理想と現実 6

 ゴーレムが現れた。

 最初にその報が入ったのは、アーサーのいる場所からだった。彼はセインやアイラとともに迷路を進んでいて、輝やナギのいる広場に合流する途中だった。

 アーサーや、他の戦闘要員へのアースの指示は、こうだった。

「ゴーレムは瞬間移動ができるように改造されている。ワープ能力は俺が封じてシリン封じの外殻は壊す。問題はコアだ。こればかりは例の三つの武器でしか壊せない。アーサーや町子、輝は外殻が破壊でき次第コアの破壊に向かってくれ」

 ゴーレムのコア。

 それはいったいどのようなものなのだろう。丸い球体のようなものを皆想像したが、球体ならば攻撃が当てにくい。くるくる回って武器の攻撃力を削いでしまうからだ。

「伯父さんも、無茶言うよ」

 町子は、冷や汗をかいた。目の前には巨大なゴーレムがいる。町子と一緒にいるのはクチャナとなつ、エル、シリウスとティーナだった。

「外殻が壊れるまでは、逃げ回らなきゃいけないってことですね」

 他の場所で待機していたルフィナは、一緒にいるソラートとカリーヌ、そしてモリモトやミシェル先生に目配せをした。二人ともゴーレムを見上げてから、ため息をつく。

「私たちはそう足が速くはありません。どこからコアがむき出しになるか」

 ミシェル先生がそういって、ゴーレムの攻撃の第一波を避けた。赤いビームが頭部から発射されて各人を狙っている。

 他の場所でもそうだった。ただ、マルスとメティスのいる場所、そして、ナリアのいる場所は防御が効いていた。佳樹とアイリーンのいるマルス・メティスコンビの場所では、メティスがビームを無効化して、足の速いマルスがゴーレムを翻弄していた。ナリアのいる場所には瞳とセベル、そしてイーグニスがともに戦っていた。渡航者であるドロシーとワマンは船内待機をしていた。アースと一緒に要塞内に入っているのは爆発薔薇のローズとフォーラ、そして、金色の瞳のスタンリーだった。

 アースは、まず初めにゴーレムの渡航能力を奪うために意識を環の中に集中した。そして、ゴーレムのビーム攻撃に翻弄されているメンバーを確認した。

「どこからビームが来るか分からない!」

 町子が、ビームを何とかよけながら、叫んだ。この声はアースに届いているだろうか。今回の作戦は迷宮の攻略が簡単だった一方、ゴーレムを確実に倒さなければならないといった厳しい一面があった。もしかして、迷宮の攻略を簡単にさせたのは、ゴーレムを倒す余力を残させるためだったのか。アースはそこまで考えていたのだろうか。

 逃げ足は、確かにミシェル先生は遅かった。ここ一番の攻撃時は早いのに、逃げ足だけは遅い。何度もビームによって転がされては床を這ったり転がったりして避けていた。

 そして、ゴーレムに圧されるように、全てのメンバーが輝のいる広場に集められ、事実上すべての戦闘要員がゴーレムに囲まれる形となった。

 そして、その時、皆を見下ろす部屋の階段の上で、一人の女が靴音を立てて降りてきた。口元に笑いを浮かべるその女の髪は長い黒髪で、瞳の色も黒かった。

「はじめまして、私がヴァルトルート。月の箱舟の事実上の支配者」

 ヴァルトルートはうすら笑いを浮かべながら、ゴーレムに圧される人間たちを見下ろした。

「私のゴーレムにあなたたちも形無しね。ここはどう打開するのかしら?」

 その時だった。

 一つの矢が、ヴァルトルートのもとに放たれた。その矢は彼女の右腕の服の裾を破り、壁に突き刺さった。

「何者!」

 ヴァルトルートが矢を放った先を見ると、そこには朝美がいた。

「二発目は、その心臓をいただくよ」

 朝美は少し怒りのこもった調子で、言い放った。矢をつがえ、弓を引き絞る。しかし、その手は他の手によって下げられ、朝美は一歩引いた。

「町子の伯父さん」

 朝美はびっくりとして、アースにその場所を譲った。追い詰められたメンバーの中にいるものだと思っていた。証拠に、フォーラやスタンリーもその中にいたのだから。

 アースは、朝美の前に出ると、ヴァルトルートを見据えて、右手を開いて差し出した。そして、それをぎゅっと握ると、途端にすべてのゴーレムの外殻が一瞬にして吹き飛んででしまった。

