窓際の君に。
弓弦
窓のある風景
これは、聞いた話。
そう。
なんていうか、夏の蒸し暑い。
うん、けだるい朝じゃなく、夕暮れ時が。
誰ぞ彼時、こんな視線を感じた。
そんな話。
「ねえ。聞いてよ。」
一声は、教室で。
某大学の講堂、2限目の講義を終えた女子学生、美和(仮名)は友人にポツリとこぼす。
「どうしたの?彼氏とピンチ?」答える友人、麻衣(仮名)。
「それがね・・・」
初夏の空気が薄れ、梅雨時を迎えた6月は学生達に陰鬱な影を出し始める。
ゴールデンウィークも終わり、夏季休暇も目の前でありながらも夏の暑さを体感し始める頃。
もちろん、天気もご機嫌ではないうえに、通学にも傘や、雨合羽などが強いられるので、鬱屈とした空気が漂うのは毎年の恒例ではある。
そこにもってきて今回の問題。
「彼氏はいいんだよ。スゴイ優しいしさ。お前のためなら!って、ガチで体張ってくれそうだし。」
「あー。ごちそうさま。で?」
「そういう言い方ってどうかな?」
「早く言えよ、メンドくせえな。色ボケ。」
「わあ!ゴメン!ホント、これどうしよう?って。彼氏に言うとガチで殴り込みに行っちゃうかも!」
「で?」
「んーと。今のマンションってさ、すごく立地もいいんだけどね。問題ナシ!って感じで借りたんだよね。」
入学前に賃貸で入ったマンションは、親のスネの力を借りてようやっとは入れただけあって、大学にも近く繁華街にも程遠くない。
さらには、バイトもすぐに見つかり家賃はさておき、小遣いは自分の好きなだけ使える境遇だ。これは好条件としか言いようがない。
「あのマンション、いくらすんの?」
地元の麻衣からすれば、一人暮らしなんて無駄にお金が掛かるだけなので、バイト代は全て貯金に回し、小遣いは欲しい物ができた時だけ親にねだる、というシステム。親も家賃の支払いを考えれば安上がりなので賛同している・・・
「(問には無視で)でね。このゴールデンウィークに近所に新築マンションが建ったんだよね。」
「ほう?」
「ワタシ的にはさ。新築いいよね~って思ってたんだけど。」
「もういいから。要件だけ。」
「あああ、ゴメン!その・・新築マンションと、コッチのマンションの間って、そこそこ距離があるのね。でも・・・」
「でも?」
「間に障害物?っていうか、植え込みとかあるんだけど、背の高さがね足りないっていうか。」
「丸見え、って事?」
「うん、そう。」
「で、覗きにあってる?でいいの?」
「・・・・たぶん。」
「それは、警察じゃないの?彼氏とか、あたしじゃなくって。」
「え~でもでも。そんな・・・怖いし・・もし、通報して・・・」
「で、証拠は?」
「・・・・無い。」
「はぁ?ダメダメ。話にならないじゃない。警察に行っても証拠とかないと取り合ってくれないよ。それでなくてもストーカー相手に何もしないし。」
「されたの?」
「・・・されてないけど。例え話。ニュースでもあったでしょ!」
「そっかあ・・・。まっ君にお願いしようかなあ・・」
「待て。彼氏に言って、どうすんの?で、そのどういう感じなの?」
「実はね・・・・
5階建てのマンション、その100Mもない空き地を挟んだ先に件のマンションがあり、お互いベランダを向き合わせている。
が、真正面ではなく、若干の角度の差があり、斜めに建っている。ものの、急な角度ではないため、お互いのベランダ越しの窓から部屋の中が見られてしまう、との事。
部屋は3階であり、地上からは見えないうえに、そのマンションが建つまでは見晴らしがよく、カーテンを常にかけていなかった、さらにその習慣のままだったために、覗きをされていると知った。
具体的には、向こうの4階の丁度一番よく見える部屋の窓に、不審な影がある、という事。
それに気が付いたのは、3日前でそれまではバイトに行っていたため帰ってくるのが夜になり、気が付かなかった。
向こうの部屋は電気を消しているらしく、夜半はこちらが明かりを点けているので、おそらくは丸見えだったかもしれない、という事。
シャワーあがりや、夏場ゆえの、あられもない姿をしていた事もあり、もし覗かれて、動画など盗撮されていたらと思うと、気が気ではない。
気が付いてからは、カーテンをしっかりと閉め、対策をしたが効果のほどはわからない。なにせ、カーテン越しに覗いたら目が合った、とかとんでもない事だからだ。
「なーるほどね。でも、ネットとかでそういう盗撮で出回った話はないんでしょ?」
「出てからだと、死ぬしかないよぅ!」
「落ち着け。とりあえず、彼氏とも相談してさ、警察に報告だけでもしとけば?最悪、引っ越しもあるだろうけど。」
「うう・・ヤだなあ・・・」
「明日にでも彼氏を部屋に呼んで、その変態を確認してもらってさ。その後通報でいいんじゃない?」
「・・・そう・・ね、そうする。」
「イヤなん?」
「怖いし・・・それに、部屋汚いし・・・」
