仕事とプライベートは分けてます!ー鉱物達と行く異世界旅行ー

リフ

第一話 不審者

「はぁ、疲れた」

 八皇龍也はため息を吐いた。

 何の変哲もないオフィスの一室。

「……はぁ」

 無機質な空間での作業に一区切りをつけた八皇はもう一度ため息を吐くと窓を見た。

 大きな窓から見える小さな空だけが唯一の癒しである職場は、平社員が残業を行い管理職は早々に帰るというブラック企業だった。

 窓から見える空は既に暗い色を落として久しい。

(管理者なら最後まで社員を管理してから帰れよ……)

 愚痴りたくもなるが、言えば良くてお小言、下手をすれば首が飛ぶため口を噤むしかない。

「さ、帰るか」

 上司に押しつけられた仕事に区切りをつけた八皇は、誰もいなくなったオフィスを後にした。


「ただいまーっと」

 ――ギイイィッ。

 扉を開けると立て付けが悪いのか軋む音がする。

安アパートに帰宅した男に返された言葉はそれだけだった。

 いつか一目惚れした相手から猛アタックを受けないだろうかと考えつつ明かりをつける。


 照らし出されたそこはシンプルな六畳一間の和室だった。部屋には卓袱台や箪笥やテレビといった必要最低限の物しか置かれていない。

 八皇は所々塗装の剥げた卓袱台にコンビニ弁当を置くとテレビをつける。

 世の中のどうでも良いニュースが目と耳に飛び込んできた。

 それを横目に弁当を食べ始める。

「世は全てこともなしっと」


 すぐに弁当を食べ終えた八皇は、そのままシャワーを浴びに浴室へと向かう。

「やっぱり身は清めないとな」

 そう呟きつつ身体の隅々まで洗う。若々しい肌は水を弾き、鍛え上げられた筋肉に沿って流れ落ちていく。

 その立ち姿は遅くまで残業をする人間にしては雄々しすぎた。


 シャワーを浴び終えた八皇は部屋に戻ると、隅に置いてある大きなバッグに手を伸ばす。

「格好も大事だね」

 一言呟き中に入っている装備を身につけていく。

 動きやすさを重視した白シャツと黒のパンツ。その上から防刃ベストを着込み肘と膝にはプロテクターを装着、腰にはグルカナイフを差す。

 完成したのはバリバリの不審者だった。外に出たら見た目にも法律にも一発でアウトである。

 そんな『危ない人』の八皇自身は満足げに頷くと、トドメとばかりに部屋の隅に掛けてあるローブを身につけた。

 

純白のさらさらした布地に金糸で精緻な紋様が描かれているそれは一目で高級品と分かるもので、薄給のサラリーマンにはとても手が出せるようなものではない。

 そんな高級品をシャツの上から羽織ると、飾り棚に置かれているもう一つの装備品に目を向ける。


 視線の先には美しいブレスレットがあった。

 蒼や碧、無色透明な中に黄金の輝きを宿すものなど様々な鉱物で出来ているそれは、幸運のお守りであると共に移動には欠かせない物だ。

 八皇はそれを身に着けるとブレスレットを撫でる。

「今日も頼むよ」

 そう呟いた瞬間。

 ――ヒィィィィィンッ。

 甲高い音と共に八皇は姿を消した。

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