海 8
ナギとケンが行方不明になった。
その情報はすぐに屋敷中を駆け巡った。ナギの場所はすぐに特定できた。ナギはいまだにアースとつながりがある。彼の感知能力で、ナギが月の箱舟の本部である飛空要塞にいることまで突き止めた。しかし、ケンが分からない。ケンはシリンではない。アースには分かりそうだったが、なぜが隠されていて分からなかった。
そんな折、屋敷に誰かが訪れた。皆が休んでいる休日の昼下がりのことだった。屋敷のドアをゆっくりとノックする音が聞こえたので、管理人のカリーヌとマルスが扉を開けた。
すると、そこには例の人工シリンであるクロードが立っていた。
彼は、自分のことと名前を名乗ると、輝と町子、そしてアースとソラートを呼んでほしいと言った。
「ソラートには、謝らなければならないことがある」
クロードは、そう言うと、ロビーに案内されて、朝美のお茶の接待を受けた。
「あんたらの仲間に、ケンっているだろう。たぶん今、行方不明になっているはずだ」
話を切り出した途端、そう話すクロードに、皆はびっくりしてクロードに聞き返した。
「どうしてあんたがそんなことを知っているんだ?」
輝の問いに、クロードは少し目を伏せた。
「俺のいた組織がやったことだ。本部組織であるヴァルトルートの勢力と、俺たちの所属するラヴロフの勢力はもともと対立していた。だが今になって共同戦線を張ると来た。だが、ラヴロフにその意思はない。だから、俺が代表としてここに来た」
「それで、ケンさんの居場所は?」
町子が尋ねると、クロードは膝の上で拳を握った。
「悔しいが、持っていかれた。俺たち三人が独自で動いて助けたんだが、ラヴロフの奴が連れて行ってしまった。いまのあいつは何を考えているのか分からない。俺たち三人はそれが嫌であいつと決別した。もう居場所がなくなってしまって、ここに来たんだ」
「人工シリンが、自らの意思で動くと?」
ソラートはいまだにクロードを警戒していた。一度彼に右手を砕かれている。アースの治癒で事なきを得たが、だからこそ信じられなかった。
「逃げてきたのはいいけど、もうこのお屋敷には誰も入れないよ。どうするの?」
町子も信じてはいなかったので、屋敷にあと一つだけ、空きがあることを知らせなかった。しかし、クロードはそれでも構わないと言った。
「我々はすでにこの近くに居住地を確保しています。ただの人工シリンではありませんから。その辺は少し弄らせてもらいました。このことは、アースもご存じのはず」
クロードの言葉に、何かをずっと考えていたアースのほうを、皆が見る。アースはそれに戸惑って、少し焦りだした。
「なんだよいきなり。俺が何をしたって言うんだ」
「話、聞かないで何を考えていたの、伯父さん?」
町子が詰め寄る。するとアースはそれをなだめながら、皆に説明をした。
「クロードはもう安全だというのは来る前から分かっていた。だから因果律への干渉を許したんだが、もう一つな」
「もう一つ?」
輝がいぶかし気に聞いてきたので、アースはため息をついて、輝を見た。
「輝にも、武器が必要かもしれない」
「武器が?」
アースは、頷いた。
「環に干渉できて、ゴーレムに対抗できる武器だ」
「でもそれは、風の刻印の所持者でなければできないんじゃ?」
輝は、そこまで問いかけてハッとした。風の刻印、それは歴史の傍観者を生み出す力を持った者。クチャナがクエナを、セインがイーグニスをそれに指定したように、アースも同じ能力が使えるとしたら? そもそも地球上で地球のシリンにできないことはないのだから、風の刻印の所持者の能力も使えるのではないか。
「地球のシリンの持つ風の刻印は、見る者と戻す者を生む」
ソラートが説明を始めた。彼はシリンについていろいろなことを知っている。クリスフォード博士のようだ。
「だから、君たちにもそもそも媒体はあるのだよ。君たち自身がシリンに近くなっているのはそのせいだ。だから、アースは二つ、武器を作ることができる。そう、伝説の武器をね」
ソラートはそう言って笑った。
その言葉を、アースが継ぐ、
「輝、お前にちょうどいい武器が見つかったんだ。ムラサメという刀。聞いたことがあるだろう」
輝は、その言葉に驚いてその場から立ち上がった。
「刀」
