第7話 羞恥心

途中抱きかかえる姿勢から膝枕へと変えても、そしてそのまま1時間が過ぎても青年は目覚めることはなかった。

そしてもちろんその時にはもうどう急いでも夕食抜きだと言われた時間に帰れないことに私は気づいていたが、でもそのことはあまり気にならなかった。

そんなこともよりも私は寝ている青年のことが気になっていたのだ。

青年はとても美しくて、明らかに私とは違う豪華な服を着ている。

なのに青年は小さかった頃の私と同じく追い詰められていた。

何でそんな明らかに恵まれてそうな格好で、それなのに何でそこまで思いつめるのか私には全く理由が分からない。

それに明らかに女性、それも貴族を嫌悪していた。


「本当に、この人何者なんだろう……」


その言葉は無意識に漏れた言葉だった。

今まであまり異性に触れてこなかったせいだろうか、それともただ昔と自分に似た青年が気になったせいだろうか、いつの間にか私はその青年に対してかなり興味を抱いていたらしい。


「んぁ……」


その時私の声に反応するかのように、青年は未だ焦点の合わさらない目を開けた。


「クル!」


そして青年が起きたことに気づくと、フェリルはもう我慢しなくて良いだろうというように私に鳴き声を上げ、私が返答を返す前に青年へと飛び掛った。


「うわっ!」


「クルルッ!」


早く退けと言わんばかりのフェリルの猛攻に晒され、未だ寝ぼけていた青年は泡を食らって状態を起こす。


「何なんだよ、お前……なっ!」


そしてフェリルに対してそう告げて、それから青年はようやく私の存在に気づく。


「ふふふ。おはよう。随分疲れていたのね」


途端に何故か青年は顔を真っ赤に染めて、その初々しい反応に私は思わず笑ってしまう。


「……何だよお前。まだいたのか」


私には笑われたのが恥ずかしかったのか、青年はそっぽを向いて乱雑にそう吐き捨てる。


「実は泣き虫さんを膝枕して上げていたからねぇ」


「なっ!」


だがその私の軽口に此方へと向き直った青年の顔は未だ赤くて、私は青年も自分のことを最初のように警戒していないことがわかって思わず口元を歪めてしまう。

まるで犬や猫を手なづけているような気分になってくる。


「………うるさい」


今までは苛立ちを感じていたはずの青年のつんつんした言葉も、今はそこまで苛立ちを覚えない。


「へぇ……やっぱり泣いてたんだね!」


「うるさいっ!」


「あはははっ!」


だから私は思わず青年をからかってしまう。

そしていつの間にか私は青年との会話を楽しんでいる自分がいることに気づいていた。

今までこんな風に話せる人なんて私にはいなかった。

確かにフェリルは私の大切な友達で、命の恩人で、今この世界で一番大切なそんな存在だ。

でもそれでも人間と、それも異性とこんな風に話せる経験は本当に新鮮なものだった。


「はぁ……」


そして私のその満面の笑いに対して溜息をついた青年の顔は穏やかで、自分と同じように感じてくれていることを私は悟る。


だが、次の瞬間青年の顔は険しい感情を浮かべた。


「………お前は何が目的なんだ」


「えっ?」


そして次に発せられた言葉は言外の青年の拒絶だった。

突然変わった青年の態度それに私は驚き、だが青年の顔を見て直ぐに冷静さを取り戻した。


「お前もあいつらと変わらないんだろう?同じ貴族なのだから!」


ーーー 青年の顔には拭いきれない恐怖が浮かんでいたのだから。


それを見て私は悟るこれは青年の最後の防護線なのだと。

青年の過去に何があったのか分からない。

だが私はその過去が、青年の今私に心を許しかけている心を押さえつけていることを悟る。

それが私にはとても悲しく感じて、その瞬間私は口を開いていた。


「ううん。私にはそんなつもりはない」


「嘘だ!」


悲鳴にも似た青年の声。

その声にはどれだけの過去が積み重なっての言葉なのだろうか。


「私は貴方と友達になりたいだけ!」


「はっ!本性を現したか!やはりお前も他の貴族と変わらないんだろう!」


「違う!」


そして私は青年の凝り固まった心を溶かすために叫ぶ。

だが、その言葉が青年に届くことはなかった。

私には怒鳴る青年、だがその顔は辛そうに歪められていて、思わず私の目にも涙が浮かぶ。

どうやれば青年の心を解かせるのか、もう私には分からなくて……


「先程もそうなのだろう!」


その時だった。

青年が私のと全てを否定するかのように叫び始めたのは。


「やめて!」


そしてその言葉に私の顔から血の気が引く。

その言葉を言わせて仕舞えばもう青年は私と関わろうとしないだろう、そんなふうに確信できて。

だから私は青年の言葉を最後まで言わせないと叫ぶ。

だが、そんなものなんの意味もなかった。

青年が口を開き、私は焦燥を顔に浮かべて……


「その貧相な胸を押し付けて、俺を誘惑しようとしていたのだろ………っ!」


だがその言葉の途中で青年は口を止めた。

貧相な身体といったときに私には脛を殴られたことを思い出したのか、顔を青くして恐る恐る私の方へと顔を上げて……


「っーーーーー!」


「えっ?」


ーーー そして、今更ながら異性に胸を押し付けていたことに気づき顔を真っ赤にする私の状態を見て、間抜けな声を漏らした。


だが、そんな青年の様子なんて今の私には気にする余裕なんてなかった。


今気づけばって、私何してるの!そ、その胸をい、異性に……そ、それも初めて出会ったような……違う!そうじゃない!そんなことはちゃんと好きになった人に……違う!それでもない!


異性との交流なんて私は殆どなくて、だから青年にそんな風に叫ばれて、羞恥で私は正常な判断が出来なくなる。


そしてだから、それは本当に何も考えずの行動だった。


「あの、ごめんなさい」


流石に私の様子を見かねたのか、それとも自分も恥ずかしくなってきたのか、恐る恐る私にそう声をかけて来てくれた青年。


そして私の羞恥はその青年に爆発した。


「この、変態スケベぇ!」


「がぁっ!?」


素早く棒を拾って、私は青年の脛へと全力で振り下ろしたのだ……


3度も同じ場所に振り下ろされて、青年に好印象を持っていないらしいフェリルさえも顔を歪めるような悲痛な悲鳴が草原に上がる。


「ーーーっ!」


そしてその声を尻目に未だ真っ赤に顔を染めたまま、私は家へと走り出していた……

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