「知るか。はい、解散!」
立ち去る友人を、少し恨めしくも頼もしいと見送る。
「で、美和。向こうのマンションのどのあたり?」
部屋に入れた彼氏、正弘(仮名)。
「4階の、丁度向かいになる感じの部屋。ベランダで見えにくいんだけど、人影っぽいのがあって。」
「あ?ザケやがって。チ、どこんどいつだよ・・・?」
カーテンを一気に開けようとする正弘を押し止め、
「待った!まって!まてまてまて!ちょっとおっ!」悲鳴じみた声。
「あ?開けねえとわっかんねえだろうが。」
「目が合ったらどうすんのよ!ココに住んでるのはワタシなんだよ!?」
「あー。そうだな。すまん。で・・」
今度はそっと、端の方を開けて様子を伺う・・・
「アレか。」
言われた部屋の窓に、たしかにいびつな?人影らしきものが見える。
例えば、何かしらの置物であったり、そういった物ではない、それだけはわかる。
仮に、だ。仮にマネキンが大好きで部屋に飾ってたりでもしない限りは、あの影は生まれない。と思う。
つまりは。
四六時中、と言ってもいいくらいにこの部屋を眺めているヤツが居る。という可能性。
なにせ、カーテンで仕切られて見えるはずがない部屋を眺めているヤツが居たわけだ。
「おい。コレ、ケーサツに電話していいんじゃね?てか、俺がするわ。」
「え!その・・」
「・・・あ、ケーサツですか。実は・・・・・・・・・・」
結局、この電話が利いたのか、翌日には件の部屋の窓にはカーテンがかけられ、お互いに部屋の中を見ることが適わなくなった。
「な?」
「うん!」
二人はこれで満足していた。
その矢先。
「なあ、美和。あの後な、ケーサツから連絡あったか?」
「?・・・ないよ?なんで?」
「そうか。じゃあ、いい。」
「なに?どうかしたの?」
「いや、終わったら・・・まとまったら話す。」
「うん?」
「では、貴方は彼女さんの言った日、で間違いありませんね?」
某警察署
「はい。俺はあいつに言われて、部屋に行って。その時に確かに人影がベランダ越しの窓に見えて。それで、これは覗きだって、通報したんですよ。」
「そうでしたか。で、カーテンはいつ頃?」
「あいつの部屋のカーテンは、あの日の5日前かな?4日かな?くらいだったんじゃないですか?よく覚えてないんですけど。」
「いえ、その相手の方の。」
「ああ、電話の後の次の日って言ってました。」
「そうですか。一応、確認なんですが、相手方の、その通報先、のですけど。ご面識は?」
「いえ?あったら直接電話なり、殴り込みに行ってますよ。」
「なるほど・・・まあ、殴り込みに行かなかったのは正しいですよ、よく自制されました。」
「あのさ?意味がわかんないんだけど?お巡りさん。なんで、俺が警察に呼ばれないとダメなん?悪い事したの、アッチじゃねえか。」
「・・・そうなんです・・というか、いえ、確認として、なんです。」
「とりあえず、説明だけはしろよな?だろ?」
「ええ・・・実は。」
「実は?」
「本当は言うべきではないんでしょうが、事実確認のために。」
「で?」
「あの部屋の住人ですが、実は自殺をしておりまして。」
「?」
「それも、通報があった一週間前、が司法解剖によりわかりました。まだ未公表ですが、おいおい発表されるでしょう。」
「まってくれ。おい。」
「はい。貴方の通報の時点で、部屋の住人は死亡していた、とみられます。」
「・・・」
「大家の方にお話を伺って、家賃も滞納されてたようなので、同行で部屋に伺い、鍵を開けて室内に入ったんですが、その時にはもう・・・」
「夏、ですしね・・・」
「ええ、腐敗臭が・・失礼。まず、確実に死亡されていた、と思われます。その時にカーテンは閉まっていました。」
「え?」
「貴方との証言が一致しないんですよ。」
「でも、俺、その、見たときに、カーテン、・・窓。」
「ええ、貴方の証言では、カーテンが閉まっていたではなく、開いていて、窓越しに人影が見えた、でしたね?」
「・・・ええ。」
「その時、貴方。本当に彼女の部屋にいたんですか?」
「!」
「いえ、もし貴方が彼女の訴えに激高して、住人に危害を加えた、というなら別ですが。・・・」
「あたりまえでしょう!」
「・・だからこそ、言いますが、住人の方は、カーテンレールにベルトを括り付け、首を吊っていました。検死でも確認できています。自殺、ですよ。」
「じゃあ、どうやってカーテンを・・・」
「さあ。わかりません。ですが・・」
「が?」
「彼の・・あ、彼、男性です。・・の、パソコンに、「のぞいていません」という、メモがありまして・・」
「・・・・」
「日付が・・その・・・貴方が通報した、その直後だったようで・・・」
窓際の君に。 弓弦 @isle-of-islay
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