オロチ

山下宗

チャプター1 「昨日までの世界」

 激しい雷雨の後だった。蒸れた熱気が皇后像前広場の香港民主化デモと相まって不快なほどにまとわりつく。早くホテルに戻ろうと松田は人ごみをかき分けようとするが、民衆の怒号が飛び交い、人々が波のようにうねっていてうまく進めない。歴史の中で翻弄されてきたこの街は、また、揺らいでいる。

 しかし、平和な国で生きてきた松田にとってはどのような思想であれ、それを狂信的にまで掲げる人の気持ちが理解できなかった。どうしても歪んで見えてしまうのだ。もちろん死ぬほどの飢えを感じたこともないし、政府によって虐げられたこともない。だから自分はそれをしなくていい。

 作家である松田にとっては、それを見ることが一番大切だった。当事者になってはいけない。ただ貪欲に観察をする、そしてそれを血肉として人間を書いていく。もみくちゃにされながら、人々の目を、息遣いを、吐き出す言葉を松田はただ見ていた。


 デモは勢いを増し、公安警察と衝突をし始めた。あまりにも近くにいすぎた。マズイと思った時にはデモ隊との衝突に巻き込まれそうになっていた。

 不意に手を掴まれる。ぎょっとして手の先を見ると、スーツを着た男が、松田先生、こちらです。と手を引っ張りホテルへと導いた。


 マンダリンオリエンタルホテル香港。かつて東インド社だった、ジャーデン・マセソンの本社跡地に建てられた。ここもまた香港の数奇な歴史の一箇所だ。また、幕末の日本で有名なグラバー商会はジャーデン・マセソン商会の長崎支社でもある。歴史は意外なところで繋がっている。

 

 表の喧騒とは裏腹に、空調の効いたきらびやかな内装のロビーでは、高級なビジネススーツを着た男たちがヒソヒソ話をしていたり、ノートパソコンを睨みつけていたりする。こちらもこちらの戦いがあるのだろう。目の前の日本人も抜け目のないスーツを着た、30代中頃のビジネスマンのように見える。人ごみの中を中年の作家を引っ張ってきたのに、スーツに乱れはないし、それほど汗をかいている様子もない。野心に燃えている目が嫌な印象だが、どこかで見たような気がする。

 

 「先生、なんであんなところに」


 「間近でデモを見る機会なんてなかなかないのでね。つい近づきすぎってしまった。助かったよ。ところで以前お会いしたことがあるかな。」


 男の目の奥がギラリと光ったのを松田は見逃さなかった。損得で生きる資本主義に生きる狡猾な男の目。 

 

 「覚えていてくださったんですね。先日の先生の講演会の後、香港総領事とご一緒に挨拶させていただきました。山本と申します。」


 馬鹿丁寧な挨拶の後、男は名刺を取り出し、松田に渡した。一瞬外務省の役人かと思ったが、コンサルタント会社の名前が入っていたので、松田はまた一層男に嫌悪感を感じた。ロビイスト。寄生虫のように寄ってくるあの人種が虫酸が走るほど嫌いだ。


 「もし香港でお困りのことがございましたら、どんな小さなことでもすぐにお電話ください。ご対応させていただきます。」


 もうこの男と話すのは嫌だと思っていたが、山本の方が先にお疲れでしょうから失礼しますと頭を下げ颯爽に去っていった。そういうスマートなところも松田には嫌な印象にしか映らなかった。


 もともと俺はこんなところにいるような人間ではないのだ。高級そうなスーツに彩られたロビーに、開襟シャツに少しでた腹を隠すためにゆったり目のスラックスを履いている。髪は先ほどの喧騒で、汗まみれでぐちゃぐちゃになっている。少し惨めな気持ちになり、松田はとぼとぼと中年の哀愁を漂わせながら、自分のために用意された、ホテルの最上階の広すぎるスイートルームに逃げ帰ることにした。


