第69話 悪夢の香り 其ノ壱

 その日もぼんやりと、私は店の外を眺めていた。


 人が行き交う店の外……見ているだけで眠くなってくる。


 お客は相変わらず来ないが、かといって、どうしようというわけでもない。


「すいません」


 と、そんな声と共に店の中に人が入ってきた。店に入ってきたのは……随分と美しい女性だった。


 黒く長い髪に、紫色の着物……こういう言い方は良くないが、芸者さんという感じの女性だった。


「あ、ああ……どうぞ。御用は?」


「ああ、いえ。買物ではないんです。その……これ」


 そういって、勘定場の机の上に何かを置く。


「……これは?」


 見ると、女性が机の置いたのは、何かが入った布の袋のようなものだった。


「これ、お兄さんに受け取っていただきたいんです」


 そういって、女性はニッコリと微笑む。


「え……いやいや。悪いが、タダで貰うわけには……それにウチは古道具屋でね。これ、見たところ新品のようだが?」


「ええ。私が作りましたから。でも、いいんです。これ、お配りしているものですから」


「……配る? これを?」


 私が怪訝そうにそう訊ねると、女性は嬉しそうに頷く。


「これ、いい匂いがするんです。寝る時に枕元に置くと和やかな気分で就寝できますよ」


 私はそう言われて、袋の匂いを嗅いでみる。確かにいい匂いがする。


 でも、なんだろう……何か嫌な感じがする、そんな匂いだった。


「しかしなぁ……見ず知らずの人にこんなものをタダで貰うわけには……」


「ダメ、ですか? お兄さんがいらないと仰るのなら引き取りますが……私としてはもらっていただきたいんです」


 そういって、女性は哀しそうな顔でそう言う。


 私は正直気が乗らなかったが、そこまで言われて、断るのもなんだか悪い気がした。


「……あ、ああ。わかった。じゃあ、とりあえずもらっておくか」


 私がそう言うと女性は嬉しそうに頷いた。なんだか……嫌な笑顔だった。


「ありがとうございます……フフッ。では、私はこれで。また、お会いしましょう」


 女性はそんな蠱惑的な笑みを浮かべて去っていった。


 私は今一度袋を見てみる。


 確かに不思議な香りが漂ってくる……だが、なんだか嫌な感じだ。


「……まぁ、実際に使わなければいいか」


 私はそう思って、袋を机の中にしまいこんだ。


 それで、私は全て問題ない……その時はそう思っていたのだった。

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