壊れた金細工 7


 鍛冶屋としてのメルヴィンの初めての仕事は、まず、例の金細工をただの金に戻す仕事だった。まだ即戦力にはならないメルヴィンは、金細工を元に戻して、それをまた加工しなおすことで練習を重ねるのだ。

 メルヴィンは、夢の力を借りずにどうやってそれをやったらいいのか、悩んでいた。鍛冶の道具はすでにフォーラとアースが揃えてくれていた。昔ながらのものもあったが、訳の分からない道具もたくさんあった。それは、蛇矛やエクスカリバーを磨くための物であり、他の武器にも応用が利く道具でもあった。

 メルヴィンは、アースに使い方を聞いて何日も練習を重ねた。その間に、状況はどんどん動いていった。人工シリンを大量に擁する、ラヴロフと対抗する月の箱舟の勢力が、動き始めたのだ。

 それは、時の砂に異変が現れたと報告してきたイクシリアの発言から発覚した。時の砂は本来青い色をしている。それがここ数日で緑に変わり、黄色く変色してしまっているというのだ。

「時の砂は、因果律の変化に敏感です。それがこのように激しく変わったということは、少なからず世界に何かが起こったということ。どこかで何かの事件が起きていたとしても不思議ではありません」

 イクシリアは、そう言って時の砂を差し出した。イクシリアのいる部屋には、彼女に呼ばれて、フォーラが来ていた。アースとセベルは出払っていた。

「そう言えば、最近各地でテロが多いって聞いたわ。どんなに警戒しても必ずテロは成功してしまう。あとは、警備や警戒の薄いところにばかりテロや殺人事件が起こるとか」

 フォーラは、今朝見た新聞の内容を思い出していた。

「でも、もしアニラの言っていたヴァルトルートっていうボスと、ラヴロフっていうもう一人のボスが対立しているのなら、戦争をなくすという理念のもとに動いているラヴロフがそれを止めるはずよね」

「もしかしたら、ラヴロフのシリンは未完成なのかもしれません」

 イクシリアは、自分の持ってきた黄色い砂を手に取って、窓の外を見た。そんなイクシリアを見ながら、フォーラは少し考えこんだ。

「だとしたら、ラヴロフのほうを先に叩いたほうが賢明なのかしら?」

 ひとつ、答えが出た。だが確信には至っていない。いま、地球上で何が起こっていて、どうすればいいのかを知っているのは、アースだけなのだから。

 彼が今ここにいない以上、安易に自分たちだけで動くのは危険なことだった。ただ、推測や予想は立てることができた。前回やその前のように、誰かが攫われたり危険な目に遭ったりした後では遅い。今度は殺されるかもしれない。それを考えると、こっちから打って出たほうが良いのは明白なのだ。

 フォーラとイクシリアは、二人でため息をつきながらその場にあった椅子に座った。お茶やお菓子は置いていない。それに、誰にも頼んでいなかった。

「ごめんなさいね、イクス。何もおもてなしができないうえ、一番ここにいなきゃならない人が留守で」

「いえ、構いませんわ」

 イクシリアは笑顔で返してくれた。古い付き合いなので、愛称で呼ばれることにも慣れていた。

「フォーラ、あなたとは久しぶりにお話でもしたいと思っていましたの」

「私と?」

「はい、フォーラ、あなたとです。本来必要な会話だけではなく、事務的な話題だけでもなく、一人の女として、人間として、お話したいことが沢山あって」

 すると、気の抜けていたフォーラは、急いで立ち上がって、部屋から出ていこうとした。

「フォーラ、どこへ?」

 イクシリアが訊ねてきたので、フォーラは笑って応えた。

「そういうお話なら、お茶が必要でしょ? ちょっと、もらってくるわ。待っていてね」

 そう言って、フォーラは出ていってしまった。

 イクシリアは、フォーラが行ってしまってからしばらく、ダメになってしまった自分の砂を眺めていた。この異変はどこからくるものなのだろう。その原因を早く知りたかった。するとその時、砂の入った瓶がひとつ、勢いよく割れて砂が床に飛び散った。なにがあったのだろう。急いで砂を箒でかき集めようとすると、その砂は赤く変色していた。

