コメディ、その他短編集
芍薬甘草
我こそは四天王の一人!
「なあ、防衛大臣よ」
「なんですか魔王様」
「四天王を作ろうと思うんだが」
魔王様は自室のベッドでゴロゴロしながら、入り口に立っている防衛大臣にそう伝えました。
魔王様は竜種ですが、今は第一形態である人間の姿でゴロゴロしています。
本当は勇者対策の為、第二形態や第三形態になっておいて欲しいと部下に頼まれているのですが、第二形態以降では翼が生えてゴロゴロできないのです。
変身には時間がかかるため、万が一勇者達に城に侵入された場合、最初は第一形態で戦う羽目になります。第二形態への変身まで敵の攻撃をしのげるかの勝負になってしまうのですが、プロのゴロリストである魔王様に第一形態を捨てるという選択肢はありませんでした。
「四天王、ですか。いったいそれは何をする役職なのでしょうか?」
「何って、四天王といえば四天王だろう?」
魔王様のよくわからない返事に、イエティキングの防衛大臣はまたかと白い視線を向けました。
「申し訳ございません。不勉強なわたくしめに、改めてお教え願えませんでしょうか?」
「それはその……アレだ。世界征服の為に各地で暗躍するのが仕事だ」
「でしたら、いつも軍部や暗部がやっておりますが」
「そ、それはそうなんだが…… それとは別に、我の指示で動く部下が欲しいのだ」
曖昧な魔王様の言葉に、いつもの思い付きで喋っているだけだと見抜いた防衛大臣は露骨にため息をつきました。そのため息はマイナス230度の冷たい息で、彼は手に持っていた書類をうっかり凍らせてしまいます。
防衛大臣は凍ってめくれなくなってしまった書類を撫でながら、魔王様に問いかけました。
「ほほう。それはつまり、ご自身の手で作戦指揮をとりたいという事で?」
「ま、まあ、そうなるのう」
「おお、それは大変よい考えでございます。すぐに手配いたしましょう」
「ほ、本当か!?」
防衛大臣の様子を見て半ば諦めていた魔王様ですが、思わぬ良い返事に僅かに身体を起こして目を輝かせます。
四天王とは魔王様がたまたま手に取った人間達の小説に出てくる悪役なのですが、中々便利そうだと思って欲しくなったのです。四天王に自分の仕事を押し付けてしまえば、こうして防衛大臣に安眠妨害されることもなくなるだろうと期待したのでした。
「もちろんです。今まで働きたくないと駄々を捏ねていた魔王様がようやく指揮を執ってくださるのですからね。すぐに将軍の何人かを四天王として再任命し、魔王様専用の司令室と補佐官なども用意いたしましょう。それでは早速準備を始め……」
「ま、待て、防衛大臣!」
「はて、いかがされましたか?」
流れるように部屋から出て行こうとする防衛大臣を、魔王様が慌てた様子で呼び止めました。
対する防衛大臣は薄ら笑いを浮かべています。彼はこの一瞬で、この路線で魔王様を働かせようと目論んだのです。その頭の回転の速さは、伊達に大臣は名乗っていないという事でしょう。
「違う、違うのだ防衛大臣。四天王とはそういうものではないのだ」
「ではどういうものなのでしょう? 魔王様がご自身で指揮を執られるのですよね?」
「そ、それはその通りなのだが……」
「でしたら、司令室と補佐官は必要になるのでは?」
「だ、だから……その……」
魔王様は言いよどみ、言い訳を必死に考えます。
防衛大臣はそんな魔王様を笑顔で見守っていますが、その内心では既に将軍の人事変更や司令室の場所などに考えを巡らせて、魔王様が引くに引けない状況を作り上げようと熟考していました。
魔王様はようやく何か思いついたらしく、ぼふっと布団を叩き、口を開きます。
「四天王には、自主性を持たせようと思うのだ。よって必要なのは我の為の司令室ではなく、四天王の為の司令室である」
「四天王には強い裁量権を与えるという事ですか。ですがあくまでも魔王様の直属で、魔王様が指揮を執られるのですよね? それではやはり魔王様の司令室も必要なのでは?」
「そうではない、そうではないのだ。四天王の役割はただ一つ、人間達に恐怖と絶望を振りまく事、それだけなのだ」