 自分は私小説家なのだという意地が、まだどこかにある。若い頃に描いた人間の内面をえぐり取ったような作品が賞をとり、なぜか海外で翻訳され、それが大ベストセラーとなり、映画化もされた。もともと貧乏な文学部の青年が周りの変わりように、自分も変わってしまった。かつての文豪に並んだ気になって豪遊をし、バブルという時代もあって、それでも金が使い切れないほどあった。周りが皆、媚びへつらっていい気になっていたのだ。アイドルの女と結婚もした。

 しかし、転落はすぐにやってきた。結婚した女が事業を始め、それが最初はうまくいっていたが、バブルの崩壊とともに音を立てて崩れ始め、気がついたらとんでもない額の借金が降りかかってきた。女は首を吊って自殺をした。会社の共同名義人となっていた松田にも借金は降りかかってきた。しかし、会社をつぶす気にはなれなかった。二人に子供ができなかったからだ。

 なんとか書いて稼ごうとしたが、時代が変わり作風が古いという評価を受けるようになった。それでも細々と書いていると海外ではそこそこ売れた。

 とにかく金を稼ぐために海外に行き講演をし、付き合いたくもないような人種たちと会話をする、なぜか富裕層に受けがいい。それはみすぼらしい男が孤独を描いているからだろう。と松田は思っている。

 

 シャワーを浴び、酒が飲みたくなったが、訳のわからない高級そうな酒ばかりが並んでいた。馬鹿にされたような気分になって、ホテルを出て香港の下町までタクシーで向かう。ふと山本という男のことを思い出した。あの類の男は海外に出るとわんさかいる。世界で戦う術を身につけた日本人。香港領事館の御用聞きをやっているようだったからかなりの腕なのだろう。松田がそういった類の男が嫌いなのは嫉妬しているからだとわかっていた。

 もし違う人生を歩んでいたらどうなっただろうか、あの男のようになっていただろうか。下町に差し掛かった車窓を見ながら、やはり香港のギラギラしたネオンよりも赤提灯の方が好きだと思い直した。


 場末はどこも同じ匂いがする。哀愁と郷愁、男の弱さと女の優しさそれが混ざってなんとも言えない居心地を作る。

 カウンターでは地元の人々が、思い思いにタバコをふかしながら酒を飲んでいる。香港の、やはり松田と似たような同世代の作家に連れてきてもらって以来、ここでは必ずこの店で飲む。しかし同じタイプの作家でも、中国と日本では境遇が違いすぎて、どうしても分かり合えないようなところがあった。ホステスのいる店なので、頼めば片言の日本語をしゃべれるような女性をつけてくれる。女癖が悪いのが弱点だと気づいているが、自分ではどうにも止められなかった。特に山本のような男と会った日には自分の暗い劣等感から女を求めてしまう。

 カウンター席に座る時は、酒だけ。スツール席に座る時は女が欲しい時。店の中年の気の強そうな女性店主が、松田がスツール席に座るのを見て、どこかに電話をかけ始めた。


 何も言わず青島ビールと簡単なつまみがテーブルに置かれた。それをコップに注ぎ勢いよく飲み干した。香港の雑多な雰囲気は好きだ。どこか昔の日本を感じる。街が洗練されてくると、すべてが無機質になるような気がしてどうも馴染めない。あの山本のような男がいる世界だ。

 あそこには自分は存在していない気がした。


 メイファンと名乗った女性は、この世のものとは思えない美女だった。香港大学に通う学生で、大陸で暮らす両親は彼女の仕送りで生活しているという。日本で働くのが夢で、彼女の日本語は完璧と言ってもいいほどだった。

