料理以外才能がない俺が異世界の食堂で働いた場合

碧木ケンジ

第1話

 肉に包丁を入れる。

 一見すると普通の肉を切っているが、これはドラゴンの肉なのだ。

 そう俺は今、ドラゴンの肉を細切りにしている。

 中華料理店の厨房でドラゴンの肉を細切りにして料理しているのだ。

 異世界の世界の食材を現代の世界で調理している。

 今俺はこうして異世界の食事を料理している。

 と言っても、別に俺がファンタジーの世界にいるわけではない、れっきとした現実世界だ。

 今、このレストランはとある異世界とつながっているのである……。

 解っているが、どうしてそうなったんだろう? だが料理している俺にも体験してしまったのだから他人に説明しろと言われれば説明が今は難しいだろう。

 ドラゴンの肉は硬めなので中華包丁に少し力を入れて刻んでいく。

 細切りにしたドラゴンの肉を充分に熱した中華鍋に放り込む。

 中華鍋に直径10センチ以上の炎が舞い上がる。

 そのまま手首のスナップをきかせて、細切りにしたドラゴンの肉を中華鍋から空中に一回転させる。

 ジュ―ジュ―と焼ける肉の音が心地いい。

 牛肉を焼いた時と同じ臭いがする。

 ドラゴンの肉は牛肉に近い味がする。

 塩と胡椒を入れてまた手首のスナップをきかせてドラゴンの細切り肉を空中に舞い上げる。

 牛肉を焼いた時と同じ臭いがする。

 頭はボッーっとしているが手は動く。

 そろそろ頃合いかと思い、油がのった細切りのドラゴンの肉の上に、細切りにした赤い豚肉と緑のピーマンとニラを入れて、それらの具材を振り上げる際に炒める油に引火する。

 また炎が舞い上がり、中華鍋の中にある具材が歯ごたえのあるしゃっきりとした料理に

変わる。

 手首のスナップをきかせて中華鍋から具材を空中に舞わせて一回転させる。


「武雄。そろそろ客が待ちきれなくなる頃だぜ。そろそろ料理出来たのか?」


 渋谷さんからそう言われる。


「はい、たった今ドラゴン炒めが出来ました」


「グッドタイミングだぜ。早く皿に移してウェイトレスに渡すんだぜ」


 渋谷さんがそう言うと調味料を加えて、出来上がったドラゴン炒めを大皿に移す。

 これで料理は完成だ。 

 厨房の前で立っている千紗ちさに出来た料理メニューをテーブルに置く。


「おいしそうじゃないの。あんた料理の腕は天才っぽいわね」


「天才かどうかはさておき……三番テーブルだったろ、客が怒る前にさっさと頼むぜ」


「はいはいうるさいわね……わかってるわよ」


 千紗はそう言うと「異世界から来た客」にオーダーされたメニューを持っていく。 

 なんでこんな不思議な出来事が起こっているのか?