「恐怖と絶望、ですか。確かにプロパガンダは大事ですが……」
「そうであろう! 今までは恐怖の象徴と言えばこの魔王だけであったが、そこに新たに四天王を追加すればより恐怖が広まると思うのだ」
「はあ……」
普段ゴロゴロしてばかりの魔王様ですが、それでも働かねばならない時があります。
恐怖を煽るため敵国の上空に自分の映像を飛ばしたり、出陣する魔王軍の見送りなど、参加せざるをえない仕事は少なからずあるのです。
それを任せる偶像としての四天王を、魔王様は欲したのです。その理由は魔王様自身がゴロゴロしたいからに他なりませんが、防衛大臣は一考の余地はあるかと考え、改めてどうするか悩みはじめました。
「例えば防衛大臣よ、貴様は四天王に向かぬ」
「はて、それは何故?」
しかし、防衛大臣はそれ以上考える事ができなくなりました。
「確かに貴様は強い。イエティキングである貴様のブリザードブレスは鎧ごしに敵を凍らせてしまうし、かといって布の防具では貴様の怪力の一撃を防ぐ事は出来ないだろう。その白く分厚い毛皮は剣も魔法も簡単には通さぬし、何より力だけではなく、防衛大臣にふさわしい知恵も持っている」
「おお! わ、わたくしをそのように評価していただいてたとは!」
「しかし、それでも貴様は四天王には向かぬのだ」
「は?」
「愛らし過ぎるのだ!」
魔王様の繰り出した痛恨の一撃に、防衛大臣は手に持っていた書類を落としました。
先ほどため息で凍らしていた為、書類はパリンッと音をたててバラバラに砕け散ってしまいました。泣きっ面に蜂とはまさにこの事でしょう。
「イエティキングはキングと名乗りながら、普通のイエティの半分程度しか背が無いからな。その真っ白でフワフワモコモコな身体が、敵に不安と恐怖を与える事などできぬだろう。実際に人間達はそなたの事を幹部ではなく魔王軍のマスコットキャラだと勘違いしておる」
今明かされる驚愕の真実に、防衛大臣は膝を折って床に手をつきます。それは防衛大臣本人以外みんな知っている事でしたが、防衛大臣が怖くて誰も言えなかったのでした。
彼は防衛大臣という役職についてから、前線で戦う事がありません。たまに戦場に出向いても指揮官達に指示を出すくらいなので、人間達からは時々魔王軍の後方に現れる、小さなシロクマの人形のようなかわいい魔物として認知されています。
その結果、魔王軍を癒す目的で現れる戦場アイドルか何かだと思われていたのです。
「そこでだ。現在いる将軍や大臣達とは別に、新たに四天王を採用し、各地の魔物たちがこれを祭り上げる事によって――って聞いているか防衛大臣」
「……はい、聞いております」
防衛大臣の傷は深いのですが、それでも懸命に立ち上がります。
「話を戻すが、四天王は人間に恐怖と絶望を与える存在だ。よって見た目が恐ろしい者、口の達者な者や人間の裏切者などがふさわしいのだ。今将軍職に就いている者からわざわざよこす必要もない」
それは魔王様の牽制でした。古参の将軍の中には魔王様に対して防衛大臣並みに物を言える者も少なくなく、口うるさい将軍が四天王になるとかえってしんどいのです。
「……わかりました。四天王候補者を探してまいります」
「おお、わかってくれたか! よろしく頼むぞ防衛大臣」
思考停止状態の防衛大臣はそのまま魔王様の要求を呑んでしまい、部屋を後にします。
その背中はとても哀愁が漂い、そして愛くるしいのでした。
* * * * *
一週間後。
防衛大臣に「四天王候補を見つけたので面接して欲しい」と言われ、魔王様は玉座の間にいました。
いつもは面倒臭がる魔王様ですが、今日はウキウキ気分で玉座に座っています。何しろ今日一日働けば、明日からはもっと楽ができるはずなのです。
そこへ防衛大臣が一人目の候補者を連れて玉座の間に入ってきます。
防衛大臣の後ろからヒョコヒョコとついてくるもの、それは体躯は防衛大臣よりも小さく、緑色の肌で、腰には短剣を刺しています。
ゴブリンでした。
「魔王様、こちらが四天王候補の一人、名をゴブリーンと申します」