 黒い髪に大陸特有のスレンダーな体に赤いドレスがよく似合っている。昭和のスナックのようなこの場にはいささか釣り合わないくらいだ。


 「私、先生のファンなんです。」


 屈託のない笑顔で、猫のように下から覗き込んでくる女を、早くも持て余しそうになった。


 「嘘だろ。君のような娘が読むような本じゃない。」


 女は含み笑いをしながら、人差し指に手を当て、上を見ながらスラスラと松田の著作を言い、ニコッとまたその屈託のない笑みで松田を見た。

 思わず笑みがこぼれてしまった。忘れていたと思った感情が少し胸の奥に蘇った。まるで安っぽい恋愛映画の中にいるように苦酸っぱい。


 「先生の作品はいつも一人だから。そして私も一人だから一緒なの。」


 少し寂しげな顔でうつむき、またすぐ笑顔になると学生生活の話など、年頃の女の子の話をした。

 賢い娘だ。自分から話もするが、決してこちらの話を遮るようなことはしない。このままこの娘と寝てもいいのだろうかと思いあぐねていると、気配を察したのか、メイファンが腕を絡ませ、ささやいた。先生のホテル行きましょうよ。ぞっとするような色気だった。

 

 ホテルのロビーでは白人のボーイがこちらを見ていたようだが、松田はいい女を連れているのだと優越感に浸っていた。最上階のスイートに戻ると、メイファンは飛び跳ねて喜び、ホテルの中を散策して回った。窓から見える夜景に喜び、その度に松田を振り返り、嬉しそうな顔をする。


 「すごい部屋。やっぱり先生すごいんだね。」


 「俺は好かん、勝手に用意されているだけだ。」


 松田は冷蔵庫の中からよくわからない高そうな酒を取り出した。

 

 「俺はこういうのはよくわからんから、ルームサービスの酒じゃなくていいよな。」


 「うん。私もこういうお酒の味全然わからないから、いつもおいしいねっていうフリをするの。」


 いつもという言葉が胸に少し刺さった。この国では貧しい人の未来はあってないようなものだろう。メイファンはグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干した。その目がぞっとするほど暗かった。そしてまっすぐ松田を見つめた。


 「私自由に暮らしたいの。この国は嫌い。私を連れ出して。」


 メイファンはドレスを脱ぎ、下着姿になって松田に抱きついた。抑えられない衝動を感じ松田はメイファンの顔を引き寄せた。


 突然、けたたましい防災ベルの音が部屋に鳴り響いた。館内放送からは火災発生、速やかに係員の誘導に従って避難してください。という放送が何カ国語で放送された。

 松田とメイファンは急いで服を着た。彼女の方を見るとそわそわしているように見えた。怯えているのかと思い。大丈夫だからと声をかけ、手を取りホテルの部屋から出ると、宿泊客が混乱し、係りが必死に誘導経路へと案内していた。

 

 「先生、こちらです。」

 

 白人のボーイが松田に話しかけた。

 

 「要人用の避難ルートがありますので、私についてきてください。」


 ありがとうと言い、松田はとにかく怯えているメイファンをどうにかしたいと思い、普段されるのが嫌いな特別扱いを受け入れた。


 ボーイに案内された廊下の扉の中に入った瞬間、松田の視界が途切れた。何袋のようなものを被されたみたいだ。腕も掴まれ何かで拘束されているようだ。必死で抵抗するが何人かに押さえつけられている。メイファン!と叫ぼうとしたが、腹を殴られ、息がとまり声が出せない。ずるずると引きずられ、どこか部屋の中に入れられたのはわかった。腕は何かに縛り付けてあるようだ。動かせない。何が起こっているかわからないと、意外と何も感じなかった。防犯ベルの音がいつの間にか止んでいた。


「外せ。」


という声が聞こえ頭に被らされた袋が外されると、照らされる強烈なライトに目が眩んだ。スーツを着た男がライトが置かれているデスクの上に座り白人のボーイの男と何か会話をし、ボーイは出て行った。横を見るとメイファンが同じように拘束されていた。

