となりの隣野トナリちゃん
つけもの
また明日もとなりで
突然だけど、僕の隣の席にいる隣野トナリちゃんは魔法少女だ。
そんな彼女は授業中だっていうのに、教科書を立ててその影でグーグーと寝息を立てながら、幸せそうによだれをたらしている。
まだ僕達は小学生だっていうのに、もうすぐ高校生になる僕のお姉ちゃんと同じことをしていていいのかな、と思っている。
「寝てちゃだめだよ、トナリちゃん」
授業が終わった後の休み時間に、僕は彼女を起こしながらこういうと、
「寝る子は育つっていうでしょ」
と、言いながらにっこり微笑んで、また次の授業も寝てしまう。だらしないなぁ、とこれまたお姉ちゃんと同じことをトナリちゃんにも思うのが僕の日課だった。
けど、いつからか僕は、そんなことを思わなくなった。
あの夜、彼女が魔法少女だって知った、その時から。
「トナリちゃん?」
あの日の夜、僕はお気に入りのマンガ雑誌を買いにコンビニに行った帰りだった。夜の公園に、まるでコスプレをした人みたいな格好をしたトナリちゃんがいた。思わず僕は、トナリちゃんの名前を呼んでいた。
トナリちゃんは名前を呼ばれて振り返ると、突然声を掛けられて驚いたのか、手に持ったステッキを素早く僕に向けた。けど、すぐにステッキを持つ手に込められた力を緩めた。
「僕だよ。ほら、隣の席の……」
「……ああ!隣の席の!」
トナリちゃんは、パーにした手の上にグーにした手を乗せてみせる。その動作の途中でトナリちゃんは手に持ったステッキを一瞬で消して見せた。
んん?と僕が思うのと同時に、トナリちゃんは、私、魔法少女なんだ!と笑顔を見せながらあっさりと自分の正体をばらした。
「私はね、毎日異界から来るモンスターを倒しているの」
公園に置かれたベンチに座って僕はトナリちゃんの話を聞くことになった。
魔物を放っておくと実体化して人々を襲い始めること。自分の家系に生まれた女の子は魔法少女になる運命を背負っていること。だから、自分は夜が来るたびに魔物と戦っていることを、トナリちゃんは真剣に喋ってくれた。トナリちゃんがしてくれた話は全部突拍子の無いものばかりだったけれど、僕は信じた。なぜなら、話を聞き終えた僕は感動にも似た感情が身体に満ちるのを感じたからだ。
その感情は、四年前にヒーローショーを見に行って本物のヒーローに出会った時と同じ感情だった。
「すごい!」
そして、思わずそう声をあげていた。
「え?」
トナリちゃんは驚いた。
トナリちゃんの真剣な顔も、驚いた顔も、初めて見た。どれも学校では見せない表情だった。そして、なんだか不安そうな表情も僕は見るのが初めてだった。でも僕はその時、そのことはあまり気に留めなかった。
そして僕は、こう言った。
「トナリちゃんはすごいだね!」
「え、いや、ちっともすごくないよ。だって魔法を使ってるだけで相手は倒せちゃうし、こんなのだれだって……」
「トナリちゃんは、自分がすごくないって思ってるの?」
僕の言葉に戸惑いながらも、こくりと頷いた。
「じゃあ僕がすごいって言い続けてあげるよ!」
「え?」
その言葉に、トナリちゃんは顔を上げる。
「あ、でも、その前に言わなくちゃいけないことがあるね」
「言わなきゃいけないこと……?」
トナリちゃんが不思議そうに僕を見ていると、突然目を見開いて、手にステッキを出現させて構える。
「伏せて!」
言われた通り僕は伏せると、僕の背中の方からバシュンという音とそれに続いてボトッと何かが地面に落ちた音が鳴った。
「もう大丈夫だよ」
身体を起こして地面に落ちたそれを見ると、そこにはコウモリのようなモンスターが煙を上げながら液体状に溶けていくところだった。
「ふぅ……あぶなかった」
トナリちゃんが一息つくと構えたステッキを降ろす。その姿を見て僕は改めて言わなくちゃいけないことを言うことにした。
「助けてくれてありがとう」
