チクリの佐野

よっしー

第1話 チクリの佐野

 僕は石川武範、中学1年生だ。


 ある夏の日の昼休み、弁当を食べ終えた僕は、なにして遊ぼっかなぁと思っていたんだけれど、その時「石川君と常見君は至急グランド横の花壇まで来て下さい」と校内放送が流れてきた。


 それを聞いて、僕はビビった。そして、何をしでかしてしまったんだろうと思い出してみたわけだけれど、思い当たる出来事はすぐに見つかった。僕は造形クラブというプラモデルを作ったり絵を描いたりするクラブに所属してるんだけれど、昨日、常見と焼却炉の前でプラモデルを燃やして遊んでいたのだ―――学校で火で使うような危険な遊びは禁止されていたから―――それに違いない。


 僕は覚悟を決め、緊張しながら、常見と花壇前に向かう。


「佐野だよ、アイツがチクったんだよ」


「そうだな、あのヤロ~、クソッ」


 僕らの昨日の出来事がバレたんだとしたら、それは間違いなく佐野のせいだった。同じ造形クラブである佐野は、チクリの佐野として有名で、本人も「俺ってチクるよ。すぐチクるから」と小刻みに揺れながら豪語するような奴だったのだ。見た感じは、背がちっこくて、痩せてて、色白で、目がギョロッとしてて、どこか骸骨を思わせ、まるで死神からの使者のようだった。


 花壇に着くと、やはり佐野がいた。そして佐野のクラス担任で、キャシャーンとアダ名される先生が一緒にいた。キャシャーンは30代前半の英語教師なんだけれど、キャシャーンとアダ名されるだけあって正義の味方っぽく、精悍でサッパリとした感じで、わりと生徒に人気があった。


 仕方なく、僕はシベリアに連れて来られた囚人のようにキャシャーンの前に立つ。してやったりとばかりに薄ら笑いを浮かべる佐野。このヤロ~。


「2人が昨日焼却炉でプラモデル燃やしていたって佐野が言うんだけどさ、本当か?」


 キャシャーンが、思いの外優しい口調で申し訳なさそうに言ったので、怒られるかと思っていた僕は少しホッとした。


「いやあ、知らないです。」


 これはなんだかイケそうな気がすると思った僕は、しらばっくれることにした。


 するとその次の瞬間、にわかに信じ難い光景が、僕の目の前で繰り広げられていた――。


「知らないって言ってるじゃねえかあ!!」


 怒号を上げたキャシャーンが、おもいっきり佐野をビンタし、佐野が軽く吹っ飛んでいたのだ。右の頬を両手で押さえよろめく佐野。


「なんでそんな嘘つくんだよ!!」


 さらにもう1回、キャシャーンの熱き叫びと共に、ビンタが佐野の左頬へ炸裂した。


 僕は驚いてあ然としていた。だって嘘をついてるのは僕らであって、佐野じゃないわけだから――。


 なんでだろう?狐に包まれいるような僕らにキャシャーンが優しく言った。


「ごめんな。2人共、もう行っていいよ。佐野には厳しく言い聞かせておくから」


「はい」


 そうして僕らはスタコラサッサとその場を離れたんだけれど、とりあえずあの強烈なビンタが、自分に向かわなくて良かったと胸をなでおろした。気持ちはまったく落ち着かず、2人で足早に廊下を歩く。


「なんでなん?」


「わからん」


 僕は常見と話しながら、なんとも言えない笑みを浮かべ教室に向かった――。


 後ろを振り向くと、日差しが花壇の方を強く照らしており、咲き始めたひまわりが風で少し揺れていた――。


 


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チクリの佐野 よっしー @yoshitani

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