 ライトが消され、男をよく見ると山本だった。恥と怒りが混ざったような感情に襲われ、貴様、何の権利があって!と叫んだが、山本は一向にこちらを見向きもしない。

 山本はメイファンの目の前まで歩み寄り、しゃがむと、顔を近づけた。


 「データ。」


 ひどく無機質な声だった。メイファンが顔をそらすと顎を手で掴み、ひどく無表情のまま、データ。と言う。メイファンが睨みつけると、山本は表情も変えずにメイファンの髪を荒々しく掴み、拳で顔面を殴りつけた。唇が裂け、鮮血がほとばしる。


 「データはどこだ。」


 あまりのことにあっけにとられていた松田だったが、なんとか拘束を取ろうと暴れた。メイファンを助けなければ。恐ろしいほどの冷酷な目で山本が松田を見つめた。


 「松田先生、今日のあなたが被るはずだった損失はどれくらいのものかわかりますか?」


 「どういうことだ、お前は何者だ?」


 「この女はね、中国共産党のスパイです。先生はハニートラップに引っかかりかけたのですよ。これだけいい女だったらしょうがないかもしれませんが。」


 そんなことはない。と言いかけたが山本が遮った。メイファンを見ると嗚咽は聞こえなかったが目からは涙が溢れていた。


 「この女はね、昨日は英国の高官と寝て、今日は先生ってわけです。そしてね、彼女も知らないと思いますが先生との情事の後殺される予定でした。」


 メイファンが凍りついた目で山本を見る。


「独身の先生にスキャンダルは弱いですからね。遺体には先生の体液。中国当局に拘束されて釈放される自信はありますか?先生はね、非常に都合がいいんです。国際的な知名度があって、誰に会いに行っても怪しまれない。スパイとしては最上級ですね。我々の国にとっては最悪のシナリオですが。」


 相変わらず山本は表情が変わらない。もしその話が本当ならと想像したら松田は血の気が引くのを感じた。 


 「英国のね、高官のフィルムをね。取り戻さないといけないんですよ。バカな女だ。なんで昨日みたいに偽名を使わなかった。共産党の犬が愛情でも覚えたか?」


 メイファンは恐ろしい顔で山本を睨みつけ、松田の方を見た。


 「先生のファンっていうのは本当なの。だから嬉しかった。でも協力しなければ、親を殺すって脅されてて。私どうしようもできなくて。」


 怒りという感情がここまで高ぶったのは初めてだった。しかし何もできない。これほどまでに激情にかられることがあるのだろうか、俺は今いったいどんな表情をしているのだろうか。

 

 「残念ながら、メイファンさん。あなたの両親はすでに殺害されています。あなたも作戦が失敗とわかったら処理されるでしょう。処理されるまであなたがどういう扱いを受けるかは分かりますね。すでに経験されているはずです。」


 メイファンの表情が曇る。彼女はおそらく多人数にレイプされたのだろう。


 「我々に協力いただけませんか?フィルムのありかを教えてください。我々は取り返さないといけないんです。調査報告によるとあなたはまだ当局と接触してないはずだ。あなたの家もしらみ潰しに探したが発見できなかった。我々ならあなたを助けることができる。」


 すがりつくような目で山本を見ると静かに口を開く。


 「大学の友達のロッカールームにあります。お願い助けて。なんでもするから。」


 「場所と番号は?」


 メイファンが番号を告げると、山本はどこかに電話をかけ、場所を伝えると電話を切った。メイファンが不安そうな顔で山本を見る。ここは中国なのだ。電話も盗聴されている可能性がある。


