第105話 不死者の聖石 其ノ拾

「その……本当に申し訳なかった……」


 それから数日後。ホテルでの一件が終わった後、店にやってきたのは伊勢崎と瀬葉だった。二人共深々と頭を下げて謝っている。


 私と佳乃はそれを苦笑いしながら見ていた。


「あ、あはは……まぁ、いいじゃないか。一応、全員無事に帰ってこられたのだし……」


「しかし……僕は君に酷く迷惑をかけてしまった……瀬葉」


 伊勢崎がそう言うと、瀬葉が持っていた鞄を私と佳乃に見せる。


「これは、伊勢崎家からの少ないですが……お詫びでございます」


 そういって、瀬葉が開けた鞄の中には……札束がぎっしり詰まっていた。


 思わず私も佳乃も目を丸くしてしまう。


「え……いやいや。これは……受け取れないよ」


「え……旦那。受け取らないの?」


 少し残念そうにそういう佳乃。私は深く頷く。


「ああ。こんなものを貰うと……後々面倒なことになりそうだしな」


 私がそう言うと瀬葉は渋い顔をしていたが、観念したかのようにカバンをそのまま引き取った。


「……しかし、一つ聞きたいことがある。その……君はどうして、あの時死ななかったんだ? あれは、本物の石だったのか?」


 伊勢崎はそう言って、怪訝そうな顔をする。私はそう言われて恥ずかしそうに微笑む。


「……新谷の発案があってね。あの時私は胸に鉄板を入れていた。だから、新谷の銃弾は貫通しなかったのだよ」


「なっ……じゃあ、君が持っていた石は偽物か」


 呆れ顔でそういう伊勢崎。実際、あんな陳腐なトリックでどうにかなるのかと疑問だったが、新谷は私が思っていた以上に切れ者だったということだ。


「しかし……本物の石は……」


 伊勢崎はそこまで言って言葉を切った。本物の石は……私も持っていない。


 持っているのは、新谷だ。平野の死亡時に混乱に乗じて新谷も、弥生さんも姿を消してしまった。


「……君の親友と、その義理の妹さん。申し訳ないが僕の方でも探させてもらうよ」


「ああ……ただ、もし、今回のことを申し訳ないと思っているのなら、一つ約束してくれ」


 私がそう言うと伊勢崎は小さく頷く。


「新谷と弥生さんを見つけても……くれぐれも傷つけないでくれ。そして、私に必ず報告してくれ」


「……わかった。今回の件は完全に僕の落ち度だからね。約束するよ」


 そういって、伊勢崎と瀬葉は今一度深く頭を下げ、そのまま店を後にしたのだった。


「……新谷さん、大丈夫かな?」


 2人が帰った後で、佳乃が不安そうにそういう。私は新谷の言葉を思い出す。


 すべてを背負う……そして、なかったことにする。


 新谷は、本気なのだ。本気で、如月さんの死をなかったことにしようとしている。


 そして、そのためにはどんな手段でも使う……今の新谷はそんな状態なのだ。


「……だからこそ、私は」


 私は思わずつぶやいてしまった。佳乃が不安そうな顔で私を見る。


「……そうえいば、君。よくあの時洗脳を自分で解除できたな」


「へ? あの時? ああ。旦那が死んじゃった時か」


「……死んでいない。だが、あの時は確実に洗脳状態にあったはずなのに……」


 すると、佳乃は少し不満そうな顔で私を見る。


「あのさぁ……目の前で旦那が死んじゃったら、洗脳されてようが、何されてようが、絶対旦那の元に駆け寄ると思うんだけど」


 佳乃はそう言って私を見る。私は少し恥ずかしくなって顔をそむけた。


 私には……佳乃がいる。それはとても幸せなことなのだと、今更ながら強く感じるのだった。

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