とセドリックはげんなりして言った。


ララがセドリックの婚約者なんだ。

ふうん。


「マコト様? 如何されました? 」

 バドが私の顔を覗き込む。

「え? 何でもない、何でもない」

 私の事はさておき、ララはちらっと自分の姿を鏡で見てから、おずおずとセドリックに声をかけた。


「あの、セドリック、今回の服、新調しましたのよ。でもどうかしら? 少し派手じゃないかしら」

「ああ、派手だな」

「セドリック!! 」

ララと私は同時に抗議の声を上げ、お互い驚いた。私は慌ててセドリックの腕を引っ張り、小声で話す。

「セドリック、君ってほんとに分かってないんだな。ちょっとは僕を見習ってよ!」

 そうして私はララに振り返り、にっこりと笑った。

「僕は派手じゃないと思うよ。とっても綺麗な色だし、可愛いね」

 すると彼女はぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。


「はあ?何だ今の」と今度はセドリックが私に囁く。


「彼女は褒めて欲しかったに決まってるじゃないか! ああいう時は褒めるの!」

「だったら最初からそう言えばいいじゃないか! もったいぶって! 何で遠まわしなんだよ! 」

「それが出来ないのが女の子ってもんなの!好きな人に自分が言うより先に気付いて欲しいんだよ!」

「お前、変な事に詳しいんだな」


 私は一瞬ぐっと詰まった。まさか女子だから気持ちが分かるんです、とは言えない。


「ぼ、僕だって一応、もててるんだよ、向こうの世界では!」

「見かけによらないんだな。朴念仁に見えるのに」

私達が二人言い合っている傍でララは何度も鏡を見ながら、すっかり機嫌をよくしていた。

「へえ、バド以外に女性に優しい方もいましたのね」



 館や庭等を私に一通り案内した後、ララは私達に自分の手料理をご馳走したい、と言い出した。

「一人でしますから時間がかかるかもしれませんけれど。それまで自由に過ごしていてくださいませね」

 と厨房の方へ移動して行く。

「彼女、料理した事あるんですか? 大丈夫ですかねえ」

とバド。

「時間かかるかもな」

とセドリック。


「じゃあ皆で手伝えば早いじゃないか」


と私が言うと、二人とも驚いた顔をして、いや、そんな、とか言っている。またか。男子厨房に入らずとか何とか馬鹿馬鹿しい事を。


 私は、二人を無視してさっさと厨房に入っていった。


「ララ、僕も手伝うよ」

「ええっ!? 」

 私はララの隣に立つと野菜の束の中からにんじんを一本とって切り始めた。我ながら危なっかしいと思いながら。

「い、いいんですのよ、殿方は座っていらっしゃれば! ほら、危なっかしい! 」

 すごい形相で私の手から包丁を取ろうとしたララを、私はひょいとかわした。

「ふっるいなー。ここってまだそんな考えが残ってるの!? 」

「・・・貴方の国では男性も料理をなさいますの? 」

「うん。結構。僕の父親はしょっちゅう作ってくれるよ。僕もやらなきゃと思ってるんだけどさ。実は苦手なんだ。」

「ここでは殿方は何もなさいませんわ」

「そう。でも、家事って生活だよね? 人が良好に生きていくための物だから、男も女も関係ないよ。誰にでも必要な物じゃない? それにさ、こうやって苦手な者同士でも、一緒にやる方が、一人よりずっと早いし、楽しいじゃない」


 ララはしばらくぽかんと私を見つめて、言った。


「・・・変わってますわね、貴方」

 そして、ふふ、と可愛く笑った。

「でも、その通りですわ」

 その時、向こうからおーい、と声がした。

 バドとセドリックがこちらに向かってやって歩いてくる。


「マコト、お前何やってんだよ」

「セドリック、ちょうど良かった。手伝いが欲しかったんだ。ほら、これ切って」

「えええ!? 料理しているのか!? 正気か、マコト!? 」

「ララはやってるじゃないか」

「だって、ララは女だろ」

「そんなの関係ないよ」

 私の横からララが口を挟んだ。

「家事は生きる術ですのよ。それを学ぶのに男も女もありませんわ! 」


 私とララは顔を見合わせてにっこりした。

 そのやり取りを見ていたバドは深く感銘したかのように頷いている。


「生きる術、ですか・・。なるほど・・。そのような考え方は今までした事がありませんでした。私も是非学ばせて下さい」

「バド、お前まで! 」

 私は意地悪くセドリックを見た。

「それとも、へー、セドリック、できないんだ。料理ぐらいが」

「なっ、何っ、馬鹿にするなよ、できるさ料理くらい! 」

「よし、決まりだ。ララ、じゃあそこのじゃがいも取ってくれる? ねえ、ララ? 僕の顔になんかついてる? 」

 顔を赤くして私をぼーっと見ていたララは、

「あっ、ま、まあ、すみません! 何でもありませんわ! じゃがいもですわね、足りないからもっと取ってきますわ!」

と益々顔を真っ赤にして部屋の奥へ駆けて行ってしまった。


 

 かくして、ほぼ初心者ばかりの料理は、ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも何とか完成した。見栄えは悪かったけど皆で作ったカレーは、とても美味しかった。

「いやあ、自分で作った事もありませんでしたが、皆で作ると格別ですねえ! 」

「へえ、中々」

「美味しいですわ! 」

「だよねえ? 皆で作るとすごく楽しいし、バドもセドリックも料理上手だったよ。これからもどんどんやったらいいよ。性別なんかで役割を区切ってたら、それだけ色んな事に触れられるチャンスがなくなってつまらないよ」

 なるほどね、と、一同、あのセドリックまで納得した時、私をそれまでじっと見つめていたララが、セドリックに声をかけた。

 

「セドリック、婚約解消の話、わたくし承知しましたわ」

「ええっ!? 」

 私とセドリックは同時に声を上げた。


 思わず自分の顔に手をあてる。

 私の顔、今一瞬、笑わなかった? まさかね・・。


 ララはくるりと私に向き直り、にっこり笑いかけた。

「マコト、わたくし、貴方の事気に入りましたの」

「えっ!?」

 今度は私と、バドと、そして何故かセドリックも同時に声を上げた。


な、なんて!? 


「もちろん分かっていますわよ、貴方は救世主、私には遠く及ばない御方だと言う事くらい」

 そしてここでララは首を横にちょっと曲げて恐ろしく可愛く微笑んだ。

「でも待っていて下さいませ。私、絶対素敵になって貴方に相応しい女性になってみせますわ」


 彼女が微笑むと同時にふわふわカールの茶色の髪がまぶしく輝く。

 うわ~、同性の私から見ても本当に可愛い。彼女のお婿さんになる人は幸せだろうなあ・・って余裕かましている場合じゃない!


 彼女のうっとり私を見つめる視線から逃れようとしながら、思った。

 アレクセイと、ララ、この兄妹から好かれちゃったの!?

 どおしよう・・!!

 私はこの後、この兄弟に好かれると言う事がどれだけ大変か、身をもって知る事になった。


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