第6話

 まるで迷路のように右か左に場所が選ばされる。

 こういう時は右手法に頼ると迷路から抜け出せるとどこかの漫画に描いてあった。

 右を選んで進んで行こう。

 そうすれば、たぶん出口に着くまでにウェインって人が待っているはずだ。

 俺はとりあえずこのダンジョンを歩いてみることにした。



 あれから何時間経ったんだろう?

 いい加減お腹が減って歩けなくなりそうだ。

 歩いても歩いてもレンガ、レンガで進んでいるのかどうか解らずじまいで気が変になりそうだ。

 お腹減ったなぁ。

 この岡持ちに入っている北京ダッグ食べちゃおうかな?

 やっぱそれは駄目だよなー。

 あーあ、変なアルバイトしちゃったよ。

 これなら他のアルバイトでもした方が効率よく稼げるよ。

 親父の奴め、もっとマシなアルバイト教えろよ。

 そう思って歩いていたら足が何かに引っかかって転ぶ。

 ガタッとした音がして、どうやら岡持ちが真横に飛んで地面に落ちたようだ。

 こりゃ、泣きっ面に蜂だな。

 何に引っかかって転んだか確認すると緑色のトカゲの尻尾みたいな物体だった。

 何だこれは?

 尻尾みたいなのを見てその先端をみると尻尾みたいなのが動いた。

 生き物か?


「グギャアアア!」


 鳴き声が上から聞えた。

 見上げると二本の角を生やした恐ろしい形相をした大トカゲがいた。

 童話で見た事がある。

 これは…。


「もしかしてゲームに出てくるドラゴン?」


 大トカゲが口から火を噴いた。

 俺の後ろが炎で包まれて火の壁が出来上がった。


「あっ…あっ…」


 俺は動揺して動けなかった。

 だがそいつと目が合うと俺はある直感を感じた。

 殺される。

 無意識に岡持ちを持ってそのまま逃げた。

 大トカゲもといドラゴンが俺の背後にドコドコと音を立てて歩いてきた。

 目の前が炎に包まれた。


「うわあぁぁ!」


 ドラゴンが火を噴いたのだろう。

 このままでは焼き殺されてしまう。

 俺は炎が出ていない左の通路に走った。

 走っても走ってもドラゴンに追いつかれて炎を吐かれて2つの選択肢のある右か左かの通路を一方的に選ばれて走った。

 気がついたら目の前に壁があって行き止まりだった。

 もう終わりだ、俺死んじゃうのかな?

 こんなアルバイト受けるんじゃなかった。

 ドラゴンが口を開けると赤い球体のようなものが作られる。

 おそらくあれが炎だろう。

 目をつぶってもう終わりだと思った。

 岡持ちを持ったのは意地でも届けてやろうという意志だったが、やっぱり無理だ。

 こんなことなら千紗ってやつの胸でも揉んでやればよかった。

 というか岡持ちなんて持って逃げるなんてバカみたいな話だ。

 普通は自分の命を優先して岡持ちはほっとくものだが、どうやら俺はアルバイト精神がいつの間にかついていたらしい。

 岡持ちを忘れると佐波山中華店をクビになるからと恐れていたから岡持ちを持ったのだろう。

 自ら閉じた暗闇の中でザシュという音が聞こえた。


「グギャアア!!!」


 ドラゴンの泣き声が聞こえて、地面が震度2くらいの地震でも起きたかのように揺れた。

 何が起きたんだろう。


「大丈夫か少年」


 男の人の声が近くで聞こえた。


「えっ?」


 俺は目を開けるとそこに広がっている光景が凄まじかった。

 ドラゴンの首が胴体と真っ二つに割かれて、首が地面に真横で口を開けたまま転がっている首の周りは赤い血のような液体にまみれている。

 そこに身長が俺より1、2センチ高い赤いマントを覆った鎧を付けた男が血の付いた剣を持って立っていた。

 殺人現場を目撃したような光景だったが、殺人でなく殺竜事件だろう。


「出前の人だな、すまない道に迷っていて出前のゲートの前まで行くのに時間がかかってしまった。いや、正確にはまだゲートに着いていないがな」


 赤マントを覆った鎧の茶髪の男は剣を持ってそんなことを言っていた。

 俺助かったの?助かったんだよな?

