2017年3月14日ーー春先の花冷えには香る蜜飴part3

 


「これならもう心配はなさそうだね?」

「はー、良かった」

「僕はいいけど、カティアやそっちの坊やも念の為食べておきなよ。仕分け作業の時なんかに花粉吸い込んだはずだからさ」

「あ、そうですね。君もどーぞ」

「あい」


 カティアに蜜の玉を渡されて、我が乗せた花を共に食せば噛むのは難しいが舌の上に転がせれば蜜の甘味を感じた。


「普通の蜂蜜飴ですね?」

「この蜂蜜は特にさっきのヘルネの蜜を集めたものなんだ。だから、他のよりも効きやすいよ」

「へぇ」

「あまーい」


 しかし、蜜をこのように固めただけで程よい甘さが少しずつ口に広がるとは。

 これはいくらかクセになるな。ただ、どこかでこの甘味を食べた気がするがよく思い出せん。


「ふゅ」


 ぽすんとクラウがいきなり我の頭に乗ってきた。

 なんだと思えば、すりすりと頭を撫でられる。


「ん?」

「ふゅふゅ」


 頼む。念話か何かで伝えてくれねば我にもわからぬ。


「んー? ひょっとして君にもお礼言いたいのかな?」

「ふゅ!」

「え?」


 創世神の呟きにクラウは声を上げ、我は意図が読み込めずに首を傾いだ。


「微量だけど、君の魔力・・が花に移ったんだと思うよ。それをクラウが感じ取って、君も薬作りの手伝いをしてくれたんだって理解したんだろうね?」

「まりょきゅ?」


 聖気と魔力の差は特になく同じものと捉えられているらしいが、今の我は人族だ。人族で聖気を宿してる者は稀有でいるらしいから、創世神は言わずでおいてくれたのだな。

 それにしても、クラウはまだ我にすり付いていた。


【礼を言う程のことでもない。我はいくらか手伝いをしただけだ】

「ふゅぅ」


 念話で伝えれば、クラウは我の顔の前に浮き左右に首を振った。


【……実際作ったのは創世神やカティアだが?】

「ふゅ、ふゅーぅ」

【……せめて念話で伝えてくれ】


 やはり何を言いたいがわからぬが、あまり否定はしない方が良さそうだ。

 えーっと……たしかこう言う時は、


「……どういたちまちて?」

「ふゅ!」


 翼を揺らしながら、クラウはこくこくと縦に首を振った。どうやら今ので良かったようだ。

 一角との特訓で幾度か出た故に覚えていたが、功を成したか?


「あ、そう言えばこの飴どうします? こんなに作っちゃいましたが」


 カティアが卓の上に置いた銀の器にはまだまだ蜜の玉が入っていた。

 たしかに、基本は薬らしいからな。我やカティアでも1つくらいでいいはずだ。


「んー…………じゃあ、せっかくだしエディ達にも渡しに行こうか?」

「エディオスさん達に?」

「ミーアが言ってたでしょ? 直に人族の間でも流行るだろうって」

「あ、予防策ですね?」

「そ、そー。あ。あとクラウにはこれ食べさせようか?」


 と言って取り出したのは我が持ってきた袋だ。

 一瞬冷や汗が背に伝ったが、クラウは神獣だったのを思い出し、此奴ならば食しても何も問題はないはずだと言葉を飲み込んだ。


「クラウー、神力補給の為にお食べ?」

「ふゅ?」


 創世神の手のひらに乗せられた茶色い粒を見ても首を傾げるだけだったが、くんくんと匂いを嗅げばひと粒を手でつかんで口に運んだ。


「ふゅ!」


 やはり美味いのか、創世神の手のひらにあったものはあっと言う間にクラウの口に消えていく。


「まだあるけど、そっちはカティアから貰ってね?」

「ふゅ」


 ひょいっと創世神はカティアに封をした袋を渡し、自身は蜜の玉を入れた器を手に持った。

 クラウはすぐさまカティアに飛びつき、キアルの実をくれるよう催促していた。


「あ、君も行く?」

「あい」


 まだ獣舎に戻る刻限でもない故いいだろう。

 夕餉の頃合いに戻れば何も問題なかろうて。

 なので、我らは主人達がいるらしい部屋へと向かった。


「エディ、入るよー?」


 部屋の前に着くと、創世神は扉を軽く叩いてからすぐに開けた。

 途端、嗅いだことのある匂いが漂ってきた。

 これは、まさか?