「お初にお目にかかります。こうして魔王様に直接お会いできる事、恐悦至極に存じますわ」
「うむ、ちょっと待て」
魔王様は目をこすってゴブリーンを二度見します。
ゴブリンキングでもゴブリンジェネラルでもない、まごうことなき普通のゴブリンです。
「防衛大臣よ、我は四天王とは恐怖の象徴であると伝えたはずだ」
「もちろん覚えております。わたくしが魔王様のお言葉を忘れる事はございません」
「うむ。では……なぜ普通のゴブリンなのだ?」
「いえいえ魔王様、彼女はただのゴブリンではございません」
大臣の言葉に、魔王様はゴブリーンを三度見します。
見た目はどう見ても普通のゴブリンですが、しかしその身体から溢れ出す魔力は――やはり普通のゴブリンです。ゴブリンにしては身なりが綺麗で姿勢が良いですが、魔王様には普通のゴブリンにしか見えませんでした。
ゴブリーンは魔王様にじっと見つめられ、頬を赤らめ始めました。その事に魔王様の口元が僅かに引きつり、ゴブリーンから目をそらします。
「防衛大臣よ。やはり我には普通のゴブリンにしか見えぬのだが」
「はい、種族としてはただのゴブリンに過ぎませんが、ゴブリーンは特殊な個体でして」
「ほう」
「ゴブリンでありながら、我が元で文官を務めていた程に賢いのでございます」
「……ほう」
通常のゴブリンは片言で喋るのが精一杯で、読み書きなどできぬ者が多いのですが、ゴブリーンは先ほども魔王様に対して流暢に挨拶していました。
「それはすごいな。それでどのくらい強いのだ?」
「いえ、単純な強さは普通のゴブリンと変わりません」
「は?」
魔王様の目が点になります。
そんな二人のやり取りに、ゴブリーンが口を尖らせました。
「それはあんまりですわ防衛大臣様。魔王様、私は他の
「ははは、すまんなゴブリーン。魔王様、先ほどの言葉は単純な腕力や魔力は普通のゴブリンとかわらないという意味です。この通り知恵があるので、普通のゴブリンよりもはるかに厄介でございます」
「う、うむ。それは確かにすごい。すごいのだが……四天王として売り出すには、どうなのだ?」
四天王はただの工作兵ではありません。
恐怖と絶望の象徴としては、たとえ賢くてもゴブリンではあまりに見劣りしてしまいます。
しかし、ゴブリーンはそんな魔王様の心中を察して、不敵な笑みを浮かべながら語り始めました。
「それについては、私に策があるのです。まずは私という知恵あるゴブリンの存在を人間達に知らしめます。そしてたまに普通の頭の悪い
「うむ」
「しかし人間達には、私と普通のゴブリンの違いは見た目ではわかりません。すべてのゴブリンを私ではないかと疑わなくてはならなくなるのです。この事はさぞかし人間達に恐怖と混乱を与えるでしょう」
「な、なるほど!」
ゴブリーンの策に、魔王様は戦慄しました。
普通の頭の悪いゴブリンの中に、一匹だけ頭が良く狡猾な個体が紛れているのです。普通のゴブリンだと高をくくればゴブリーンに罠に嵌められて殺されるし、かといって数の多いゴブリンを、すべてゴブリーンではないかと用心するのは精神的にきついでしょう。
「付け加えるならば、仮に私が死んでも別のゴブリンに私のフリをさせれば良いのです。そうする事で私達ゴブリンは永遠に人間達に恐怖を与え続ける事でしょう!」
「素晴らしい、素晴らしいぞゴブリーン! そなたを四天王の一人に任命しよう!」
こうして、四天王の一人目があっさりと決まったのでした。
* * * * *
「魔王様、次なる四天王候補を連れてまいりました」
「うむ……って、グラノーラ王女ではないか」
「お久しぶりでございます、魔王陛下」
そう言って裾をつまんでお辞儀したのは金髪碧眼の人間の女性、グラノーラ=€=ミルクハイム。
二年前に攫ってきたミルクハイム王国の元第一王女でした。
「防衛大臣よ、いつの間に彼女を洗脳していたのだ?」
「いえ、わたくしは洗脳など――」
「魔王陛下、私は自らの意志で四天王に立候補したのです」
そう言い放つグラノーラの目には、洗脳された者にはありえない強い意志の炎が灯っていました。
