第52話 招き泥棒猫 其ノ伍

 私がそう言うと、麻子は黙ったままだった。


 そして、しばらくしてから、フッと不敵に微笑んだ。


「……ふっ。ええ。そうですよ」


 悪びれる様子もなく、麻子はそう言った。そして、私のことを見る。


「吾輩は……化け猫です。元々は招き猫でしたが……最初は皆吾輩のことを大事にしていてくれたのに……最後にはただ、店の前に置かれるだけの存在になって、埃が積もって……酷すぎるじゃないですか! だから吾輩は」


 そういって、激昂する麻子。私は何も言わず麻子を見る。


「だから……復讐してやるって決めたんです。吾輩のことをないがしろにした人間どもに復讐してやるって……」


「その恨みが君を化け猫にしてしまった……しかし、それは酷く不運だったな」


 私がそう言うと不思議そうな顔で麻子は私を見る。


「はい? どうしてです? 吾輩はこうして人間どもに復讐する手段を手に入れたんですよ? 不幸なわけないじゃないですか」


「いや……さっき言ったとおりだが、招き猫はいわば神様のようなもの。しかし、化け猫は……妖怪だ。人間は神には手を出すことは出来ないが、古来より妖怪に対する対策は心得ている」


「対策……フッ……それを旦那様も心得ていると?」


「ああ。既に講じている。君、自分の右手を見てみろ」


 そう言われて麻子は自分の手を見てみる。そして、目を丸くする。


「にゃっ!? わ、吾輩の手が……!」


 麻子が驚いたように……その右手は既に人間の手ではなかった。肉球のついた手……猫の手になっていたのである。


「い、一体何を!?」


「……妖怪に対する対策は色々あるが……人間を化かす妖怪に対する対策は簡単だ。それは……」


 すると、みるみるうちに、麻子の尻からは尻尾が、そして、目は猫目になっていき、身長はどんどん縮んでいく。


「にゃっ……な、なんで……こ、こんな……」


 そういって、驚いた様子で自分の身体を見る麻子。いや……「元」麻子。


 すでにその身体は私の足元くらいの高さしか無い。毛並みもつややかで、白い……そして、頭部には、黒い胡麻のような模様……いや、元招き猫であることを考えると、それは小判のような形に見えた。


「……化けている妖怪の正体を、言い当てることだ」


 その瞬間だった。猫の姿になった麻子はそのまま私の足元を通り過ぎ、店から飛び出していってしまったのだ。


 結局、私は呆然と店に取り残されることになったのだった。

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