「………………よぅ」


 弱々しい主人の返答が聞こえてきた。

 他の者はとカティアの後ろから中を覗き込めば、あのセヴィルも含めて主人の世話役をしている面々の大半が辛そうにしていたのだ。


「エディオスさん⁉︎ セヴィルさんに皆さんまでどうしちゃったんですか⁉︎」

「カティア、頼む。……あまり大声を出すな」

「す、すみません!」

「あちゃー、皆して花冷え風邪かかっちゃった?」


 創世神の呟きに、主人とセヴィルは辛そうながらも納得していた。


「やっぱあの風邪か……」

「窓を開けたのが仇となったか……」


 聞くに、換気のためにいくらか窓を開けて風を入れ替えてからしばらくして、主人を筆頭に花冷え風邪の症状が出たそうだ。


「それなら持ってきて正解だね?」

「……何をだよ」

「クラウや四凶しきょう達もかかっちゃったから僕らとミーアで薬の蜜飴作ったんだ。即効性だろうから、全員分あるし配るよ」


 と、創世神の手ずから玉を口に放り込まれる面々だったが、徐々に辛そうな身体が楽になったようで顔色も戻っていった。


「こりゃ、城中に配布もだが国中にも蜜飴製作を伝えねぇとな?」

「たしかに、これは厄介だ。今年はあの花が大量発生したかもしれない」

「大量?」

「はっしぇ?」


 そう言えば、中庭でもかなりの量があったな。

 創世神と顔を合わせれば、互いに冷や汗を流していた。


【花粉が飛び過ぎの原因は僕らでも内緒だよ⁉︎】

【相違ない!】


 再びカティアと会えぬことになりかねん!

 創世神との念話で強く同意した。


「お。お前、また来たのか?」


 ようやく主人が我に気づいたようで、我は反射でカティアの足に縋り付いてしまう。

 と言うのも、乗せる以外で主人の今の姿がこのように大きいとは前の時はよく確認していなかったからな。

 幼き頃とも随分違う。人の子とは存外に小さいものだと思っていたが、自分が幼子となれば逆に映るのだな?


「……あい」


 とは言え、あまり話してはすぐに正体がわかりそうなので頷く程度にしておこう。


「この子頑張ってくれたんですよー。ヘルネの場所を教えてくれてフィーさんと取りに行ってくれたんです」


 カティア、それを言ってしまっては⁉︎


「ん? どこでだよ?」

「たしか、中庭でしたっけフィーさ……」


 と一斉に振り返れば、創世神の姿がないでいた。


(我を捨て駒にしたのか⁉︎)


 もしくは自身を追求されぬためにか。


「あんにゃろぅ……」

「ぴ⁉︎」

「ひ⁉︎」

「ふゅ⁉︎」


 主人の久しい魔獣のような相貌にカティアとクラウと一緒にくっつき合い、がくがくと震え出してしまう。

 そして、主人はどこにいるかわからぬ創世神を追うのに部屋から出て行ってしまった。珍しくセヴィルも止めないでいた。


「い、いいんですか? セヴィルさん」

「ああなったエディオスを止めようとするのは病みあがりの身体では俺でも危うい。あれもすぐに気づいて途中で倒れるだろう」


 要は面倒事に絡まれたくないからと言うことだろう。

 他の面々の一部はそれを聞くと我に返って、主人を追いかけにいったが。


(この隙に我も帰るか?)


 人化の術が解ける解けないの理由よりも、下手をすれば主人が我に乗って追いかけるなどと言い兼ねないからな。と言うのを、ふと思いついたのだ。


「かちあ、ぼくしょろしょろかぇるね?」

「え、そうなの?」

「……供人もなく1人で来たのか?」

「う」


 しまった。前の時はともかく、今回はそれを考慮すべきであったか。

 けれど、今後悔しても遅い。


「だ、だいじょぶ。ばいばい」


 名残惜しいがいくらか急がねば。

 手を振りながらとことこと部屋から出て行き、幾度か角を曲がって物影と気配がないことを確認してから獣舎へと転移した。

 ただ、戻れば、


「…………やぁ」

「……そうちぇいしん」


 何故か我の領域に創世神がしゃがみこんで隠れていた。


「もう帰って来たんだ?」

【主人が我のところへ来ると思ってな】


 念話で返答しながら我は元の竜の姿へ戻った。


「あ、そっか? じゃ、僕はもう行くね。実のことについては追って調べておくから」

『また見つければ届ける』

「ん、助かるよ」

「ディーーーーー‼︎」

「『げ』」


 主人がもうこちらへとやって来たらしい。

 首を使って振り向けば、息が荒いがしっかりとした足取りでこちらにやって来る主人が見えた。


「じゃ、行くね!」


 と言って、創世神はどこかへと転移していった。

 さて、我は口止めされてはいないがどこへ行ったかは検討つかぬのでな。

 主人にどう伝えれば良いか。

 とりあえずは、カティアに会わせてくれた恩があるので口裏合わせは致そう。

 そう思い、主人につく嘘を考えながらも口に残った蜜の甘さに今日の出来事を思い返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る