魔王様はそんなグラノーラに気圧されないように気を張りつつ、彼女に質問をしていきます。
「では自らの意志で人間と戦うというのだな。おそらくミルクハイムとも戦になると思うのだが、本当に良いのか?」
「構いません。覚悟はできています」
「そうか。……やはり廃嫡された事を恨んでの事か?」
グラノーラが魔王城に攫われて来たのは二年前になりますが、ミルクハイム王国はグラノーラ救出を諦めて、逆にすぐさまグラノーラを廃妃したのです。祖国ミルクハイム王国では、グラノーラは魔族と恋に落ちて駆け落ちした事にされています。
「いいえ魔王陛下。私はその事で祖国を恨んだりはしていません。祖国に魔王軍と戦えるだけの力はありませんでしたし、国を混沌とさせない為には必要な事だったと理解しています」
「ほう。では何故、四天王に立候補したのだ」
魔王様は口には出しませんが、グラノーラ王女が人間を裏切ったふりをして逃げるのではないかと心配していました。
しかし、続くグラノーラ王女の言葉が、そんな魔王様の不安を吹き飛ばしました。
「私を廃嫡しただけならば良かったのです。しかし! あろう事か! ミルクハイム王国は、私が主導していた女性の権利を約束する為の憲法改正までも白紙に戻したのです!」
そう、グラノーラ王女は祖国ミルクハイム王国における、女性解放運動の指導者だったのです。
国王や王子達は彼女の女性解放運動に反対だったのですが、第一王女グラノーラはその強いカリスマ性により改憲の一歩手前まで迫っていました。しかしその中で起きたグラノーラ誘拐事件をこれ幸いとばかりに、国王達は改憲案を揉み潰したのです。
後になってわかった事ですが、そもそも魔王軍がグラノーラ王女をさらう事になったのも、とある王子の手引きと陰謀があっての事でした。
「それに比べてこの魔王国は実に素晴らしい! あらゆる役職に男女平等が約束され、完全な実力主義となっています。……ああ、我が祖国ミルクハイムは何故ああも退廃的なのでしょう! 愚かなるあの国は、魔王国の支配の元、平等の国へと生まれ変わるべきなのです!」
「う、うむ、我が魔王国は完全実力主義だからな、うん……」
魔王様は完全にグラノーラに気圧されてしまっていました。
魔王国は人間と違い色々な種族が住んでいる為、男女の差より種族の差の方がはるかに大きいのです。確かに男女は平等なものの、種族の平等は約束されてはいないのですが、グラノーラの目にそこは写っていませんでした。
「魔王様、私を四天王に入れて下さるのならば、すべての人間の女性を先導(煽動)し、魔王国に恭順させてみせましょう!」
「そ、そうか。まあ人間の裏切り者は居るだけでも人間達の士気が下がるから是非頼みたいと思うのだが……」
「居るだけなどという怠惰は致しません! 人間であるこの身ですが、誰よりも魔王国と女性の為に尽くしましょう!」
「よ、よろしく頼む。……が程々にな、グラノーラよ」
こうして、四天王の二人目もあっさりと決まったのでした。
「……おい、何か言ったらどうだ、防衛大臣」
「……申し訳ありません。人選を誤ったかもしれません」
* * * * *
次に防衛大臣が連れてきたのは、一人のリッチでした。
黒いローブで全身を隠していて、フードを深くかぶってマスクをつけています。そのせいで顔は全然見えません。
「気をとり直しまして――こちらが四天王候補の一人、リッチのイワコと申します」
「ぼ、ぼぼ、僕は、イワコです。……よろしく、です」
「ふむ、なるほどリッチか。それで、どのくらい強いのだ?」
リッチは死んだ魔術士がアンデッド化した魔物で、高い知性と魔力を持っています。数はそこそこ多く、その実力にはピンからキリまであるのですが、防衛大臣の連れてきたリッチなら十分に実力を持っているのだろうと魔王様は考えました。
「そうですね、リッチとしては中の下といったところでしょうか」
しかし、防衛大臣の返答は魔王様の期待を裏切るものでした。
魔王様は眉を潜めますが、先ほどのゴブリーンの事を思い出します。
「ではこの者もすごく頭が良かったりするのか?」