そして、そう言われたトナリちゃんの顔が瞬く間に赤くなっていった。そんでもって、僕から顔を逸らして黙ってしまった。
「どうしたの?」
僕がそう聞くとトナリちゃんは僕に向き直ってこう言った。
「どういたしまして!」
「あだっ」
バシッと肩を力強く叩かれた。僕を叩いたときのトナリちゃんには、いつもの笑顔が戻っていた。
話が一段落ついた僕達は帰ることにした。
「もう行かなくちゃ」
トナリちゃんはそう呟いた。
「そうだね。一緒に帰ろう」
僕とトナリちゃんの家に行く道は途中まで一緒だ。僕達はベンチから立ち上がって歩き始めた。
「あれ?トナリちゃん。そっちじゃないよ」
家とは反対方向に歩き出すトナリちゃんに僕は声を掛けた。すると、トナリちゃんは怒った顔になって、
「変身解かなきゃいけないのよ!バカ!エッチ!先に帰っててよ!もう!」
と、言った。
「もの凄い怒られた」
「さっさと行く!」
「じゃあトナリちゃん。最後に一つだけ」
「なに?」
「また明日ね!」
そう言って別れたのが一週間前のことだ。
僕は彼女がこうして日中に眠る理由を知ったその時から、僕はトナリちゃんを起こさないようになった。
けど、そうするとトナリちゃんは「なんで起こしてくれないのよ」と怒るようになった。
だってトナリちゃんは……と反論しようにもあの事は誰にも秘密にしておいた方がいい気がした僕はいまだに言い返せずにいる。けれど僕は、このままでいいや、と思っている。
「むにゃむにゃ……」
こんな日々がずっと続いたらいいな、と思っているのだから。
トナリちゃんは魔法少女だ。そんな彼女は、今日も幸せそうによだれをたらしている。
一週間前の夜。
高層ビルのてっぺんに設置されたアンテナの上に一人の少女が降り立った。
少女は大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐くと、前を向いた。
するとそこには、まだ実体化していないが街を埋め尽くすほどに巨大なスライム状の魔物がいた。どす黒い身体は半透明になっており街の灯りや行き交う車、そしてそこに住む人々の様子が見える。
この魔物が実体化すればそれら全てが押し潰され消えてなくなることは、少女には容易く理解できる。実体化し、見えるようになった魔物から逃げる人々の、まだ聞こえない悲鳴すら聞こえてきていた。
大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐く。
少女はその動作を繰り返す度に、よりはっきりと、自分の心臓の鼓動を感じ取った。
少女が緊張をするのは無理も無いことだった。なぜなら、少女はこれほど巨大で、強力な敵と戦ったことが無かったからだ。
「……ッ」
少女の手が震える。震えを抑えようとして、少女は気づく。もはや、全身が恐怖に震えていることを。
けれど、と、少女は思った。
少女はさっきまでいた公園を見下ろす。建物に阻まれてほとんど見えないが、まだあの近くにあの男の子がいることは確かだった。あの男の子が言っていたことを、少女は思い出した。
「じゃあ僕がすごいって言い続けてあげるよ!」
くすり、と、少女が笑った。心の中で、その言葉に返事をする。
それなら、もっとすごいことしちゃおうかな。
いまからね。
少女はアンテナを蹴って空中に飛んだ。少女の身体は空へと舞い上がり、高く高く飛んでいく。もう、身体は震えていなかった。
道路を行き交う車の明かりよりも、街のネオンの光よりも、流れ星よりも輝いた光が巨大な魔物に向かっていく。
「また明日ね!」
もう一度、少年の言葉が魔法少女の頭の中に響いた時、闇を切り裂くような強い光が流れ星のように夜空を駆け抜けていった。
となりの隣野トナリちゃん つけもの @wind-131
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