第21話 乙女鉄刀:壱之剣「良妻剣母」 其ノ弐

 今から100年ほど前に存在した刀鍛冶、貫木鉄心。


 いかにも男らしい名前だが……実際は女性だったらしい。


 鉄心が作成した刀は数百本にも上るらしい。無論、その筋では有名な刀鍛冶だ。


 ただ、鉄心が生きた時代はすでに刀は戦争の主役ではない時代……作る刀はほとんど名家に飾るようなものが多く、美術品としての評価の方が高い。


 だが……鉄心が注文とは別に自身の趣味で特別に作った刀がある。それが『乙女鉄刀』である。


 乙女鉄刀が何本存在するかは知らないが……これは女性だけが手にすることが出来る刀であるという。


 乙女鉄刀には持った人間の人格を変える作用さえあるほどに、精巧な作りであり、刀を鞘から抜いた瞬間、其の作用が発生するという。


 その乙女鉄刀の中の一つが今日古島堂に持ち込まれた『良妻剣母』である。


 名前の通り、この刀は抜くと……理想の妻になるらしい。無論、実物を見たのはこれが初めてだったが……


「それにしても……一体どこまで買い物に行ったんだ?」


 私は流石に不安になってきた。それなりに遅い時間になっても、佳乃が帰ってこないのである。


 私は落ち着かなかったが、居間で待機していることにした。


 そして、待つこと約1時間。


「貴方様、おまたせ致しました」


 帰ってきた佳乃は……なんだか大荷物だった。


「……君、一体何を買ってきた?」


「うふふ。秘密です。料理をしますので、今しばらくお待ち下さい」


 子供のような無邪気さでそういう佳乃……というか、明らかにあんな態度は佳乃じゃない。わかってはいたが……今は突っ込まないことにした。


 それから数十分ほど経つと、佳乃は居間にやってきた。


「さぁ、貴方様。どうぞ」


 そういって佳乃が差し出してきたのは……フルコースだった。


 うな重、うなぎの肝、すっぽん鍋、そして、焼にんにく……


「……私は別に体調が悪いとかそういうことはないんだが」


「うふふ。貴方様、さぁ、冷めないうちに」


「い、いや、しかしなぁ……」


 私がそう言って佳乃の方を見たときだった。


「……召し上がってくれないのなら、私、ここで自害致します」


 いつのまにか私が隠しておいた「良妻剣母」を手にし、それを首筋に当てている。


 ……こんなことをされては、食べるしか無い。


 それでも、私は遠慮したかったが……佳乃の視線が明らかに私の知っている佳乃のものではない。


 それこそ、まるで獲物を狙う蛇のような……恐ろしい視線だった。


 仕方なく私は出された料理を食べた。この物資の少ないご時世にどうやってこれらの料理を手に入れたのかはわからなかったが……とにかく全部食べた。


 そして……ものすごく漲っていた。


 計画的としか思えないような精のつく料理のオンパレード……私は寝床についていたが、まったく落ち着かなかった。


「……貴方様」


 そして、問題はもう一つ……先程から妖艶な目つきで私のことを見ている佳乃だ。


 正確には……佳乃ではない。佳乃にはこんなことはできないからだ。


「……なんだね」


「うふふ……わかっていらっしゃるのでしょう? あれだけ精のつくものを作ったのです……私が何を望んでいるか」


 そういって佳乃は私の方に近づいてくる。私は……飛び起きた。


「……私のことを、拒否されるのですか?」


 佳乃は悲しそうな瞳で私を見る。そして、またしてもすでに首筋に刀の刃を当てている。


「ああ、君のことは拒否する……君は、私の妻ではない」


「何をバカなことを……私は貴方様の妻ですよ?」


 佳乃はそういうが、私は首を振った。


「……別に尽くしてくれなくていい。私は……どこか抜けている感じだが、私のことを愛してくれている佳乃が好きだ。だから、君のことは拒否する」


 私が再三にそう言うと、佳乃……に取り付いていた「何か」は観念したようだった。


「……そうですか。時代が変わりましたね。ですが……貴方様を奥様は愛しているようです。そんなお方に無理なことをしては、奥様に申し訳ないですね……私は消えます。願わくば、丁重に保管してください」


「ああ、約束する」


 そう言うと佳乃は刀を、どこからか取り出した鞘に納めた。その瞬間、佳乃はがくんとそのまま倒れた。


「佳乃……大丈夫か?」


「……う~ん……旦那……旦那だけうなぎ食べてずるい……むにゃ……」


 そんな寝言を聞いて私は安心し、『良妻剣母』を手に取り、それを店の棚の一番高い所に置いた。


 一度抜けば跳ねっ返りの令嬢も、不良の娘も、絵に描いたような「良妻」になる刀……鉄心が自身がそうなれなかった妬みの気持ちを打ち込んだ刀……


「……ウチには必要なかったな」


 どこかの令嬢が一日も早く買い取ってくれることを願いながら、私は今一度寝床につき、眠ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る