 ヴァルトルートは、それに少し焦ったが、まだ勝機はあるとみて、焦りながらも笑いを止めなかった。

 コアが、露出したからだ。

「コアを露出させれば、いままで外殻によって抑制されていた力が存分に出せるのよ。誤算だったわね、地球のシリン!」

 そう言って、女は高笑いをした。しかし、ゴーレムにはすでにワープ能力はなく、ビームの道筋を立てやすくなっていた皆は、それぞれ逃げ回りながらコアへの攻撃方法を練っていた。

「どうしたのゴーレム! 雑魚の一人もやっつけられないの?」

 騒ぐ女に、ナリアがため息をついた。

「小うるさい女ですこと。少し黙っていてくださらない?」

 そう言って、右手をかざした。すると、ヴァルトルートは声を失い、何を言っても声にならなくなってしまった。皆は真剣にゴーレムと戦っている。そんな中、アイラが、つんのめって転び、ゴーレムのビームの的になってしまった。それをセインの槍がはじき返したが、見事にその槍は折れてしまい、使い物にならなくなってしまった。

 それを見ていたアースが、インカムに何かを呟いた。

「ヴァルトルート」

 アースが、女の名前を呼ぶ。女は、何も言えないままアースを睨み返した。すると、アースがゴーレムのうち一体を指さした。コアは円く、青い色をしていて、その周りを白いキューブに囲まれていた。そのキューブは硬く、何度攻撃しても壊れることはなかった。しかし、そのキューブにひびが入ったのだ。

「この世に、壊れないものなど、ない。たとえすぐに壊れなくても、時が壊していくだろう」

 アースがそう言うと同時に、全てのキューブが音を立てて崩れていった。アイラのナイフが、ミシェル先生の剣が、アイリーンのナイフが、スタンリーの鞭が、そして、美沙の礫が。それぞれがキューブを壊し、輝たちにコアへの攻撃のチャンスを与えていた。

「皆をここに集めたのが運の尽きだ」

 アースはそう言って、階段を飛び降りて皆のもとへ向かった。ゴーレムが一体、こちらに向かってくる。そのコアに強烈なパンチを一発、食らわせると、その拳をコアの中に食い込ませて、破裂させた。そして、中にある手のひらほどの大きさのチップを取り出すと、それを握りつぶして破壊した。それを感じたもう一体がこちらにやってくる。それを見たアースは、輝や町子のほうに視線を移した。

「これは俺がやる! 輝たちは他の三体を!」

 その言葉に、三人は頷いた。

 そして、三人はそれぞれの武器を構えて、アースのほうに意識を向けるコアに向かっていった。

 アーサーはエクスカリバーを、町子は蛇矛を、そして、輝はムラサメを。

 アーサーは勢い良く地面を蹴ると、エクスカリバーをコアめがけて振り下ろした。その衝撃でコアは割れて、謎の液体を地面にほとばしらせた。チップが地面に落ちたので、そこに剣を突き立てて破壊した。

 町子は矛を構えて、声を上げながらコアに向かって突進していった。コアはこちらに意識を向けていない。よける気配がないコアに、町子の矛は深く刺さり、強烈な破裂音とともに爆発させた。コアから落ちたチップを矛の柄で潰すと、チップは黒い煙を立てて壊れていった。

 輝は、鞘から刀を抜刀すると、地面を蹴って素早くコアに近づき、輝に意識を向けだしたコアを一瞬にして切り裂いた。痛みに声を上げるように、ものすごい音を発しているコアに、輝はとどめを刺した。刀を丸い体に突き刺すと、中央にあるチップもろとも破壊した。黒い煙を発したチップが刀に刺さり、輝がその刀をチップから抜いて振ると、刀から水がほとばしった。音は、止まっていた。

 五体のゴーレムは、沈黙した。

 すると、声を取り戻したヴァルトルートが声を高らかに笑い、膝を落とした。

「あんたは」

 輝は、肩で息をしながらその女を見据えた。アースがこちらへやってくる。輝は、あの女に聞きたいことが沢山あった。しかし、それを一つずつ聞いていたら埒が明かない。だから、ひとつだけ質問をすることにした。

「ヴァルトルート、あんたはいったい何がしたかったんだ?」

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