第19話 大地への伝言
十九、大地への伝言
アースが、イクシリアとともにロンドンから帰ってきたのは、夜になってからだった。皆で夕食をしているところに帰ってきたものだから、皆、シリウスを含めた三人が夕食を終えているのか心配していた。
早めの夕食を、ロンドン市街で済ませてきたという三人は、そのまま部屋にこもってしまった。そのうち、何かを察したのか、ナギだけが食事を早々と終わらせてアースの入っていった部屋をノックして入っていった。
部屋の中では、ナギを含めて四人が、話し合いを始めていた。
「ラウラは幼いころから覚醒していて、物をすり抜ける能力を持っていた。だから今回の犯行は可能だった。町子と輝の件は、ラヴロフって男が作ったシリンが、何らかの方法で二人の感情に関与したってところか。それも、因果律に関与するとアースにバレるから、他の方法で」
シリウスは、今回の件をまとめながら、真剣な顔をして皆を見渡した。アースが、先程から何も言わずに考えこんでいる。それも気になった。
「浩然の動きがないな。ラウラは動いたのに」
ナギが、そう言ってふとイクシリアの持っている砂を見た。まだきれいな青色をしている。これが変色すると、イクシリアが攻撃されていることになる。
「ヴァルトルートとラヴロフ、どちらも動くのでしょうか。わたくしたちはどちらを相手どればいいのですか?」
イクシリアが不安を口にすると、ナギは、右手を半分ほど上げて、答えた。
「両方同時に、だろうな」
ナギの言いようは、ストレートすぎて皆の不安をより煽った。先の空中要塞の戦闘で負けて帰ってきた以上、現状の戦力で二つの組織を同時に相手するのは、ほぼ不可能に近かった。誰もが不安になるところだ。
「きついな、それは」
もうお手上げだ、そう言った態度をシリウスが取った。イクシリアとナギは黙ったまま、シリウスの態度には触れずにアースが何か言ってこないか、じっと待った。
しかし、彼は何も言わなかった。
壁に寄り掛かって、窓から見える外の様子をじっと見ているだけで、イクシリア達の出した問題への答えは何一つくれなかった。
そこで、しびれを切らしたシリウスが、アースのほうへ歩いていった。部屋は広い。その部屋の真中と端では、少し距離があった。
「アース、何か考えがあるんだろ?」
シリウスが、アースの正面に立った。すると、アースはシリウスに視線を移し、不安になっている皆に少し、笑いかけた。
「こちらの手の内は読ませない」
アースが、何を考えているのか、誰にもわからなかった。原因は、そこだった。
シリウスは、ほっとしたようにアースから離れていった。テーブルの上にイクシリアが用意したお茶があったので、それを口にしてため息をつく。ナギが、もう一つの湯飲みにお茶を注ぐ。
「これからは、作戦会議もできないな。こちらが手の内を決して見せないということは、その分盲目にもなるということだ。あちらの意図や手口も見えない」
ナギは、アースが言えないことをズバリと言った。シリウスはその様子を見て、ナギとアースを見比べた。
「さすがだな。なんというか、お前らはブレない」
シリウスの言葉に、ナギは少し困ったような顔をした。
しばらくそのまま待っていると、扉を三回ノックする音が聞こえてきたので、ナギが開けた。すると、そこには輝がいた。
輝は、ずいぶんと落ち込んでいた。ナギに促されるように部屋の中に入ると、椅子に座って、お茶を受け取る。
「操られていたとはいえ、俺は町子に酷いことを」
輝は、うなだれていた。シリウスがその背を叩いて、目線を輝に合わせるように床に膝をついた。
「それは町子も同じ気持ちのはずだ。心配するな。相手はいずれお前たちからターゲットを変えなければならなくなる。そう長くは続かないさ。喧嘩したくてしたわけじゃないんだろ?」
「それはそうですけど、でも、言葉として出た以上、俺は町子にたいしてああいう気持ちを持っていたんじゃないかって」
輝は、泣きそうな声でそう言った。かなり心が弱っている。そう感じたナギがアースを見ると、彼は寄りかかっていた壁から離れて、輝のほうへ歩いてきた。
「輝」
アースに名を呼ばれ、輝はハッとした。
アースが今、自分を呼んだ。
それが今の輝にとって、何よりも心強かった。町子にも、アース以外にそんな存在はいるのだろうか。それが心配になったが、今の輝には自分自身をどうにかすることしか考えられなかった。
「相手は、お前たちが喧嘩をするのにちょうどいい材料を脳みそから引っ張り出して感情を刺激し合うように操った。結果、自分で自分を苛むように導いている。今のお前の状態も、ラヴロフの思うつぼだ」
アースは、そう言って輝の額に手を当てた。大丈夫、そう言った感情が輝の中に流れ込んでくる。アースの力が、悪いシリンの力をかき消していく。
「おじさん、町子にもこれを」
輝は、自分の心が軽くなっていくのを感じた。この力は、町子にも必要なのではないか。やはりアースでないとダメな部分はあるのではないか。そう思ったが、アースが微笑んで首を横に振ったので、輝は肩を落とした。
「町子にはケンがいるよ、輝」
アースの代わりに、ナギが笑いかけてくれた。そして、輝が手に持っていたお茶を飲むように促す。
「ケンは、あれで一流の精神科医だ。信じておいで」
ナギの笑顔にはアースと同じく、皆を安心させられる力があった。輝はそれに安心すると、手に持って湯飲みからお茶を飲み干した。
そして、今日の稽古は休みますと一言言って、部屋を後にした。
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