 自問自答する俺だったが、とりあえず目の前のグロテスクなドラゴンの死骸を見るに炎を浴びて黒焦げにならなかったのは事実らしい。


「おい、大丈夫か? 少年、私の姿が見えるな?」


「あっ、はい! 見えてます。もしかしてウェイン・アースランドさんですか?」


「そうだ、私がウェイン・アースランドだ。出前の人で間違いないな?」


 出前…そうだ北京ダッグだ。

 俺は握っていた岡持ちを地面に置く。

 この人がウェイン・アースランドさんか。


「は、はい。北京ダッグですね。命を助けてもらってありがというございます」


 俺はウェインさんに命を助けて貰ったので感謝した。


「いや、私がこのジェネレーションタワーの650階のフロアのモンスターを全滅させたからと思って出前をゲートをくぐって出前のオーダーをしたのだが、1匹残っていたとは思わなかった。命を助ける状況にしたのは私だ君に感謝されることは無い」


 ウェインさんが剣を閉まって俺にそう言う。

 ドラゴンの死骸を確認する。

 どうやら作り物でもないらしい。

 斬られて体に流れる血がグロテスクで吐きそうになる。

 これは本物のドラゴンで異世界の存在の決定的証拠だ。


「ここじゃ食欲が失せる。場所を変えないか? もうモンスターもいないだろうし」


 ウェインさんの言葉でハッとして、ウェインさんを見る。

 そして素直にウェインさんに従うことにした。

 逆らうと斬られそうだからな。


「わかりました」


 ウェインさんに言われて俺は岡持ちをもう一度持ってウェインさんの後ろについた。

 薄暗い空間をウェインさんと歩く。


「ところで少年。名前を何というのだ?」


「あ、はい。藤田武雄って言います」


 俺は歩きながら答えた、岡持ちが相変わらず重い。


「武雄でいいか?」


「あ、良いですよ」


「このジェネレーションタワーに入るのは初めてか? というより私達のいる世界に行くのはこれが初めてか?」


「はい、異世界って本当にあったんですね。魔法使いが異世界に通じる穴を作ったって聞きましたけど本当ですか?」


「青山元子か、そうだ彼女が私達のいる世界に通じる穴を作ったこれが穴を作れる装置だ」


 ウェインさんはそう言って振り向いて俺にラジコンみたいな機械装置を見せた。


「これで穴が作れるんですか?」


「しかし、一度作るともう一度作るのに80時間必要になるので毎回簡単に作れるわけじゃない」


 ウェインさんはそう言ってラジコンみたいな機械である異世界の穴を作れる装置をしまう。


「武雄。出前を食べるのはここでいい」


 そういってウェインさんと長いこと歩いて着いたのは、渋谷さんと俺が出てきた異世界の穴の前だった。


「装置を稼働してまだ6時間しか経っていないんだ。ここの前の方が武雄も帰りは迷わずに済むだろう」


「そこまで考えてくれたなんてありがとうございます。確かにこれで迷わずに帰れます」


「それじゃあ出前の北京ダッグを出してもらえないか?」


「わかりました。すぐに出しますね」


 俺は薄い板を上に引いて、中からラッピングされた北京ダッグの入っている容器を取り出した。


「どうぞこれが注文していた北京ダッグです」


「うむ、ありがとう」


 俺はウェインさんに容器を渡した。


「さっそく食べるとする」


 一つ疑問が浮かぶ。

 俺はその疑問をウェインさんに聞いた。


「あの…お代は?」


「ん? ああ、食べ終わったら出すからそこで待っていろ」


「えっ? 普通渡した時に払いませんか?」


「そういうものなのか?」


「そうですよ、お代お願いします」


「食べてからでもいいだろう。急ぐ訳でもないし」


 そう言ってウェインさんは北京ダッグを食べ始めた。

 急ぐ訳はあるのだが、大人しく従うことにした。


「うむ、この食感といい肉のほどよい柔らかさといい、相変わらずさっぱりした味だ」


 ウェインさんは食べながらそんなことを言う。

 俺だってお腹が減ってるのに食べている姿を見せつけられるのは正直応える。


「そういえば魔法使い青山元子のことを知らないんだったな?」


「えっ、あっ…はい。前に調理スタッフの人から色んな世界とか時空を旅しているって聞きました。異世界の穴もその魔法使いの青山元子って人が作ったとかで…でもなんでウェインさんはその異世界の穴を出せる装置を持っているんですか?」


