第二十七話 因果は廻る
私が妙椿の元で監禁されてから日が経ち、千里眼の能力によっていくつかの夢を見た。その中でも信乃達が出てくる夢にて、思いがけない事実を知る事となる。
「……」
小文吾が営む古那屋にて、信乃はいてもたってもいられない状態となっていた。
「信乃さん!」
「荘助…」
床に座ったまま黙り込んでいた信乃の元に、荘助が入ってくる。
「…やはり、心配…ですよね」
「ああ…」
2人は遠くを見つめながら、不意に呟く。
「もとはと言えば、某があの
「信乃さん…」
彼は、狭子が攫われた原因は己にあるのだと、自身を責める。
例え相手が“鬼”という人間より遥かに強い存在といえども、守ることができなかった事が何より悔しいのかもしれない。荘助も、義兄弟である彼に対して、どう声をかけたらいいのかわからず、戸惑っていた。
「…少し良いか」
「道節…」
信乃と荘助のいる部屋に、道節が入ってくる。
「道節殿、
荘助の問いかけに、道節は首を横に振るう。
「だが、慌てるな。人との交わりが進んだとはいえ、あれもれっきとした鬼族の忍。必ずや、狭の居所を探し当てるであろう…。今は兎に角、朗報を待つのだ」
道節は、2人に向かって静かに諭す。
複雑そうな
「斯様な時に…かもしれんが、信乃。お主に話がある」
「某に…?」
道節の思いがけない台詞に、信乃はきょとんとする。
少しの間だけ考え込んだ後、道節は、その重たくなった唇を開く。
「話というのは…お主が申していた亡き許嫁・浜路の事だ」
「…浜路の?」
間で話を聞いていた荘助も、何の話をするのかという思いを抱いていた。
「実はその娘…わしの腹違いの妹だったのじゃ」
「えっ…!?」
信乃と荘助は、目を丸くして驚く。
一方で、道節の話は続く。
「うむ。
「どういう意味でしょうか?」
驚きを隠せない荘助は、不思議そうな
その後、彼は毛野から預かった私のお守り刀を床に置く。
「…それが、この牡丹花の紋章があるこれと全く同じ代物だったのだ。妹の死後、旅の途中で蒼い光を放って消えてしまっていたが…」
「蒼い光…!?」
二人は、またもや驚く。
それもそのはず…この時代の人が、蒼い光を見かけるなんてことはまずない。信乃はなぜ、そのお守り刀が光ったのだろうかと問いかける。
「…それはわからん。だが、その際に“本来の持ち主”の元へ刀が戻ったという事であろう」
「“本来の持ち主”…?」
「…左様。ご出家が申されていた、狭…浜路姫は産まれて間もない頃、鷹に攫われたという話を覚えているだろう…?」
「あぁ」
道節は、私の名前をもう一つの名に言い直しながら、話を続ける。
「姫を抱えた鷹は、どういうわけか“先の世”へと辿りついてしまう…。おそらく、その前にお守り刀が地に落ちたのであろう…」
「そういえば…浜路はあの刀を、邸の近くで拾ったと申していた…!」
道節の語りに、“もう一人の浜路”が言っていた事を思いだす信乃。
「成程…。“本来の持ち主”である狭子殿がこの戦国の世に戻ってくるのを、刀は浜路様の側で待っていた…という事ですね。…不思議なものです」
頷きながら、荘助が呟く。
その後、3人は黙り込んでしまう。すると、視界が少しずつねじ曲がり、薄れていく。それは、夢の終わりを指していた――――――――
だから、牙静に最初襲われた時以降…あのお守り刀が手元にあったんだな…
古い寺の柱に座り込んでいた私は、ふとそんな事を考えていた。また、これは“浜路姫”としての知識なのか…里見家の紋章である牡丹花は、獅子を押さえつける霊力を持つと信じられ、家紋とされている事を思いだす。
「あそこで刀を手放してしまったから…なのかもな」
私は、ポツリと独り言を呟く。
