強さの温度 3

アースと町子がいない。

 おそらく、あの女に連れて行かれたのだろう。

 そんな憶測が立ってから三日が経った。マルスやフォーラは懸命になって二人の居場所を特定しようとしていた。輝もメルヴィンも、そしてメリッサも、眠れない夜を過ごしていた。学校など行ける状態ではない。ミシェル先生はそれを知ってか、彼らが登校しなくなっても何も言ってくることはなかった。 フォーラは、アースがいなくなってからかなり不安定になっていた。泣きじゃくったり怒ったりすることはなかったが、完全に眠れなくなっていたのだ。マルスはそれを心配していた。しかし、不安定になっているのはフォーラだけではなかった。

 輝もまた、恐ろしく不安定になっていた。皆の前では平気なふりをしていたが、夜になって一人になると、輝が壁をドンドンと叩く音が屋敷中に響き渡った。

「つらいのは、フォーラや輝だけじゃないわ」

 クローディアが、皆のまえで、つい、つぶやく。

「地球のシリンを見失うのが、こんなに恐ろしいことだなんて」

「でも、アースは私たちを守ってくれている。見失ったからって、ロストしたわけじゃないわ。この力を感じている以上、私たちにもまだ」

 そこで言葉を切って、アイリーンが黙り込んだ。

 ドイツからは妻を連れてシリウスもこちらに来ていた。ルフィナやバルトロ、マルコも来ていた。それぞれが、それぞれの思いを持ってここに来て、何もできずに、マルスやフォーラの出した結果を待つしかなくなっていた。

「それだけ、今まで俺たちはアースにいろいろ頼りすぎていたってことだ。いまだって、あいつはどんな目に遭っているかもわからないのに、こっちに力を回している」

 シリウスが、そう言って拳を握った。

 シリウスの言ったことは、おそらく誰もが感じていることだろう。フォーラも、昨日そう言って皆の前で嘆いていた。

 皆が、黙ってしまった。目を逸らす者も、伏せるものもいた。

 そんなとき、屋敷のドアがゆっくり開いて、光が差し込んできた。窓を閉め切っているわけではないのに、真昼の屋敷は寒く、暗かった。その中に挿した一条の光は、そんな屋敷に変化を与えるのに十分だった。

 そして、屋敷のドアを開けた人物が入ってくると、シリウスの妻であるネイスが、立ち上がってその女性の名を呼んだ。

「夏美!」

 夏美、それは町子の母の名だ。

 それを聞いて、屋敷中の人間が入り口に目をやった。

「夏美ちゃん、夏美ちゃんなの?」

 二階で作業していたフォーラが、急いで駆け下りてくる。マルスも一緒だ。

「夏美、君まで来ることはなかったのに。これは僕たちの仕事だから」

マルスが言いかけると、夏美は腰に手を当てて、ひとつ、大きな息を吐いた。そして、少し笑ってこう答えた。

「だからって、日本でおとなしくしていろって言うの? そんなの御免だわ。私の娘と兄の問題よ。これからは私たちだって手伝いたい。事はもう、シリンだけの問題じゃないのよ」

 そう言うと、夏美は後ろに連れてきた人間たちを屋敷に入れた。小松辰紀に、なつ、飯田瞳の三人だった。

「僕たちにも手伝わせてほしい」

 辰紀が、前に進み出た。

「本当は、夏美さんが一番つらいはずなんです。小さいころ両親と生き別れて、ずっと一緒に暮らしていたお兄さんと、生まれた時から一緒だった娘さんが同時にいなくなってしまって。でも、夏美さんと僕たちは話し合って決めたんです。暗くなって、後ろ向きになっている暇があったら、少しでも動いていようって。何か少しでも手掛かりがあるはずだから、自分たちが動かなきゃダメなんだって」

 辰紀のその言葉に、夏美が補足をした。

「つらいのはみんな同じ。私だけじゃないのよ。だからこそ、みんなで力を合わせるの。きっと何とかなるわ。さあ、こんなところでじめじめしていないで、動きましょ!」

「でも、どこをどう動けばいいのか、分からないわ」

 暗い顔のままのアイリーンが呟くと、夏美は彼女の肩をそっと叩いた。そして、右手の人差し指を立てて、空へ向け、その腕をグイっと伸ばした。

 そして、こう言った。

「空よ」

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