第八話 語られる、八犬士誕生と不思議な縁

 信乃の病も無事治り、眠りについていた私は…不思議な夢を見ていた。といっても、鷹に身体を掴まれて空を飛んでいる―――――――そんな突拍子もない夢であったが…


「…狭…?」

重たくなった瞼を開くと…頭上には、信乃の姿があった。

「あ…」

彼の元気な表情を見た途端、ここは夢ではない…現実である事を理解する。

ゆっくりと身を起こした私に、彼は深々と頭を下げる。

「信乃…?」

私は頭にまだ霧がかかったような状態でも、信乃の行為に少しだけ驚いた。

そして、頭を上げた後に彼は口を開く。

「このたびは、誠にかたじけない…!!某が命を取り留めた事…全て、見八けんはちや小文吾から聞いた…!」

「…そっか…。いろいろと、ありがとう…」

「こちらこそ…だな」

私は“見八”という聞き慣れない名前に、一瞬だけ戸惑う。

そして、狭子と信乃は互いの無事を確かめあい、礼を述べたのである。

「あ…」

「…!!」

気が付くと――――私の両手を包み込むようにして、信乃が手を握っていた。

「す…すまん…!!つい…手が…!!」

「あ…。いや…」

信乃は私の手を握っている事に気が付いていなかったようで、慌てて自分の手を放す。

私も気が付いた途端、何故か心臓の鼓動が強く鳴っていた。2人して頬が赤くなり、気まずい雰囲気になり始めた時だった。


「…狭殿」

「丶大様…!」

その後、襖の奥から丶大法師と一緒に、小文吾や現八が中に入ってきた。

「おお…お主も目が覚めたか…!」

「…これで、皆が揃ったな…」

明るい笑顔で迎えてくれる小文吾に対し、相変わらず無愛想な現八。

一言呟いたのに、全くこちらを見ていなかったからであった。

犬士と丶大法師――――――八犬伝の主要人物というすごい面子に、私は囲まれていたのだ。

「…丶大殿。狭も目覚めた事だし…貴方が俺らにしたい話というのを聞かせてもらえぬか?」

私の隣に座る信乃が、真剣な表情をしながら法師様を見上げる。

その光景を見て、頷く小文吾と現八。

「えっと…?」

事の成り行きがよくわからない私は、一人だけ首を傾げていた。

すると法師様は、その場にいる全員を見つめながら口を開く。

「…拙者が旅の坊主になり、現在いまに至るまで…狭殿の事も含め、こちらの方々にお話ししようと思いましてな…」

その語り部のような口調を聞いて、私は何を話そうとするのかが大体想像できるようになる。

 そっか…ここで丶大様は…

そんな事を考えながら、私は法師様を見つめる。

私を取り囲むようにして座った彼らは、丶大法師の話に耳を傾ける。

「貴方がた3人が持つ牡丹の痣…。それは、里見家の紋章」

「里見って…安房の…?」

「…左様」

法師様の話に、現八が目を丸くしながら問いかける。

信乃や小文吾も、彼のように驚いた顔をしていた。

すると、信乃の胸元が蒼く光り始める。

「えっ…!?」

その光景を間近で見ていた私は、目を丸くする。

「まただ…」

信乃がそう呟くと、懐に入っていた水晶のような玉を取り出す。

蒼い光を放っていたそれには、「孝」の字が浮き出ていた。

「犬士の証…!!」

「…“犬士”…じゃと?」

犬士の証といえる文字の浮き出る玉を見た私は、思わず“犬士”という言葉を口にする。

すると、そんな私の台詞に対し、小文吾が反応していた。

この台詞にも全く動じず、法師様は話を続ける。

「狭殿の申される通り…。貴方がたは、拙者がずっと探し続けていた者達…。伏姫が生み出した、希望の犬士達なのです…!」

「犬士…」

その言葉を呟く信乃の側で、丶大法師は全ての始まりを語り始める。



 今から10数年ほど昔――――――――――悪政を尽くしていた領主・山下定包やましたさだかねが、結城合戦の名将・里見義実さとみよしざねに討たれ、その妻であった玉梓は捕えられる。

義実は一度は「助ける」と言ったものの、結局その言葉は覆してしまい、玉梓は「里見を呪う」と言い遺して処刑された。

「そんな…!」

これが八犬伝の話の一部であることは知っていたが、法師様の口から改めて聞くと、より現実性が高いと私は感じていた。

同時に、そんな確証のない言葉一つで殺されてしまうなんて…後に敵となるとはいえ、玉梓が哀れに感じ始めていた。

 そして、玉梓の死後――――――真っ黒な雲が立ち込め、陽の光がささない国へと変貌する安房国。それに追い討ちをかけるかのように、隣国の裏切りや様々な悲劇が里見家を襲う。