「いえ、リッチとしてはその、正直頭はあまり良くはない方でしょう」
「……」
防衛大臣に酷い事を言われ続けているイワコでしたが、おどおどするばかりで特に反論もしません。
「あー、では防衛大臣よ、何故そのイワコを四天王に推すのだ?」
「それは彼女が、魔王軍で誰よりも怖いからです」
「……は?」
魔王様は首を傾げます。
「先日、魔王様はおっしゃいましたよね。四天王にふさわしいのは見た目が恐ろしい者、口の達者な者や人間の裏切者などであると。先ほどのゴブリーンは口の達者な者枠で、グラノーラは人間の裏切り者枠です。こちらのイワコは見た目の恐ろしい者枠にございます」
「あ、あ、あの、見せましょう、か?」
「え、いやその……」
そう言ってイワコは魔王様が制止する間も無くフードを取りました。
そこに居たのは目のぱっちりとした女性です。大きなマスクはつけたままですが。
魔王様は普通なイワコに安堵して、ため息をつきました。
「なんだ、美女ではないか、脅かすでない。……そうか、これから魔法で恐ろしい姿に変身するのだな」
「ぼ、ぼぼ、ぼ、僕、き、綺麗ですか?」
「ああ」
「こ、れ、で……」
「イワコ!」
イワコは横にいた防衛大臣の声に驚いて、マスクを取ろうとしていた手が止まりました。
「イワコよ、先に控え室に戻っておきなさい」
「は、はい……」
イワコはとぼとぼと玉座の間を出て行きます。
「ふう。危ない所でした」
「な、なんだ防衛大臣。どうしたというのだ」
「魔王様、イワコに対して綺麗や美しいといった単語は禁句にございます。危うく理性を失って魔王様に襲いかかる所でした」
「……防衛大臣よ、そのような者を玉座の間に入れるでない」
魔王様はこめかみを抑えました。
「すみません。普段は温厚な奴ですので油断しておりました。そして仮に魔王様に襲いかかったとしても、彼女の攻撃力では魔王様には傷一つ付けられないでしょう」
「それはそれで四天王は務まらぬだろう」
「ですが本気のイワコに襲われたなら、魔王様とておそらくは一生のトラウマとなり、二度と安眠できなくなると思われます」
二度と安眠できない――
それはゴロリストである魔王様に恐怖と絶望を与えるには、十分過ぎる言葉でした。
「まず、彼女のマスクの下には魔王様の想像を超えるような恐ろしい口がついております」
続く防衛大臣の話に、魔王様は絶句します。
「生前の彼女は魔術士としては今ひとつでしたが、たいそう美人で口達者、イケメンの彼氏とも仲睦まじかったそうです。しかしその事を妬んだ別の魔術士の女に呪いをかけられ、顔の下半分を化け物の様な姿に変えられてしまったのです」
「…………」
「その時付き合っていた彼氏には絶縁を言い渡され、その後彼氏は呪いをかけた方の魔導士の女と付き合い始めたそうです。復讐に燃えたイワコは二人に襲いかかったのですが返り討ちにあい、あえなくリッチとなってしまいました」
「…………」
「復活した彼女はやはり復讐を目論んだのですが、リッチとなっても魔法だけでは魔術士の女に勝てる見込みがありませんでした。そこで彼女は体を鍛え、さらに身体強化の魔法を覚えました。その魔法は見た目も変わる魔法でして、手足が長く伸び、さらに顔まで縦に伸びるという世にも恐ろしい魔法にございます。彼女の作戦はただ一つ、相手の魔術士の女が魔法を使う前に懐に飛び込み、物理攻撃で仕留める事でした」
「…………」
「彼女は最初、大きなマスクをつけて変装し、二人に近づきました。そして魔術士の女がリッチの存在に気付いた瞬間マスクを取って変身し、恐怖して立ち竦んだ魔術士の女の元に走りました。魔術士の女は我に返って浄化魔法を使おうとしましたが、イワコはその呪文が唱え終わる前にナイフを喉に突き立てたのです」
「…………」
「その後イワコは『君は綺麗だ』『美しい』『やり直そう』などと言って泣きながら命乞いをする彼氏を惨殺し、魔王軍へと渡ってきたのです。 ――まあいくら足が速くて見た目が怖くても、魔法の下手なリッチなどたいして強くはないのも事実。いかがしますか魔王様」
