強さの温度 2

 アースが目を覚ましたのは、町子が目覚める少し前のことだった。見たことのない広い部屋にいた。窓という窓に格子がかけられていて、それがすべてシリン封じの金属だとわかるまで、時間はかからなかった。やけに体が重いと感じて、起き上がってみると、じゃらりという嫌な音がして、自分の腕や足、それから首から鎖が垂れていた。それぞれ大きさの違うリングが両手首と両足、そして首にかけられていた。そのリングも鎖も、丁寧なことにすべてシリン封じの金具だった。腕は後ろに回っていた。

 壁沿いに設置されたベッドの上にいたので、上体をようやっと起こして壁に寄り掛かる。それだけでも息が上がった。これが普通のシリンなら、とうに死んでいる。

 アースは、その態勢のまま、地球全体に意識を巡らせた。フォーラや輝たちは無事のようだ。このリングは体力を奪い、高熱を出させることはできても、ちょっとした能力までは奪えない。自分でリングを破壊することはできなくても、ここから輝たちの様子を見たり、例の女たちから守ってやったりすることはできた。ふたたび、輝たちに守りの効果をかける。すると、その力を感じたのか、フォーラが泣き出すのが見えた。そのフォーラの肩を優しく抱くのは、芳江だった。

 しかし、その力を使えたのもそれまでだった。

 誰かが、ドアのカギを開けて中に入ってきたからだ。

 それは、あの時ヘリコプターで降り立ってきて、人工シリンを三体従えた、あの女だった。女は、壁に寄り掛かっているアースのもとへ歩いてくると、ベッドに座って、そこに横たわっている鎖を握りしめた。

「いいアクセサリーでしょう」

 女は、その鎖をたどっていくと、アースの首元にたどり着いて、その手できつく、鎖を握りしめた。それを軽く引っ張って、アースの顔を自分のほうへ引き寄せる。互いの息遣いが分かるほどに近くまで来ると、女はもう片方の手でアースの唇に触れた。

「あのボウヤをあきらめて良かったわ。あなたみたいな大人が引っかかってくれたのですもの。気分はどう?」

 アースは、何も答えなかった。答える気になどなれなかった。

「そう、最悪よね、こんなに鎖につながれて、嫌な女に詰め寄られて。でも、いずれ私のものにしてみせる」

 女はそう言って、にやりと笑った。そして、首の鎖を限界にまで引っ張り、自分の唇をアースの唇に重ねた。抵抗は、できなかった。ひどい痛みが身体中を走り、一瞬で体が痺れた。その痺れをどうにかする、そのような体力は、残されていなかった。

 女はゆっくりと離れると、今度は頬をさすってきた。その手は下に、下にと下がっていき、アースの着ている薄い上着をそっと脱がせた。

「私に協力してもらうわ。このリングの完成のために。あなたはすでに私の手中。逃げることなどできはしないのですからね」

 女は、そう言って高笑いをした。

 しかし、その高笑いもすぐに収まった。女は自分でも訳の分からないうちにそこからはじけ飛び、ずっと先にある壁に背を打ったのだ。

 女はせき込みながら立ち上がり、再びこちらに寄ってくる。アースの息は上がっていた。もう、この程度の抵抗しかできなくなっていた。

「なるほどね、大したものだわ、その力、それに、その抵抗心。ますます私のものにしたくなってきた」

 女は、そう言ってそのまま部屋を退出した。

去り際に、部下へのねぎらいの言葉を投じていった。

 アースは、いま、女が自分にしたことに対して、嫌悪感を持っていた。それに抵抗できなかった自分に嫌悪してもいた。皆は心配しているだろう。

 そして、フォーラは今、何を想っているのだろう。

 考えたら、余計力が抜けてきた。壁に寄り掛かり、頭を垂れる。

 皆は、これからどうするだろうか。なるべくなら、放っておいて欲しかった。いつかは自分で何とかする。だから、犠牲を払ってまで助けに来るような真似はしてほしくなかった。

「一人でため込んではダメよ」

 頭の中で、フォーラの声が響く。いつか聞いた声だ。

「みんなを信じて、自分を信じて、たまには助けられたっていいじゃない」

 しかし、今、アースはそんな気分にはなれなかった。 

 自分は負けた。そして、負けた結果がこれだ。そんな自分が真っ先に助かろうなどとは思えなかった。ただ、自分を想ってくれる人たちを、守りたかった。

 アースは、地球上のすべてのシリンたちに、フィルターをかけた。あの女のいる組織に、シリンだと悟られないように、なるべく普通の人間にしか見えないように。

 そして、それは、アースの意識が続く限り、ずっと行われていた。

 そう、高橋輝が蜂起し、町子とともに助け出そう、その言葉が出るその瞬間まで。


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