21世紀の美少女、那須与一の代役!
スーパーラビット
(一)
「あれは、何だ?」
「何のつもりだ」
「女じゃないか」
「武器は、持ってないな」
源氏の軍勢の武士達が、口々に叫びながら海岸の方を指差している。
抜けるような青空に、太陽が輝く。その下に濃い碧色をたたえた瀬戸内の海が広がっている。
穏やかな海と、沿岸にある小さな島の双方に、大軍がひしめいていた。陸のほうが、源氏。海のほうが平家。
島の名前は、屋島という。周囲が急峻な崖で囲まれ、山頂部が屋根のように平坦であるその形から、屋島と名付けられた。
源氏の武士達が注目したのは、一艘の小舟だった。
それは、大きな軍船が並ぶ隙間から漕ぎ出し、静かに海上を進んでいる。
小舟は、真紅。
その上に、赤い影が揺らめいていた。
赤い頭巾に赤い小袖。赤い帯に赤い下駄の鼻緒。
舟に乗った赤ずくめは、右手を肩の高さまで上げた。
同乗していた船頭がこれに応じて、漕ぐ手を止める。
小舟は平家軍と源氏軍の中間辺りで停止した。
赤ずくめの頭巾の額の部分には、平家の揚羽蝶の家紋が縫い込まれている。
赤ずくめは、足元から、細長い物を拾った。
棒のような物の先端に、何かが取り付けられている。
真紅の扇である。
扇を取り付けた棒は、赤ずくめの身長の倍ほどの長さがある。
赤ずくめは微笑を浮かべながら、両手で棒を支え、頭上にかざした扇を前後に揺らし始めた。
その姿は深い碧色の海の中で、赤い炎が燃えているように見える。
赤ずくめが海上に現れてから、数分ののち。
海を見下ろす屋根の上の道を、もの凄いスピードで移動する茶色い塊が出現した。
移動しているのは、栗毛の馬。その上に鎧兜を着けた侍が乗っている。
背中には切斑の矢を背負い、左手に滋藤の弓を持している。
大小の石を跳ね飛ばし、足元の草が千切れて舞う。
「どいてくれ。御大将、九郎義経様がお呼びだ」
叫ぶ侍の前で、ふいに空気が歪んだ。
何もないはずの空間に、ぽっかりと黒いトンネルが浮かび上がる。
そこから、手を繋いだ男女が転げ落ちてきた。
ひとりは、僧侶の姿。もうひとりは巫女。
ふたりは手を繋いだまま、道に転げ落ちる。
「うわっ」
猛然と進んできた侍は、慌てて手綱を引く。
が。
急な方向転換の指示に馬は驚き宙に飛んだ。
その弾みで騎乗していた侍が振り落とされる。
侍は傍らにあった大きな岩に激しくぶつかり、もんどりうって倒れた。
「いけねえ。タイムマシンが、よりによって駆けて来る人馬の真ん前に出ちまった」
僧侶のつぶやきに答えず、巫女が叫んだ。
「浩。よけて!」
侍を振り落とした馬が、浩と呼ばれた僧侶と巫女の方へ猛然と走ってくる。
「岬。お前も気ィ付けろ」
岬と呼ばれた巫女の声に、浩は身を翻し、伏せた。
岬も同時に腰を屈め、地に伏せる。
馬は二人が眼中にないように、二人の間を抜け駆け去って行く。
馬が遠ざかって行くのを見定め、岬が言った。
「落馬した方を、お助けしないと」
「ああ」
浩が頷き、走りはじめる。
岬と浩が、落馬した侍の元へたどり着いたのはほぼ同時だった。
「大丈夫ですか」
岬が倒れている侍の上半身を抱き上げた。
「うぐっ」
呻き声を上げ、侍は右足を押さえた。
「ご覧の通りだ。足の骨を折ってしまったようだ」
「足の骨を?」
「拙者は那須与一という者。この道の先に御大将九郎義経殿がおられる。大変申し訳ないが、御大将の元へに連れて行ってもらえないかの」
与一はそれだけ言うと、眼を閉じ、頭を垂れた。
「もし。しっかり!」
岬が声をかけるが、反応はない。
「いけない。気を失ってしまわれた」
「えっ。与一? 那須の与一?」
与一を背負って歩き始めようとした浩と岬を、数人の武者が取り囲んだ。
「怪しい奴。ここから先は源氏方の侍以外通さぬ。抵抗するなら、首を跳ねるぞ」
「く・・・・首を跳ねる?」
浩は与一を背中から下ろす。
両手を上に上げると、二人は荒縄できつく縛られた。
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