記憶 2
まだ、環への干渉をするためのメンバーの心理状態がよくない。準備万端な状態でなければ履行できない作戦だ。それを知っているスタンリーは、まず、皆の心を一つにすることを考えた。
「バーベキューをしよう」
そう提案したが、誰一人乗っては来なかった。皆、輝をどうにかしたくて、どうにかするための案を練っていたからだ。
「バーベキューか。材料はあるのか?」
その中で、アースだけが一人、輝に振り回されずにスタンリーの意見を聞いていた。輝のことで悩めば悩むほど、輝は皆に気を遣う。それはよくない。それを知っていたからだ。その様子を知って、窓から外を見ていたエルが町子たちに視線を戻す。
「いいんじゃないか、バーベキュー」
そして、また外を見る。
エルのその行動に、町子は自分の無力さだけが際立っているようで苛立ちを覚えた。物理的に強くはなれても、精神的には全く強くなれていない。
悔しかった。
「なんだ、町子さん、バーベキューは嫌かい?」
スタンリーが顔を覗き込んできたので、町子は顔を逸らせた。自信を失っている今は、誰の顔も見ることはできなかった。輝以外は。
「嫌じゃないけど、そんな気分じゃないよ」
「それは、嫌だってことだね」
「違う。バーベキュー自体は好きだもの」
「じゃあ、決まりだ」
スタンリーは、町子からその言葉を引き出すと、真っ赤になって突っ立っている町子をよそに、バーベキューの準備を始めた。裏の倉庫からコンロやらテーブルやらを持ち出してきて、アースと輝には買い物を、エルと町子には会場の設営を頼み込んだ。
「君たちが来ることを知って、新しく買ったんだよ! 今日がデビューさ、さあ、ちゃんと動いてくれよ」
そう言って、スタンリーはバーベキューコンロに火をつけた。
一方、買い出しを頼まれた輝とアースは、近くの町まで行く道すがら、色々な会話をしていた。アースの過去のこと、輝の価値観のこと、そして、アースが取り戻した最悪な記憶のこと。
「俺の存在自体が、何十人ものシリンを殺したんだ。あの事件は忘れていてはいけなかった」
アースは、信号待ちの間、少し考えこんで輝に話した。
信号が青に変わると、今度は輝の質問の番だった。
「拒否できなかったんですか?」
「拒否か、その時の俺にそれができる強さはなかったな。詳しいことは記憶を見れば分かる。今夜、それをお前に見せようと思っていた」
「でも、辛い記憶なんでしょう?」
「辛くはないさ」
そう言って、アースは笑った。輝にとって、その笑顔は何物にも代えがたかった。どんどんと癒されていく。もう大丈夫。心が強さを取り戻し、あの空港での一件を、自分が強くなるための踏み台にしよう、そう考えられるようになっていた。
「おじさん、俺、もう大丈夫みたいです」
アースが笑うと、なぜか安心する。ホッとする。だから、そういう気分になれた。輝がそう言うと、アースは困ったような顔をした。
「輝、それを、町子の前でも言えるか?」
輝は、その言葉を聞いてドキリとした。町子の顔を思い浮かべると、急に心に波紋が出来上がって揺れた。何かの琴線に触れたかのように、輝の心の中に設置された爆弾が爆発した。心臓が早鐘をうつ。
「輝」
アースが、そんな輝の手に片手で触れた。目的地のスーパーにはすでに着いていた。床に目を落とし、一点だけを見つめて震える輝の体を抱き寄せ、自分に寄り掛からせると、アースは輝にこう言った。
「輝、力と言うものがどういうものなのか、見るといい」
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