 「安全な電話なので大丈夫です。見つかれば、英国は救われる。」


 メイファンが安心仕切った顔をした。しかし救うために考えられないほどの犠牲を払った両親は殺されていた。こんなことがあっていいものだろうかと松田は思った。


 「山本。お前はイギリスの諜報員なのか?」


  不思議そうに松田が問いかけると、山本が忘れていたというような表情で答えた。


 「今回は 6と共同作戦です。だから派手にやらせていただきました。申し遅れました。私は内閣情報調査室の佐藤と申します。」


 「お飾り部署じゃないのか?新聞のスクラップ集め集団だっていう話を聞いたことがあるぞ。」


 内閣情報調査室。戦後日本にも情報機関設立をという構想を得て、立ち上がった組織だったが、日本の縦割り行政に合わず、お荷物機関だという話を聞いた事がある。


 「そう、思っていただいていた方が何かと都合がいいもので。」


 電話がなり、佐藤が出る。短い会話の後少し安堵した表情になった。


 「メイファンさん。あったようです。ご協力ありがとうございました。ひどいことをしましたがこれも仕事なのでお許しください。あなたを当局にて保護させていただきます。ただ、普通の大学生だったあなたにこんなことを言うのも酷ですが、今後あなたは元の生活にも戻れないし、名前も変えないといけない。違う人生を歩んでいただかないといけない。それはご了承いただけますか?」


 メイファンが驚いた顔で佐藤を見る。松田も驚いた。娼婦をさせられていたのか。


 「命の保証。これが我々ができる精一杯です。日本かイギリス、どちらかの国を選ぶことはできますが。」


 「私、先生がいる日本がいい。日本にしてください。」


 佐藤が松田とメイファンを交互に見て、ため息をつく。


 「残念ながら、先生と接触することは許可できません。日本にも中国のスパイはいます。あなたは完全に新しい人生を生きていただかなければなりません。ただ、今日だけは特別に許可しましょう。」


 佐藤は部屋の外に出て、係員を呼ぶとメイファンの拘束を解き、ハンカチを差し出し、本当に申し訳ありません。と謝った。係員に抱えられるようにしてメイファンは外に連れ出された。


 「大丈夫なのか?」


 不安げに松田が聞く。


 「セキュリティということですか? それならば問題ありません。我々が選んだ英国資本のホテルですから。何かとわがままがききます。」


 「まさか火事も? あれは嘘か? 」


 「いいタイミングだったでしょう。火はつけましたよ。すぐ消しましたけど。」


 何が嘘で何が本当なのかわからなくなっている。この男も嘘ではないのか?


 「一体いつから俺は監視されていたんだ。」


 「共産党のスパイの作家先生が先生をあの店に連れて行ってからです。それまでも先生の買春は問題視されていましたが。ちなみにあの女店主もグルです。」


 「こんな、こんな世界があったのか。」


 佐藤は少し恥ずかしそうに咳払いをしながら


 「現実世界へようこそ。松田先生。少し恥ずかしいですが、恩師の言葉なんです。さて、先生。私が身分を明かした理由ですが、我々は先生をアセッド(協力者)として雇いたいと考えてます。先生に拒否権はありませんがね。」


 こんなに感情が揺さぶられたことは初めてだった。目の前の何でもない光景が極彩飾を帯びたようだ。妻が死んだ時も、借金の額を聞いた時もどこか他人事だった。作家はどこか冷めていないといけないと思っていた。しかし、これだけの情熱、絶望、熱気があるだろうか、今日のデモを思い出した。彼らはこれと戦っていたのか。急に彼らの現実が身近に感じた。自由、平和がなければ、それは戦って勝ち取りらないといけないのだ。メイファンも、そして目の前の男佐藤も。見たいと思った。この物語の中に身を投じたいと思った。


 「まあ、1日考えてください。私も6への報告がありますので失礼させていただきます。」


 そしてまた、いやらしいくらい颯爽と部屋から出て行った。


 部屋に戻るとメイファンが泣いていた。思わずかけ寄り抱きしめた。


 「すまなかった。つらい思いをさせてしまった。」


 「先生ごめんなさい。ごめんなさい。私本当に好きだったの先生のことが。ずっと一人で、先生の本だけが私に寄り添ってくれてたの。なのにこんなひどいこと。お父さんもお母さんも。」


 こんな目にあっても人に気遣える娘に、この国は何をした。怒りで体が震えた。


 「ねえ。先生抱いて。一晩でもいいから孤独を忘れさせて。こんな汚れた体は嫌だ?」


二人の影が重なり、甘く、切ない夜は過ぎていった。

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