 こうなったのは今からだいたい3か月前だ。



「今月の仕送りも12万円か。感謝感謝」


 俺はそんなことを一人暮らしのベッドの上でぼやいていた。

 今日は大学の講義も終わって夕方は暇なので、仕送り記念日にステーキを焼くことにした。

 冷蔵庫を開けると昨日スーパーの特売品で買った赤い牛肉のステーキとニンニクがあったので、それを出してフライパンに油をひいて充分に熱した。

 換気扇を回し、赤い色のステーキの肉をトレーから取り出す。

 数分後に充分に熱したフライパンにステーキをのせて塩コショウをふりかける。

 焦げ目がついたステーキの肉を裏表に返して、充分に焦げ目がつくとニンニクを入れて最後に冷蔵庫からワインを取り出して、フライパンにかけた。

 ワインが入ったフライパンは直径10センチほどの炎を空中に描く。

 これはフランベと呼ばれるアルコール度数の高い酒類をフライパンの中に落とし、炎を上げて一気にアルコール分を飛ばす技法だ。

 主にステーキなどで使われる技法でこれがないとステーキの味が生かせない。

 ニンニクもステーキもいい感じに焦げ目がついたので、俺は大皿を用意してステーキとニンニクをフライパンから皿に乗せ換える。

 ナイフとフォークを取り出し、テーブルにステーキ皿をのせると気分が盛りが上がる。


「やっぱステーキはカロリー無視すれば旨いよな。あ、やべ、ビール忘れてたわ」


 冷蔵庫からビールを取り出し、席に戻りナイフでステーキの肉を切る。

 切った後のジュワっとした音が食欲をそそるのでたまらない。

 切ったステーキの肉はサイコロ状の形になり、そこをフォークで刺して口に運ぶ。

 ステーキを食べて口に味が濃厚に広がる。

 うーん、我ながら旨い味だ。

 そしてビールを飲んで気持ちが良くなってきた所にステーキを食べてまたビールを飲む。

 俺はビールを飲んでは切ったステーキの肉をフォークで刺して口に運ぶ。

 俺がステーキとビールを堪能し、ほどよく酔いしれているとスマホが振動した。


「無粋だなぁ。誰だよこんな神聖な料理堪能の時間に…」


 スマホの画面をみると親父からだった。

 俺はステーキを完食した後でかけ直すことにした。

 親父と言えどもこの味は邪魔できないのだ。

 あー、酒が入って気分が良い。

 俺は半分になったステーキを見て切なくなった。

 外はカラスがカァーカァーと鳴く夕暮れだ。

 この時間ともあと半分でお別れともなると虚しくなってしまう。

 結局ステーキを完食した後は達成感と酔っぱらったほろ酔い気分でフラフラとしていた。

 そういえば親父から電話があったな、今からかけなおすか。

 スマホの履歴から親父の電話をかけ直す。

 っと思ったが漫画本を買いに行く。

 漫画コーナーに入る前にいつもの可愛い夏服の女の子が目に入る。

 黒髪セミストレートの巨乳で近くのお嬢様学校の女子高の制服を着ている女の子だ。

 胸があってスカートの丈が短めなのが俺的に好感度アップ。

 身長は150センチの中間くらいだろうか、俺的にストライクな身長と胸だ。

 自慢じゃないが目を合わせた事もある、すぐに逸らしたけど、あれは俺に気があるに違いない。長年の男の直感でわかる。…彼女いないけどな。

 彼女はまるで芸能人のようで浮いているが美少女と言われれば間違いないだろう。

 彼女は真面目な顔で雑誌を読んでいた。

 きっと普段は清楚でおしとやかで従順なお嬢様に違いない。

 うーん、まさに俺のための天使ちゃんってやつだな。

 是非デートとかして俺の特製料理をご馳走させて虜にしてやりたいものだ。

 虜にしたらご奉仕してくれる従順なお嬢様メイドかー、それもアリだな。

 おっといかんいかん、妄想してないで料理の漫画探さなきゃ。

 俺がその子を見ていたら雑誌から目が離れて、その女の子と目があった今日はついてるかも…。

 女の子はすぐに目をそらして雑誌を置いて本屋から出ていった。

 恥ずかしがり屋な一面もたまらないぜ。

 俺は漫画の置いてあるいつもの棚に移動し、目当ての漫画を探した。

 おっ、料理漫画うまいんじゃ17巻見つけた。

 この漫画って実際の料理を詳しく調理してレシピも掲載されているから料理好きの俺としては合格点な漫画だ。

