眠り姫病になったら100年は覚悟しておけ

ちびまるフォイ

自覚なき眠り加害者さん

目を覚ますと人工生命維持装置につながれていた。

まるでSF映画みたい。


「え……ここどこ……?」


最後の記憶は居酒屋で友達と飲みまくったことしか覚えていない。

周りは見たこともない機械で埋め尽くされている。


「気が付きましたか?」


「あの、ここは……」


「病院ですよ」


「私、飲みすぎたんですか!? アルコール中毒!?

 昔から私飲みすぎちゃうとキス魔になって手当たり次第にキスったあとに

 そのあと眠っちゃって記憶飛んじゃうんで……」


「落ち着いてください。アルコールのせいじゃないですよ。

 アルコール程度で100年も寝たりはしません」


「100年!?」


医者は新聞の日付を出した。


「に、2117年!?」


見たこともない西暦。これが嘘じゃないとしたら……。


「あなたは眠り姫病になってるんですよ。

 一度眠るとハイパースリープ状態になって老化しないまま眠ってます」


「それじゃ私の親は!? 友達は!?」


「残念ですが……あなたが目覚めるまでずっと見守ろうとしてましたよ」


100年で世界は大きく変わらなくても私の周りは大きく変わった。

この世界にもう私の経験や過去を知る人は誰もいない。


「いろいろと混乱しているでしょうが、これから治療法も説明しますから

 待合室で待っていてくださいね」


「はい……」


なんだかどっと疲れた。

私の知っている病院はもうなくなっている。タイムトラベルしたみたい。


「はぁ……起きたばかりなのに、もうなんだか眠たいな……」


静かにまぶたを下した。


 ・

 ・

 ・


「起きてください」


「……ん、ああ。すみません、少し眠っていました」


「少しじゃないですよ」


医者に揺り起こされて目が覚めたのは再び病室。


「あれ? 私、待合室でうたた寝して……」


「ええ、それで30年が経過したんですよ。

 待合室でハイパースリープに入ったあなたを運んで声をかけ続け

 あなたを起こすまでに30年がかかりました」


「うそ……!」


私の体の感覚ではせいぜい5分くらいしか経っていない。

眠るたびに環境が劇的に変化してしまうなんて辛すぎる。

思い出を共有する人も、大事な場所も眠ってしまえば時間が過ぎて変わっている。


「お願いです! 眠り姫病を治してください! 治療法はあるんですよね!」


「王子様のキスです」


「私は真面目に聞いてるんです!! ふざけないでください!!」


「本当です。眠り姫病にはキスが効果的なんです。

 恋愛感情を感じた相手とのキスをすることでホルモンが分泌され

 それが眠り姫病の特効薬になるんです」


「好きな人なんて……」


「いないんですか?」


「もう合計130年も経ったから生きていません」


そういったところでふと気が付いた。

医者がまるで老化してないことに。


「あれ!? どうしてあなたは変わってないんですか!?

 30年前の姿とまったく変わってないじゃないですか」


「僕はアンドロイドなんですよ」


「すごい……全然わからなかった」


100年もの技術革新の恐ろしさを思い知った。

医者からは睡眠抑制剤を受け取り病院を出た。


病院の外には記者が待ち構えていた。


「貴方が眠り姫病で一番最初に目覚めた人なんですね!」

「130年ぶりの世界はどうですか!? 感想を!」

「政府があなたにコメントをもらいたいとありますが!」


「政府が……?」


130年も時が過ぎると現地には生身の人間ではなくホログラフ人間になっている。

理由はわからないけれど、偉い人からの出頭に逆らうわけにもいかない。


『まもなく~~、1番ホームにワープ電車が参ります』


使い慣れない瞬間移動電車に乗り込んで国会議事堂へとやってきた。

顔も名前も知らない総理が迎えてくれる。


「やぁ、君が眠り姫病の子かね。どうかな目覚めた世界は」


「……なんだかうまくなじめません。途方もなく時間が過ぎていて」


「でも眠っている間は老化しないんだろう? いいことじゃないか。

 人間の一生は短い。未来の世界を何度も見られるなんて貴重だよ」


「はぁ……」


総理はずいと顔を寄せた。


「そこで、君に頼みがあるんだ。実はこの場所に隠し資金があってね」


「そんなものどうしろと?」


「次に目覚めたとき、私の親族にその場所を教えてくれるだけでいい。

 君は一度眠ると100年近く眠れるんだろう?」


「私を……タイムカプセルに使いたいってことですか!?」


「ああ、君の言いたいことはわかっている。もちろんただじゃない。

 埋蔵金となったあかつきには君にも30%は支払おう。

 どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


「いいかげんにしてください! 私は好きで眠り姫病になったんじゃないんです!」


「そうか……」


総理は手元で軽く手を動かすとボディーガードロボが起動した。


「君には頼んでいるんじゃないよ。命令しているんだ。

 ここまで聞いて生きて帰れると思っているのかな?」


「そんな……!」


「眠ることしか能のない君を私の礎として有効活用してあげるだけだ。

 さぁ、返事は?」


「い、いやです! あなたみたいな人間に道具として扱われたくない!」


「あっそ」


ロボットの目が赤く光って一気に襲ってきた。



「危ない!」


SPロボの銃弾の雨を医者アンドロイドが盾になった。


「大丈夫ですか、患者さん」


「どうして……」


「医者は患者の経過観察を見守るようにとプログラムされてます」


総理は顔を赤く怒らせて怒鳴る。


「貴様! いったいどこから入って来た! 二人まとめてスクラップにしろ!」


再び銃口が向けられる。今度はもう防ぎようがない。

考えるよりも先に体が動き、私は医者アンドロイドにキスをした。


眠り姫病を知っている総理にはこの意味がわかったのだろう。

殺気だっていた表情がみるみる落胆に変わる。


「眠り姫病の治療法、あなたはわかっているわよね。

 これでもう私から眠り姫病はなくなった。

 あなたのタイムカプセルにはなれない!」


「バカな……アンドロイドを好きになるなど……」


「グッジョブです、患者さん。おかげで時間も稼げました。

 先ほどのやりとり、ワールドネットを通じて告発しました」


総理はまもなく警察に連れて行かれた。この手際の良さも未来ならではだ。


「しかし、本当にぎりぎりでしたね。

 あの総理もうまくだまされてよかったです。

 演技のキスで恋愛感情があると思い込ませられました」


「演技じゃ……ないかもしれませんよ?」


「どういうことですか?」


「ロボットは130年たっても人間の感情はわからないのね」


それから私はもう眠り姫病に悩まされることはなくなった。

130年もたってがらりと変わった世界で生きていくことに決めた。










「でも一番おそろしいのは眠り姫病が接触感染するということですね」


ある日、医者アンドロイドが言った。


「どういうこと?」


「アンドロイドだったからよかったですが

 眠り姫病を治療するためにキスをした王子様にも

 接触感染で眠り姫病になるということです。エンドレスです」


「ああ、本当に私で眠り姫が最後になってよかった……」




それから100年後、飲み会で私にキスされた友人が目を覚ますことになる。

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