そして、法師様の語りは…伏姫が身の潔白を示すため、自らのお守り刀で腹を刺す所まで進む。

「姫が小刀を突き刺した直後…その御身から蒼い光が放たれたのです。それにより、怨霊の姿をした玉梓が消え去った…。姫は自らの命と引き換えに、里見家を守ったのです…!」

そう語る法師様の表情は…今にも泣きそうで、それでいて真剣な表情をしていた。

 これが、あの時見た夢の内容…

法師様や信乃達を見つめながら…私は、この八犬伝の世界にくる前夜に見た夢を思い出していた。


「争いのない時代が…きっと…来る…!だか…ら…」

「姫…?」

法師様の語りと共に…私の頭の中には、当時の映像らしき物が流れ込んできていた。

自らの腹に刀を突き刺した里見の姫は、一人の男性の腕の中で、必死に伝えたい言葉を絞り出していた。

「争いのない時代がきっと来る」―――――――そう言い遺し、伏姫はその場で息を引き取ったのだ。

「姫―――――――――!!!!!!」

目の前で許嫁を失った法師様――――当時は金砲大輔かなまりだいすけと名乗っていた武士もののふは、悲しさの余り泣き叫ぶ。

その叫びが富山中に響き渡るのである。

すると…姫の側に落ちていた数珠が、いつの間にか紐から外れていた。そして、その玉一つ一つが蒼い光に包まれている。


「その時…わたしは見たのです」

法師様がその台詞を口にすると、私は我に返る。

気が付くと、坊主姿をした法師様と…信乃達の姿が見える。

 最近、こういう変な現象が頻繁に起きているような…?

自分の身に何が起こっているかわからなかったが、今はそれを考えるどころではなかった。再び私は、法師様の話に耳を傾ける。

「蒼き光…すなわち、伏姫の魂に包まれた玉…。8つの文字が刻まれたそれらが、空高く舞い、四方八方に散っていくのを…!」

「成程…。この玉には、そんな所以ゆえんがあったのか…」

そう呟きながら、信乃は自身が持つ“孝”の字が浮かび上がる玉を見つめていた。

彼の台詞に頷いた法師様は、再び話し始める。

「…そして拙者は出家をし…その8つの玉を探す旅に出たのです…」

「そして…私と出逢った…?」

「…左様」

私の問いかけを聞いた法師様は、穏やかな表情で答えてくれた。

「里美義実様は、貴方がた3人を召抱える事を望まれている…」

「お…俺たちを…!!?」

法師様の意外なことばに対し、小文吾は驚きを隠せない。

「貴方がたが、里見を救う事のできる…唯一の存在なのです…!」

そう口にした法師様は、3人の犬士達に対して、頭を深々と下げる。

「どうか…拙者と安房に、お力添えを…!!!」

頭を下げているため、表情は見えなかったが…声の震え方を聴く限りでは、かなり真剣であることが私にも理解できた。

3人の犬士が黙り込む中、私は彼らがどんな答えを出すのか…気になって仕方がなかった。

幾何かの時を、沈黙が駆け抜ける。

「その前に…」

「…?」

その沈黙を破ったのは、信乃だった。

彼は法師様を正面から見つめ、口を開く。

「安房へ参る前に…。某の故郷に、もう一人…“義”の玉を持つ男がおります」

「おお…!」

信乃の台詞ことばを聞いた法師様の笑顔が明るくなる。

 彼の故郷は、武蔵国にある大塚村。という事は…

私は信乃と法師様の両方を見ながら、会話を聞いていた。

「その者は、犬川荘助義任いぬかわそうすけよしとうと申しまする…」

「犬…」

信乃の言葉を聞いていた沼藺ぬいは、犬の姓を持つ彼らの事を考えていた。


「おい…」

見八けんはち殿…。如何された?」

信乃の次に口を開いたのは、現八だった。

すると、彼は私の方を見て言う。

「わしらが宿命を持つ犬士である事はようわかった…。しかし、我らを探していたご出家が何故、斯様な小娘を連れていたのか…。それをまだ聞いていないな」

「あ…」

現八の視線に、私は体を震わせる。

伏姫と犬士かれらえにしについて聞いていた狭子は、ここで自分の事が話に出てくるとは全く思っていなかったからだ。

「確かに…。女子おなごの身でありながら、俺らのような格好をしているし…」

「ああ。狭はな…」

「…ストップ!」

小文吾が私をまじまじと見ながら呟き、信乃は彼の問いに答えようとした瞬間…私はそんな彼を制止する。

 …思わず英語を口にしてしまったが、考えてみればこんな言葉が通じるはずもないよね…

言った側から、冷や汗をかく私。

 とりあえず、それはさておき…

その場で深呼吸した私は、口を開いた。

「法師様の話の後に、こんな話を聞いて信じられないかもしれないけど…」

 その後、私は自分が今から500年以上先の世界から来た事。そして、法師様が私を連れて行く事が八犬士を探す手がかりになるというお告げを受けた事などを話した。

また、信乃は円塚山まるつかやまで私と出会い、古賀までの旅路を共にしたと現八と小文吾に話した。2人は信じられないような表情かおをしていたが…信乃の話を聞いて、信じてくれるようになる。