 ウェインさんは北京ダッグの肉の中心を食べ終えるとこう答えた。


「私が元子とは知り合いだからそのおかげで装置を貰った」


「だからウェインさんにはいつでもどこでも異空間の穴が出せるんですね」


「ちなみに装置の都合上、一度出すと二度目に出した場合は一度目に出した穴が上書きされて消去されてしまうんだ。武雄はこのジェネレーションタワーにいて不思議に思うことはないか?」


「えっ、それってどういう事ですか? 不思議に思う?」


「ここは650階なんだ普通は空気とかが無くなるものだろう」


「そ、そういえばそうですね。何でですか?」


「この異世界のコリーア大陸に伝わる説によればこのジェネレーションタワーは神が作りし塔でな。1階の石板にも神の魔法の力で空気が出るようになっているんだ」


「そうなんですか、なんか信じられない話ですね」


「そもそもこのジェネレーションタワーには伝説があってな」


 なんか話が長くなりそうな気がした。

 元の世界に帰りたい。

 ウェインさんは北京ダッグを食べ終えると話を続けた。


「このジェネレーションタワーは1000階まであり、頂上を登った者には膨大な知識と力、そしてエルフ並に長寿になれるんだ」


「へぇ、要するに凄くなるってことですよね」


「そうだ異世界のこのコリーア大陸のことも知りたいだろう」


「実を言うとあんまり興味が湧きません」


 というか会話終わってお代払ってくれないかな。

 マジで元の世界に帰りたいんだけどさ。


「ぐぬぬ」


 ウェインさんは悔しそうな顔をしていた。


「それなら仕方がない。北京ダッグの代金を払おうではないか」


「あ、どうもありがとうございます」


 やっと払う気になったか。

 佐波山店長に怒られずに済むな。

 ウェインさんはそう言うと宝石を取り出して俺に渡す。


「なんですかこれは?」


 紙幣とかじゃないのか?


「なんだ知らないのか宝石だ」


「それはそうですけど、お金で払ってくださいよ」


「前の出前の時はこれで済んだぞ。千紗とか言ってたな。確かその少女も同じことを言っていたが特に店側からは何も言われなかったぞ」


 そうなのか?

 この宝石が代金代わりになるのか。


「本当にこの宝石が代金代わりになるんですよね?」


「ああ、前もそうだったから今回もそうなのではないか」


「わかりました。佐波山店長に渡してきます。あの、お釣りは?」


「前もそれでお釣り無しだったし、ちょうど足りていると思え」


「は、はぁ…」


「ところで今話し相手を探しているのだが、しばらく私の話相手になってくれないか?」


 急に何言い出すんだこの人は?

 忙しいしアルバイト中だから無理に決まっているだろう。


「すいません業務中なんで、それはちょっと出来ません」


「ぐぬぬ」


 ウェインさんは悔しそうな顔をしている。

 そんな顔されても忙しいんだから仕方ないじゃないか。

 早く元の世界に帰ろう。


「それでは失礼しました」


 俺は頭を下げて、岡持ちを持って異世界の穴に入る。

 穴に入って気がついたら、元の世界の佐波山中華店の裏口に立っていた。

 やっぱり今まで起きたことは現実の出来事だったんだ。

 俺今頃実感しちゃっているよ、なんだかなぁ。

 おっと早く厨房に戻らなきゃ。

 貴重な体験をしたけれど、誰にも言えないな。

 まず信じてもらえないだろうし、話す友達がいないしな。

 大学に入ってから友人なんて出来なかったし…。

 ヤバい少し悲しくなったがとりあえず落ち着こう。

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