ドリームボックス

 子猫の段ボール箱がなくなったその次の日の朝、カラスがやってきました。


 その日はゴミの収集日で、生ゴミの袋がいくつも出されていました。

 カラスは、ゴミ袋をあさろうとして、ふと、落ち葉のわたしに気がつきました。


「昨日の子猫が、どこに連れて行かれたのか、知っているかい?」


 カラスは、わたしに、たずねました。

 わたしは、おばあさんが携帯電話をかけるのを聞いていたので、もちろん知っていました。

 でも、子猫をおそうようなカラスに返事はしたくありませんでした。それに、木の葉になってからも落ち葉になってからも、子犬だった時と同じくらい、わたしはカラスがきらいでした。


 だけど、カラスは、わたしの気持ちに、おかまいなしに言いました。


「街のはずれの恐い箱があるところさ。その箱は、ドリームボックスっていう、ステンレスの箱なんだ。何がドリームなもんか。その箱の中に入れられたら、犬も猫も、息が詰まって泣きながら死んじまうんだぜ。もちろん、おれら、鳥だってな。もっとも、おまえさんのような落ち葉なら、平気だろうが」


 カラスは「カア、カア」と笑いました。


 わたしは、鳥のようにつばさがないのがくやしくてたまりませんでした。

 翼があれば、すぐにでも、このカラスの前から飛び立ち、山の中の目印の木に帰ることができるのに。

 そして、迎えの車を、待つことができるのに。


 もしかしたら、わたしがこうしている間にも、目印の木に迎えの車が来ているかもしれない。おとうさんが、わたしを探しているかもしれない。なのに……。

 わたしは、このカラスが、そのドリームボックスに入れられてしまえばいいと思いました。


「おまえ、今、人間みたいに、ひどいことを考えただろう?」


 カラスは、わたしの心を読んだみたいに言いました。


「おまえは、何も、わかっちゃいないな」


わかっていないのは、カラスのほうです。

 捨てられた子猫をエサにしようとしたくせに、えらそうな口を聞くカラスになんか、何がわかるというのでしょう。

 わたしのことだって、せいぜい、わたしが山から飛んできた落ち葉だということくらいしかわかっていません。わたしの気持ちなんて、わかるはずなどありません。


 カラスは、じっとわたしを見てから、言いました。


「おれらだって、生きているんだよ。ただ、ここで、生きているだけさ。生きていれば、はらだってへる。ひなだって、育てなきゃならない。家族や仲間だっている。食べ物や寝る所がいるんだ」


 わたしは、返す言葉がありませんでした。


「 あの子猫だって、そうだろ。生まれてきて、生きているだけだ。ただ、生きているだけなのにさ。 それなのに、人間のつごうで、捨てられたり、じゃまにされたり、追い払われたり、あげくにはドリームボックスに入れられたりしちまうんだ」


 わたしは心の中で、思いました。

「わたしのおとうさんとおかあさんのように、動物をかわいがってくれる人間だっている」


 カラスは、しみじみと、また、わたしを見ました。


「 おまえ、ほんとうに、そう思っているのか?おまえが、一番、人間の身勝手さを知っているんじゃないのか? 人間は自分のつごうが悪くなると、すぐにポイってことは、おまえが一番、知っているんじゃないのか?」


 わたしは、ドキッとしました。

 まさか、このカラスが、山の中にいたあのカラスなのでしょうか。わたしが落ち葉になる前、小犬だった時のことを見ていたカラスなのでしょうか。


「 身勝手な人間がすることはな」カラスは、言いました。「おれらだけじゃない、同じ人間の仲間も苦しめているんだぜ。おれらの苦しみを、そのまま、人間の仲間に丸投げしてるんだ。自分の目の前から消えてしまえば、それでよし。それから、あとは優しくて親切な人間がどうにかしてくれると思っているんだぜ。その上にな、その優しくて親切な人間が、自分の思ったようにどうにかしてくれないと、責めたり怒ったりもするんだ。どこまでいっても、身勝手な人間は、身勝手なのさ」


 わたしには、カラスの言っていることが、わかりませんでした。

 でも、わたしは、あの日、『優しい人に拾ってもらえればいいね』と言ったおかあさんの声を思い出さずには、いられませんでした。


「おまえを子猫のところに連れて行ってやるよ。そこで、じっくりと、おれの言ったことを考えれてみればいいさ」


 カラスは、わたしをくわえると、飛び立ちました。


 わたしは良い機会だと思い、カラスに、山の中の目印の木までわたしを運んでくれるように、たのみました。


「まだ、そんなことを言っているのか!」


 カラスは、すっかり、わたしに腹を立てたようでした。

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