大地への伝言 9
輝の状態が安定してくると、皆は、アースに休むように言った。
アースは、まだ油断できないからと言って、それを拒んだが、周りの人間はそれでも休めと言って聞かなかった。
「先生は俺たちが信じられないんですか?」
アースが輝の包帯を替えていると、エルがそれを代わろうとして来た。アースの前に入り込んで、包帯を手に取る。
「このくらいのこと、他の奴にやらせればいいんですよ。このままじゃ、俺も親父も、ナギ先生だってうまく育たない」
エルの言いように、アースはいったん退いた。しかし次は点滴を取り出して、もうすぐ終わりそうな今のものと取り換えようとした。すると今度はその点滴の袋を、モリモトが取り上げた。
「休んでください、陛下。いざというときにあなたがいないと困るのは私たちです」
アースは、陛下、と呼ばれて頭を抱えた。この地球では国王でも何でもないのに。
「モリモト、その、陛下ってのはやめてくれ」
「お休みになられるようでしたら、やめます」
モリモトは、点滴の袋を替えながら、胸を張った。今のは効いただろう。そう思った。アースはついに疲れたような顔をして椅子に座り、退屈そうにあくびをした。
「ほら、眠い」
ドアのあたりから、声がかかった。メリッサだった。
「無理はいけません。お休みになって下さい。ここには私と姉の薬もありますから」
アースが不満そうにしていると、今度は、ベッドの上から声がかかった。
「おじさん」
輝だった。彼は痛み止めのおかげで少し元気が出てきていた。戻す者の力のおかげか、傷の治りも早いようだ。
輝が目を覚ましたので、アースは立ち上がって輝の様子を見に行こうとした。すると、輝は笑ってそれを止めた。輝の左手が上がり、手のひらをアースに向ける。
「俺は大丈夫ですから。おじさんが倒れたら、俺、自分を責めますよ」
そう言われて、アースは返す言葉もなくなってしまった。仕方なく退くと、外にいたカリーヌたちに背中を押されて自室に戻っていった。
「さて」
残された人間たちは、これから輝の傷や熱とどうやって付き合って行ったらいいのか、考えることにした。
「まず、チビたちのもとにいるナギ先生を呼び戻して、そのチビたちもどうにかしなきゃならないな」
カリムが前に出て、音頭を取り始めた。そこで、クローディアが提案をしてきた。彼女はもう車いすから降りて、普通に歩けるようになっていた。
「管理人のマルスさんにお願いしたら? 最近ずっと町でナンパばかりしていて、暇なんじゃないかって思うわ。人材は有効活用していったほうがいいわ。この屋敷の管理人でもあるし」
その意見には皆が同意した。マルスだけが不満そうな顔をしている。当然、この屋敷には美人が多いのにナンパもできない。そのストレスが溜まっていたからだ。
「仕方ない。僕がナギと交代するよ。でも、この件がどうにかなったら、この中で誰か一人、僕とのデートに付き合ってもらうよ。既婚者や、恋人がいる人も含めてね」
マルスは滅茶苦茶な条件を突き出してきた。その場にいた女性の多くが苦い顔をしたが、それでもナギには代えられないと思い、承諾した。
「マルス、相変わらずえげつないな、お前」
シリウスがマルスの背を押して、部屋から出した。いつの間にいたのかは分からないが、アースのいるところにはだいたいマルスとシリウスはいる。帰還組である二人は常に彼のことを気にしていたからだ。
マルスが行ってしまうと、輝の看護をどうするかでみんな悩み始めた。ナギが来るまでは動かないほうがいいだろう。軽い作業は今までここにいたエルとモリモトが担当していた。しかし、輝の様子を見てどうしたらいいのか判断したり、どんな治療をしたらいいのかまでは分からない。
「輝、喉が渇かない?」
皆が悩む中、メリッサが水道のそばに行ってコップに水を汲んだ。輝が一言、乾いたというと、メリッサはその水を持っていって、エルとモリモトに、輝を起こすように頼んだ。
「輝はまだ一人では起きられないわ。いくら回復が早いって言っても、この傷では一週間はダメよ。だから、私たちが協力しなきゃ、そうでしょ」
メリッサは状況が良く見えていた。彼女は最近、どんどん強くなってきた。あの、泣き虫で弱気だった頃が嘘のようだ。
メリッサの一声を皮切りにして、皆は自分たちのできることを探して、少しずつ動いていった。輝は、そんな皆を見て、胸がいっぱいになった。輝も町子も、決して一人では生きてゆけない。そのことを実感するひと時だった。
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