「ああ、なんてこと!」

 叫ぶと、後ろに妙な気配がして、イクシリアは動きを止めた。後ろから、すっと、刃渡りの長い包丁が出てきて、イクシリアの首に触れた。

「動かないこったね。声も上げないことだ」

 女の声だった。いつ、ここにもぐりこんだのだろう。この感触はどこかで感じたことがある。どこだったか。

「あなたは誰? なんのつもりかしら?」

 静かな声で返すと、女はイクシリアの片腕を後ろに回し、ひねりあげた。

「おとなしくあたしについてくれば良し、抵抗すると殺すよ」

 ああ、この女は月の箱舟の仲間なのだろう。イクシリアを攫うつもりなのだ。だが、女の思惑通りにはそう簡単には事態は運ばなかった。

 女の包丁が、何者かのナイフに弾かれて飛んでいってしまったからだ。

 女は包丁を取り落とすと、それを拾おうと焦って手を伸ばした。すると、その手にもう一本のナイフが刺さった。女があっと声を上げる。

 ナイフの主を見ようとイクシリアが顔を上げると、そこにはエルが立っていた。

「ラウラか!」

 エルは、女の名前を呼ぶと、こちらに走ってきてラウラと呼んだその女を捕らえようとした。しかし、舌打ちをしてどこかへ消え去ってしまった女には、届かなかった。

 エルは、扉を開けることなくこの部屋に入ってきた。ラウラもだ。いったいこの部屋はどうなっているのだろう。どこかに欠陥があるのではないか?

 疑問を抱えていると、イクシリアの手を取って、エルが立ち上がらせてくれた。

「突然来てごめんな。誰が襲われるか分からなかったから、ドロシーに頼んで瞬間移動させてもらった。ラウラって女や浩然ってガキが、そろそろ来る頃だとは思ったんだ」

 エルがイクシリアを椅子に座らせると、ドアを開けてモリモトとフォーラが入ってきた。

「イクシリア殿、エルが失礼いたしました。緊急ゆえお許しいただければありがたい」

 イクシリアの手は、まだ震えていた。心臓も早鐘を打っている。怖かった。あんなに怖いのは久しぶりだ。

「いいのです」

 震える声で、イクシリアは返した。

「でも、少し怖くて震えています。もう少し、ここにいてください」

 イクシリアの願いを、エルとモリモトは快く受けてくれた。ラウラはしばらくこないだろう。エルのナイフが刺さった右手の傷は軽くはない。よほど再生能力が高くない限りはすぐには襲ってはこないだろう。

「お茶、皆さんの分もありますからね」

 フォーラが、イクシリアの手を取って、その震えが収まるまで握っていてくれた。お茶を淹れているのはモリモトだ。彼は父子家庭なので、かなり所帯じみていた。それをエルにからかわれることがあるのだが、彼は悪いようには取っていなかった。

「陛下には、このことを報告する義務がありますな、妃殿下」

 モリモトがフォーラをそのように呼ぶので、彼女は自分で自分の体を抱いて、もじもじとしだした。

「その、妃殿下というのは、やめてほしいわ。モリモトさん、ずっと前みたいに、フォーラって呼び捨てでいいのよ」

「しかし、そうも行きません。事実は事実です」

「でも、この星では妃でも何でもないもの。恥ずかしいわ」

 そう言って、フォーラはイクシリアを見た。イクシリアは敢えて彼女から視線を外した。モリモトの淹れてくれたお茶を静かに飲み始める。そして、ほっとすると、フォーラに、一言こう言った。

「砂が、青に、戻っています!」

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