いくら窮地に立たされた毛野を救うためだったとはいえ、一時でも刀を手放してしまった。鈴茂林で、敵に捕らえられる前後の事を思い出しながら、私はため息をついていた。
「…まもなく、犬共がここに乗り込んでくるであろうな」
「え…?」
それから数時間後、私の側に現れた妙椿が呟く。
私の表情が一変すると、 不気味な笑みを見せる妙椿。
「昨晩、犬共の忍が、この周囲をうろついていたようじゃ…。おそらく、そなたを奪い返すために偵察をしておったのじゃろうて」
「…!!」
彼女の台詞を聞いた途端、改めて自分が囚われの身である事を実感する。
そうだ…。今は兎に角、ここから抜け出して、
とりあえず、自分の事は後回しにしようと考えた狭子は、妙椿が違う所を見ている隙に周囲を観察し始める。人気のない寺の中。その静けさゆえに、水のしたたる音もよく響いている。また、甘く見られているのか、ここ数日おとなしくしていたからなのか…縛られているのは腕だけで、身体は柱にくくりつけられていなかった。そのため、立ち上がろうと思えば自力で立ち上がれる。
どうやら今…素藤や、彼の手下はいないみたいね。…という事は、ここにいるのは私と妙椿だけ…
周囲を観察する私は、この
その後、私は今思いつく考えをたくさん巡らせた後、重たくなった唇を開く。
「…あの」
「なんじゃ」
私が声をかけると、尼僧の鋭い眼差しが自分に向けられる。
それに圧倒されつつも、つばをゴクリと飲み込んだ私は口を開く。
「貴女、“因果応報”の意味って知っている?」
「…“いんがおうほう”…?」
「…一応、仏教用語だから、尼僧たる貴女ならば、知っているかと思っていたけど…」
私は、少し嫌味っぽい口調で話し出す。
それを聞いた妙椿の表情が、少し曇り始める。
「まぁ、それはさておき…。この言葉は、人の行い…所業の善悪に応じて、必ずその報いが現れる事を意味するの。特に、悪い報いに使われることが多いのよね!」
「…何が申したいのじゃ」
すると、妙椿の表情が次第に深刻な
しかし、それは作戦の一つであった。その後、私は、ありったけの力を込めて言い放つ。
「古賀公方と関東管領を和睦させて、里見を大軍で攻め滅ぼすつもりでしょうけど…そんな事はさせない。…いえ、むしろその野望は消えてなくなるのよ…!」
「何…!?」
「“悪い事をすれば、必ずその報いが返ってくる”。…伏姫様が生んだ犬士達が、その戦を必ず止める…。これは、予言なんかじゃない…事実よ!!」
「!!!」
私は、敵に向かって強い啖呵を切る。
それを面と向かって言われた妙椿は、一瞬ひるむ。顔はひきつっているが、冷静になろうと怒りを抑えながら、私の目の前に座り込む。
「…活きの良い娘じゃ。…だが、そなたがここにいる以上、今の事態は変わらぬ。あやつらが安房国を攻め、里見は必ずや滅ぼす」
「…貴女…私が、何もできない
怒りを抑えるのに精いっぱいで、全身ががら空きの妙椿。
今だ…!!
「今がチャンス」と内心で思った私はその直後、勘付かれないように少しずつ伸ばしていた左足を、勢いよく振り上げる。
斜めに上がった私の左足は、顔面より多少それて、妙椿の顎に激突する。
「ぐっ!!?」
思わぬ一撃に、妙椿は顔をしかめる。
偶然の賜物だが、顎に一撃が入った事で、それが全身の軽い麻痺に繋がったのである。
「っ…!!」
私は、相手がひるんでいる内に、背中を柱にくっつけたまま、両足を使ってうまく立ち上がる。
腕を縛られているためにそれは容易ではなかったが、何とか立ち上がれた私は、寺の入口へと走り出す。
「く…小娘がっ…!」
私の背後で、妙椿が苦しそうな声を出している。
今は兎に角…逃げる事だけを考えなきゃ…!!