 それに作品に出てくるヒロインが可愛いのが良い。

 どことなくさっき目を合わせたの俺のお嬢様学校のメイド天使ちゃんに似てるのが個人的にグッドだ。

 漫画を手に取るとスマホが振動した。

 メールを開くと高校時代の友人からの遊びの誘いのメールだった。

 暇は暇だが今回は行く気になれないので断る文章を入力して送信した。

 ああー、さっきの女の子を彼女にしてぇなぁ、もう本当にさぁ。

 レジでおばちゃん相手に千円札を出して、小銭と漫画本を貰って家に帰ってそんなことを妄想していたらまたスマホが振動した。

 なんだよこれからうまいんじゃ17巻読もうと思ったのに、バッドタイミングな奴は誰だっと思ったら案の定うちの親父だった。

 道中で親父相手に会話するのもなんか恥ずかしいので、家に帰ってから電話することにした。



 家に帰って親父に電話する。


「もしもし親父? 俺だけど何か用? 今警察の仕事中だろ?いくら警察官のベテラン刑事とはいえ私用でかけちゃまずいんだろ? それにもう46歳じゃん年収700万も貰ってるんだからもっと仕送り増やしてくれよー。おふくろだって民間企業の部長だしさ」


「バカ者。お前相変わらず親に対する口の聞き方知らねーな。良いんだよ、今は休憩時間で暇な時間だからな。お前は甘さやかし過ぎだから困る。それと毎月仕送りしてるんだから敬意を払え」


「アッハイ。アリガトウゴザイマス」


「昨日電話したのに出なかっただろう? 大事な用があるんだから出る時はすぐに出ろよ」


「大事な用? 実家に顔出せとか?」


「そんなことじゃない。いいかよく聞け」


 なんだよ、もうまためんどくさい事を言うんじゃないだろうな。

 こういう時の親父の電話はロクなことじゃない。

 俺の人生観がそう伝えている。


「来月から仕送り半分になるからな」


 何だって?


「えっ、いきなり何洒落にならないこと言ってるわけ? 真面目な公務員が冗談言っちゃいけないよ」


「バカなこと言ってるんじゃないこっちも不況で充分な仕送りが出来なくなったんだ」


 マジかよ…嘘だろ。


「来月からどうすんだよ? 俺何の準備もしてないぞ! 貯金とかあんまないんだからな!」


「バカ者。話は最後まで聞けといつも言っているだろうが。明後日空いてるな」


「夜なら空いているけどそれが仕送り半分と何の関係があるんだよ?」


「俺の紹介する店に履歴書持ってバイトしにいけ。甘えてないで自分で働けってことだ」


「冗談じゃないぜ。それじゃまるで俺が貧乏な苦学生に思われるじゃないか」


「仕送り半分で生きていけるなら俺の紹介した店には行かなくてもいいぞ」


「くっ…殺せ!」


 俺はファンタジー小説のオークの群に捕らえられた女騎士のような捨て台詞を親父に言い放つ。


「バカなこと言ってないで明日ここから隣の駅の佐波山中華店って札が貼られている店に履歴書持って行って来い。この不況で紹介できる店があるだけマシに思え」


「中華料理店で俺に何させる気だよ?接客とか無理だからな」


「お前の事はよく知ってるから接客ではない。料理のアルバイトだ。厨房で客に頼まれたメニューだけ作ればそれでいいアルバイトだから安心しろ」


「俺の料理の腕は買ってるんだな。親父も少しは見どころあるじゃん」


「料理以外はまるで駄目なお前の唯一のとりえだからな」


「腹立つ言い方だなー。やっぱ履歴書書くには証明者写真とか撮ってきた方が良いわけ?」


「当り前だ。バカ者。明後日までに履歴書作って、駅前の佐波山中華店に行って来い。場所はネットで調べれば出るから明後日の夜8時に入るんだぞ」


「そんな時間じゃ閉店してるって」


「空いているから大丈夫だ。そろそろ俺も仕事に戻らなければならないから切るぞ」


「いっそ親父が息子餓死罪で捕まってこいよ。この不良刑事」


「バカ者っ!」


 スマホからぷつりっと電話が切られた。


「あーマジかよ。ついてねぇ」


 俺は現状がショックで玄関前で立ちっぱなしだった。

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