「………………………さ、採用しよう。合格だと伝えてきてくれ」
魔王様はイワコを四天王に入れる事に決めました。
それはイワコが四天王にふさわしいと思ったからであり、決してイワコの復讐を恐れたからではありません。ゴロリストとして、二度と安眠できない様な恐怖を味わうわけにはいかないと思ったわけではありませんでした。
「おお、寛大な采配をありがとうございます! これでイワコの今日までの苦労もきっと報われる事でしょう」
そう言ってイワコの元に向かう防衛大臣の背中を、魔王様はじっと見つめます。
何度も「やっぱりやめた」と言おうとして、しかしついにその言葉は出せないまま防衛大臣は部屋を出て行きました。
* * * * *
防衛大臣が玉座の間に戻って来た時、彼は一人だけに見えました。
「防衛大臣よ、さっさと次の四天王候補を連れてまいれ」
「魔王様、既に最後の候補者はここに控えております」
「何!?」
防衛大臣の言葉に、魔王様は慌てて周囲を探ります。
幽霊か忍者かわかりませんが、魔王様の魔眼をもってしてもその姿をとらえる事ができません。
「ほほう、どうやら最後は中々の実力者の様だな」
「それはもう、何しろ魔王様にもつい先日、実力を認めて頂きましたからな」
「つい先日?」
魔王様が直接会う事のある者など限られています。
その中には透明人間や忍者はおらず、そして最近実力を認めたと言われて思いつくのはただ一人。
「おい、まさか……」
「はい、そのまさかでございます。この防衛大臣めが最後の一人となり、四天王の筆頭として彼女達を率いていきましょう」
そう言って笑う防衛大臣に、魔王様は頭を抱えました。
「防衛大臣よ、その時も言ったはずだが、そなたは四天王になるには見た目が愛らし過ぎるのだ」
「ほほう? ですが他の四天王とて、イワコも含めて強そうな見た目ではありませんが?」
「はっ!? そういえば!?」
ゴブリーンはただのゴブリン、グラノーラは人間の美少女です。
イワコの見た目は強そうと言うよりも恐ろしいと呼ぶべきものです。そして真の姿を晒すのは敵と戦う時だけであり、普段は黒尽くめのリッチでしかありません。
見た目がラブリーだからと言う理由では、もう防衛大臣の四天王入りを反対する理由にはならないのです。
「それに魔王様、他の四天王は曲者揃いではありますが、単純な戦闘能力には乏しい者ばかりです。四人目にはどうしても戦闘要員として純粋な強者を入れなければなりませんが、実力のある者はみな既に将軍職についております」
「ぬう!? し、しかしだな、貴様は防衛大臣として忙しいだろう。これ以上貴様の負担が増えるのも――」
「いえいえ、お気遣いには感謝しますが、その点も全く問題ないのです」
防衛大臣は満面の笑みを浮かべて答えます。
「四天王達が仕事のない時は、わたくしめの書類整理をお願いすることになっています。ゴブリーンはもとより文官でございますし、グラノーラ王女は英才教育を受けた人間、イワコも口下手ですが魔術を扱える程度には賢く、みな申し分無い人材ですから」
「なっ、……防衛大臣! 貴様、計ったな!?」
なんという事でしょうか。
四天王として集められた他の三人は、初めから防衛大臣の秘書や副官として使えそうな人材だったのです。彼女達は魔王様の仕事を減らしてくれる存在ではなく、防衛大臣の仕事を減らしてくれる存在だったのでした。
そして魔王様は、気づけば防衛大臣にチェックメイトをかけられたのです。
「さぁ魔王様、それでは四天王専用の司令室へと参り、我ら四天王と共に作戦を立てましょうぞ!」
「い、嫌だぁ! 働きたくないぃ!」
必死の抵抗をみせる魔王様ですが、防衛大臣の怪力にあえなく引きずられてしまいます。
残念ながら第一形態の姿では、防衛大臣には勝てないのでした。
その後四天王(と魔王様)の凄まじい活躍により、魔王国は世界征服を瞬く間に遂げる事になるのですが――
――それはまた別のお話。
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