彼女の台詞など全く耳に入っていない私は、その一心で暗い寺の入口へ向かって走り出す。
「わっ!!?」
しかし、あともう少しで入口の扉という距離で、私は突然立ち止まる。
それは、自分の目の前に何かが現れた事による反射的な行動であった。
「一人で何処へ行くつもりかな…?里見の姫さんよ!」
「あんたは…!」
私の目の前に突如現れたのは、以前に白井で私に襲いかかってきた蟇田素藤の忍・
その鋭い眼差しに、一瞬だけ戸惑う狭子。しかし、「絶対に信乃達の元へ戻る」と強く誓っていた私は、彼の言葉に耳ひとつ貸さず、声を張り上げる。
「どきなさいよ!!!」
そう叫んだのと同時に、私は右足を振り上げ、相手に一発の蹴りをお見舞いする。
当たった!!?
その後、何か堅い感触を感じたため、鬼である狩辞下に攻撃が通じたのかと目で確認しようとする。しかし―――――――――
「…へぇ。なかなかいい蹴りしているじゃねぇか…!」
「っ…!!」
私はこの時、鬼の力を目の当たりにする。
必殺の一撃と思っていた私の蹴りは、狩辞下の左手首によって、いとも簡単に止められていた。どんなに足に力を入れようとも、それ以上進ませてくれない。
何よ…この馬鹿力…!!
内心ではそう思いつつも、一撃を加えられない事を悟った私は足を即座に戻し、この男を避けて逃げ出そうとする。
「全く…往生際の悪ぃ女…」
敵とすれ違う際、狩辞下がため息交じりでポツリと呟く。
「ぐっ…!!」
その後、何が起きたのか全く目で追えなかったが――――――気が付くと、私は首を絞められ、身体が宙に浮いていた。
「…ったく。あんたさえおとなしくしていてくれれば、俺らも手を出したりしねぇのに…」
「うっ…ぁ…!」
首を絞められ、苦しむ中…眼下から鬼の呟きが聞こえる。
彼は手加減をしているのであろうが、このまま殺されてしまうくらい、首に込められている力が強い。
「素藤の野郎に“傷をつけるな”と念押しをされてはいるが…その
この時、私は直に確認する事はできなかったが、苦しむ私の表情を見た狩辞下の表情は、狂気の笑みに満ちていたのである。
「その娘は、人質じゃ。…間違っても
すると、後ろの方から妙椿の声が響いてくる。
「…へいへい」
面倒くさそうな口調で答えた蒼血鬼は、絞めていた手を放し、私の身体は地面に放り出された。
「ゲホッ…ゴホッゴホッ…!!」
首を絞められていた私は、地面で咳をしながら彼らを見上げようとする。
相手の強い力で絞められていたため、首筋の一部が赤くなっていた。
「一応言っておくが…俺たち鬼にしてみれば、お前のような小娘…。簡単に殺せるって事を、覚えておくんだな…!」
狩辞下は私を見下ろし、ニヤニヤしながら告げる。
私はそれを聞いた途端、全身に鳥肌が立つ。
「っ…!?」
それとほぼ同時に、私の頭の中に何かが走っている映像が入ってくる。
呆けた表情で、その場に座り続ける私を見た彼らは、不思議そうに首を傾げる。そんな彼らをよそに、私の頭の中には千里眼の
そこには、馬に乗って森を駆け抜ける人の姿がある。蒼色の小袖を身にまとい、長い髪がポニーテールのように吊り上げて結ってある。後ろ姿だけではわからないが、この人物が男であるのは服装から理解できた。
誰…?
私はふと、その人物が何者かと考える。
一方、逃げ出そうとした私を柱に縛り付けようとしたのか…狩辞下の大きな手が私に伸びる。
「なっ…!!?」
すると、突然…爆発でもしたかのような音が響き、入口の扉が崩れる。
その光景を目にした私達は、全員が驚きの表情を見せていた。鬼は、私に伸ばしていた手を止め、後ろを振り返る。
「…?」
薄暗い寺の入口から、一人の人物が現れる。
驚きの余り、私は目を見開いたまま全身が硬直していた。
私達の目の前に現れたのは――――――浅葱色の小袖を身にまとい、私くらいの背丈である少年だった。そう…彼こそ、後に最後の犬士だと判明する“仁”の玉を持つ犬士・犬江親兵衛だったのである。
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