一言、そう言うと呆然と立ち尽くして、アースのほうだけを見た。もはやクロードのことは頭からかき消えてしまっている。
しかしそこで輝は正気に返った。刀。そう、刀だ。
「おじさん、俺、刀を扱ったこと、ありませんよ」
すると、アースは笑った。輝の考えていることを見透かしている。そんな表情だった。
「お前の身体能力はかなり高くなっている。そこで刀のトレーニングを始めたところで時間はかかるまい」
「でも俺にそんな、いいんですか?」
「必要だから言っている」
アースはいまだに笑っている。そして、皆を見渡した。クロードはなんとなく話が見えてきていたし、ソラートと町子はもとより賛成していた。あとは、輝自身がどう感じるか、だった。
「輝が刀を持ってくれたら、もっと強くなってくれたら、私は守られっぱなしかも」
町子がウインクをしてそう言うものだから、輝は照れてしまった。どう返したらいいのか分からない。ただ、今まで体術を学んできた以上、それを極めたいとも思っていた。その裏で、体術以外にも学べることがあれば学んでいきたい、そう言った考えも出てきてはいた。
輝は、いつの間にか芳江が出してくれたお茶を一気に飲み干していた。少しせき込んで、照れ隠しをした。
「ムラサメ、南総里見八犬伝でしたよね、確か。町子の矛の水滸伝を手本に作られたあの作品なら、町子とのつながりもないわけじゃない。それに、刀ってなんだか、カッコいいな」
「カタナは、私もカッコいいと思う」
ひとつ、咳払いをして、ソラートが顔を赤らめた。ソラートは日本の文化が好きだ。特に刀剣や骨とう品といった芸術分野での好みは人一倍だ。
その時、他の咳払いが聞こえたので、皆はそちらを見てハッとした。
いままで、クロードのことを忘れていた。咳払いをしたのはクロードで、周りの皆は彼に対して申し訳ない気持ちを禁じえなかった。アース以外は。
「とりあえず、クロードさんの言う通りなら、そろそろこの辺が攻め入り時かもしれないってことね」
町子が気を取り直して、お茶をすする。ソラートはみんなを見渡してひとつ、息をした。
「輝の刀のトレーニングと、メルヴィンの鍛冶屋としての完成を待って、すぐにでもかかろう。ケンとナギ先生がどう動いてくるか、分からない。それに、戦艦の強化も必要だ。アントニオとマルスに頼んで、なるべく強固で攻撃力も高めたものを作らなければならない。今度はこちらから攻勢をかけることにしないと、犠牲が出てからでは遅いからな」
「いよいよ準備が始まるってことか」
輝は、拳を握ってそれを見た。自分の身体能力を考えると、まだ皆の足手まといになりかねない。それを考えると刀の存在は大きかった。
輝は主にアースから様々な国の体術を学んでいたが、主たるものは中国の拳法だった。他より圧倒的に素早く、相手をなるべく殺すことがない。そう言ったものが輝の理想だったからだ。
だが、刀は、町子の矛やアーサーの剣よりはるかに殺傷力が高い。アーサーの剣は叩き割るタイプだ。町子のものは当たればエグイ武器だが、命中率が低い。その分、トレーニングすれば確実に傷つけることができる刀は危険なものだった。
輝は少し考えた。アースはどうして自分に刀を託すのだろうか。
もしかして、輝が刀を使わないことを前提に託すのではないだろうか。
そう思ってアースを見ると、彼は大丈夫だ、といった表情で返してくれた。たぶん、輝の考えていることに間違いはないのだろう。
輝は、アースから視線を戻してクロードを見た。全員の視線を受けて、クロードは少し焦った。咳払いをしたとはいえ、ほぼ一斉に皆の話題がそちらに移ったからだ。
「と、とりあえず、俺たち三人はこの屋敷の近くにある小屋に住んでいる。少しずつ生活用品を揃えてちゃんと住めるようにする予定だ。たまには遊びに来てくれよ。男三人だけだと寂しいんだ」
そう言ってクロードは席を立ち、この場を立ち去るためにロビーのドアを開けた。すると、町子が呼び留めたので、クロードはいったん、立ち止まった。
「遊びに行くよ。だから、おいしいお茶、用意しておいてね」
町子のその言葉に、クロードは少しだけ笑って、去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます