迷い人 2

 少女は名を森高町子と言った。町子と一緒にいたのは高橋輝と言う少年と、地球のシリンとして天佑と紫萱がよく知るアース、それに、同じ東洋系の人種であるクチャナと言う女性だった。

 アースは、天佑がどう出てくるのかを分かっていたうえで、自分の気配の一切を消していた。天佑はそれを恨んだが、すぐに機嫌を直した。紫萱と一緒に皆の分のお茶を用意していると、町子が嬉しそうにしていた。

「この辺って中国の烏龍茶の名産地って聞いて、楽しみにして来たんです」

 その言葉を聞いて嬉しくなったのは紫萱のほうで、にこにこしながらお茶の椀を皆に配っていった。

「うちは難しい作法や儀式は一切ないの。気軽に飲んでいってくださいね」

 紫萱が嬉しそうにしていると、その横で天佑が腕組みをして一同を見渡した。

「アースの旦那に、見る者、戻す者、さらに風の刻印の所持者。完璧な組み合わせだな。そんなメンツで一体俺たちに何の用なんだ?」

「それは」

 町子が、少し暗い顔をして切り出そうとすると、アースがそれを阻んだ。

「例の事件は覚えているな」

 天佑と、紫萱は頷いた。

「あなたが、私たちを月の箱舟から隠してくださいました。月の箱舟のことは、その時に知りましたから」

 姉の表情が少し曇る。天佑はそれが気になって、アースに目を向けた。

「旦那、あの連中はいったい何がしたいんですか? 旦那が俺たちを守らなきゃいけないほどにヤバイ奴らなんですか?」

 アースは、その質問には答えなかった。まだ、確証が持てない部分があったからだ。そんなアースを見て、町子がそれを補足する。

「私たちはあなた方姉弟を守るためにここまで来ました。とりあえず、お二人とも月の箱舟の手に落ちていなくてよかった」

「手に落ちた人は、いたのですか?」

 紫萱の問いに、クチャナが頷く。

「地球上のすべての生命に通じる力を持つ、地球のシリンの力が通じないシリンが三体いる。これは、意図的に月の箱舟で開発されている人工シリンがやったとしか考えられない。行方不明になっているのは、茶樹とコーヒーの木、それに菩提樹だ」

 クチャナの話に、天佑がびっくりして立ち上がった。

「茶樹は、浩然の奴じゃないか! いったい何があったんだ?」

「他にも、ブラジルとインドで行方が分かっていない」

「コーヒーと菩提樹か。その二人に面識はないが、何か気になるな。俺たちに協力できることはあるか? 浩然の所には行ったんだろ?」

 町子が、暗い顔をして下を向いた。その肩に、輝がそっと手を置く。

「行ったんだけど、もぬけの殻だった。もし、攫われていたのなら周りのシリンに助けを求めるはずだ。だけど、それが直近のあなた方にも伝わらなかった以上、何か他の原因があっていなくなったとしか考えられない。最悪は、俺たちを裏切ったか、もしくは、月の箱舟の、他のことで関係を持っているか」

 輝が考えながら話しているとお茶のお代わりを淹れに行った紫萱が、お茶を注いできた。

「地球のシリンの力をもってしても行方が分からないのなら、シリンを研究している月の箱舟の可能性は高いですね」

 そう話すと、紫萱と天佑の姉弟は、真剣な顔で互いの顔を見合わせた。

「協力いたしましょう。浩然のことも気になります」

 すると、その時だった。

 劉姉弟の家の戸を、ドンドンと叩く音がした。

 おかしい、この谷には劉姉弟しか住んでいないはずだ。いったい誰がここをかぎつけてきたのだろう。地球のシリンはここにいる。他に訪問者がいるとは考えにくかった。

「旦那、みなさん、紫萱を守っていてください。今度こそ怪しいやつが」

 天佑は、今度は家にある中で最も大きな薪を持って戸の前に立ち、鳴りやまないノックの音を消すように、戸にかかっていた閂を抜いた。そして、そっと戸を開けてその隙間から外を見ると、天佑はびっくりして外にいた人間を見た。

 そして、こう言った。

「浩然、どうしたんだ!」

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