僕が異世界に行った時の話

名城忠

異世界のパスポートを作った。市役所で。


異世界に行くにはパスポートがいる。

そのパスポートは市役所や区役所で貰えると知って、僕は足早に市役所の女の人に「異世界のパスポートください」と言った。女の人は30代後半くらいだった。そしてその女の人は僕を「(こいつマジか?)」といったような表情を浮かべながら「……どの異世界のパスポート……でしょうか?」と作り笑いをしながら訪ねてきた。


僕は異世界の情報はネットでしか手に入らなかった。しかも出てくるサイトはオカルトものか異世界ファンタジーものの小説。戦争まっただ中の異世界でヒーローになんかなりたくなかったので、僕は「安全なとこがいいです」と言った。女の人は苦笑いを浮かべていた。


しばらく女の人が書類を貪ってた。僕はその間立ちながらスマホで『異世界行ってきます』と中二病のようなことをツブヤイターで呟いていた。反応は0だった。悲しい。


しばらく時間が経ち、女性が慌てながら僕に『こんな場所どうでしょうか?』と言って書類を持ってきた。市役所はいつから旅行会社になったのだろうか、僕は某ノーベル賞を未だに取っていない作家の小説の様な事を考え、その書類を見た。


その場所は、三門市と言う場所だった。その場所まではとある施設で眠りに入り、時間で換算すると16時間ほどの所にあるらしい。

そして女の人が言うには、この場所には行く人が全くいないらしい。数少ない異世界に行く人でも、やはり皆ストレスを抱えているのか、魔王と国王が戦争状態の場所に好んで行くらしい。……帰ってきた人は、その市役所ではいないらしいけど。


僕は女の人に1つ疑問を投げかけた。


「この場所はどういったところなんですか?」


女の人は資料を速読し、スラスラと答えた。


「この世界は、いわば『日本じゃない日本』です。勿論この世界には『あなた』という人は存在しておりませんし、その世界では原子爆弾が投下されていない。Jアラートが頻繁に鳴らない。そもそも『第二次世界大戦?何それ美味しいの?』と言った世界です。とにかく『今の世界が嫌だ!』という人向けの、いわば変わり種の異世界ですね」


僕は即座に「この世界のパスポート、作ってください」と頼んだ。女の人は「(え、マジ?)」と言った表情を浮かべ、作り笑いをしながら了承した。


――もうかれこれ3時間は市役所にいる。書類書類書類だらけの書類責め。僕はMじゃないのでこんなの全くもってうれしくない。

ラスト一ページの名前と住所を書く欄に汚い字で『田中直也』『○○県○○市――』と書き、女の人に手渡した。女の人は心底しんどそうだった。

女の人は足取り重そうにふらふらと書類を手にし、作業をしていた。僕はツブヤイターで『死にそう』と呟いた。反応はなかった。クソが。


もうどれくらいいるかわからない。クs――……女の人が何時まで経っても帰ってこず、僕はもう待ちくたびれていた。

そんな時、やっと女の人が戻ってきた。今にもぶっ倒れそうな表情を浮かべていた。なんかごめん。


女の人が僕に手続きは一通り終わったことを言い、僕に一つの手帳を渡してきた。


「これが『三門市行きのパスポート』です。行くときにはこれと必要なものを持って、この紙に書かれている場所に訪ねて下さい。このパスポートは向こう三門市に行っても必要になりますので、肌身離さず持っていてくださいね」

「分かりました。今までありがとうございました」

「いえいえ。……あ、ちょっと質問いいですか?」

「え?あぁ、はい」

「えっと、向こうに行くのはいつ頃なんですか?」


「……そうですね、今からです」


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