「それと…狭殿の存在も…貴方がた犬士の縁と関わりがあるような気がするのです」

「え…?」

法師様の言葉に、その場にいる全員が驚く。

「狭殿。…シャー…ペン?とやらを出して戴けないか?」

「あ…はい!」

法師様にそう促された私は、自分の風呂敷に入っている高校の制服のポケットに手を突っ込んだ。

「あれ…?」

制服のポケットに手を突っ込んだ時…普段は入れたままである生徒手帳が見当たらなかった。

 …とりあえず、今はいいか

そう思った私は、ポケットに入ったシャーペンを取り出す。その後、シャーペンを法師様に手渡した。

シャーペンを手にした法師様は、沼藺さんから受け取った紙に私の名前を書き込む。

「先日、狭殿の名が漢字で如何にして記すかを教えて戴きました。それを思い出した途端、気が付いたのです」

「な…何をだ?」

小文吾の言葉に対し、彼へも視線を向けながら口を開く。

「この“狭”という字にあるこの部分は…獣を意味します。その字の発端は“犬”…」

「せばまる犬…。犬を結びつけるとでも申したいのか…?」

すると、現八が呟き、それを聞いた法師様は頷いた。

彼の呟きは、私の“狭子”という名が犬士の“犬”と関わりがあるのではという事を示していた。

「つまり…俺たちが、この者に出会う事は必然である…と?」

「…それが絶対とは申せませぬ。ただ、これも何かの縁やも…そう思っておるのです」

静かに語る法師様の周囲で、私は信乃や…彼らが持っている文字が刻まれた玉を見つめていた。



 一方…古賀の近くを流れる利根川の側にて、一人の男が月夜を見つめていた。

月の光を浴びて、その男の持つ白髪が輝く。

「…牙静がぜいか」

その男の後ろには、牙静というこげ茶色の髪をし、漆黒の小袖を身にまとった男が立っていた。

「貴方様に、ご報告したい儀がございます」

「ほぉ…」

白髪で少し色黒の男は、茶髪の男の方へ向き直る。

そして、牙静が差し出す手の中にある一つの物を見て目を丸くする。

「これは…!」

「…先日、血を戴いた娘が所持しておりました」

そう言って、手に持っていた物を手渡す。

白髪の男の視界に入ってきたのは――――――――狭子が通う高校の生徒手帳であった。

「…それを目にした時、貴方が以前におっしゃっていた…“先の世から来た少年”の事を思い出しまして」

「…して、その娘は如何した?」

白髪の男は、興味深そうに牙静の話を聞いていた。

すると、牙静は自身の左腕を抑えながら口を開く。

「血を戴いた後、記憶を消して帰しました。しかし、その時に妙な事が…」

「妙…?」

「…わたしが娘の右腕から血を戴いた時…突然、その身体が蒼く光り始めたのです」

牙静の言葉に、腕を組んで考える白髪の男。

「そして、その光が何処いずこから発しているかと…娘の近辺を調べました。そうしたら…」

「何があったのだ?」

「…娘の腰に、牡丹花の紋章が入ったお守り刀があり申した。…どうやら、それが蒼き光を発していた様子」

「蒼き光を放つ娘…か」

「あの時、お前が話していた女みたいだな!蟇田ひきた…!!」

狩辞下りょうじげ…」

会話をしている2人の間に、紺色の髪を持ち、忍びのような格好をした男が割って入ってきた。

狩辞下りょうじげ。…彼らの様子は如何でしたか?」

すると、牙静はこの狩辞下という男に問いかける。

「…ああ。どうやら、連中は4人目の“犬”を迎えに行く展開になりそうだな!」

「ほぉ…」

「しっかし…お前も変わった奴だよなー…!蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじなんて死んだ人間の名を名乗ったり、妙椿みょうちんとかいう尼僧に力を貸したり…」

狩辞下は、白髪の男に向かってそう言い放つ。

すると、この蟇田という男は鋭い視線で彼を睨んだ。

「…まだ言い足りぬ事があるのだろう?そのような話は良いから、申せ」

「ったく…。ああ!でも、今の話を聞いて、面白い事を思いだした!!」

「なんだと…?」

「あの犬共の中に……今、話していた小娘がいたぜ?」

「ほぉ…」

興味深そうに話を聞く素藤は、河の方を歩きながら空を見上げる。

「…一度、うてみるのも良いかもしれぬな」

「さすれば、おそらく…犬士共と鉢合わせになるのでは…?」

「…構わん。暇つぶしは数多の出来事があった方が、面白くなるであろうからな…」

そう呟きながら余裕そうな笑みを出す素藤の手の中には、狭子の生徒手帳と共に、もう一つ同じ生徒手帳ものがある。

その手帳には、「染谷純一」という名前が書かれているのであった――――――――――

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