第86話 護国ノ乙女 其ノ伍
それから、数日経った。
どうにも、佳乃は乙女の世話に熱中していた。
文字を教えたり、裁縫を教えたり……そのおかげもあってか「乙女」という自分の名前も書けるようになったし、佳乃の家事の手伝いもするようになった。
それに、話し方も段々と人間に近づいてきた。少し前までは人形のような喋り方だったのに、今では普通の少女と変わらない。
もっとも……私と佳乃のことをお父様、お母様と呼ぶのは変わらなかったが……
そして、ある日のことだった。
「じゃあ、旦那。買物、行ってくるね」
そういって、佳乃は私に呼びかける。その隣には、乙女がいる。
「なんだ。乙女も行くのか」
「はい。お父様、今日の夜はどのような食事が良いですか?」
「え……いや、なんでもいいんだが……」
私がそう言うと、佳乃と乙女は顔を見合わせて、苦笑いする。
「そういう答えが1番困るんだよね~。ね? 乙女ちゃん」
「はい。お父様は仕方のない人ですね」
笑顔でそう言いながら、佳乃と乙女はでかけていった。その後姿は親子というより……姉妹という感じだった。
「まぁ……元武蔵野家の1人娘としては、妹が出来て嬉しいのだろうな」
私はそう言いながら、勘定場に戻っていく。
「若旦那、いるかい?」
と、そこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……伊勢崎か」
見ると、スーツ姿の女性がそこに立っていた。伊勢崎彩乃。相変わらず唐突に店にやってくる。
「ああ。すまないね。唐突にやってきてしまって」
「……まったく反省しているようには見えないな。で、用件は?」
私がそう言うと伊勢崎は鋭い目つきで私を見る。
「君、奥様との間に子どもができたのかい?」
私は思わず驚いてしまって何も言えなかった。しかし、我に返って伊勢崎を見る。
「な……何を言うかと思えば……できていない」
「そうか。では、この店にいるあの娘……いや、単刀直入に言おう。あの存在はなんだ?」
あの存在……伊勢崎の言うことを聞いて私はすぐにそれが乙女のことだということがわかる。
「……乙女がどうかしたのか?」
「おとめ? あれに名前を付けたのか?」
「違う。あの子が最初からそう名乗っていたんだ」
私がそう言うと伊勢崎は珍しく私のことを憐れむような目つきで見る。
「……そうか。もう少し早く来るべきだったな」
「なんだ? その態度は……一体どういう意味で……」
私がそう言うと、伊勢崎はそれから言いにくそうな顔をして、そのまま先を続ける。
「『護国ノ乙女』……それが、君たちの家にいる存在の正式な名称だ」
「正式な名称って……言っている意味が――」
そこまで言って、私はようやく気がついた。
伊勢崎がやってくるときは大体……帝財局か国健部隊関連の存在が私の店にやってくる時……
そして、伊勢崎が「正式な」名称を知っているということは……
私が勘付いたことを気付いたようで、伊勢崎は話を続ける。
「『護国ノ乙女』。国健部隊が開発した、人形型の暗殺兵器だ」
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