第四話 ”芳流閣の決闘”と丶大法師
刀と刀のぶつかりあう音が響く。御所内にある
「…まさか、犬同士の喧嘩になるとはな…」
「くっ…!!」
双方がぶつかり合う中、信乃の方が若干押されていた。
彼は、押される刀を落とすようにしてかわし、更なる一撃を覆面の現八に与える。
「ここに現れる前、城の兵共が面白い話を口にしていた…。故に、お主を倒したら確かめに行こうと思っていてな…!」
「…俺には関りのなき事だ!!」
強い日差しに照らされる中、信乃と現八は一歩も引かない雰囲気を作り出している。私には、彼らが何を話しているかは聞こえないが、緊迫した空気の中で対峙しているという事だけはよくわかる。刀がぶつかり合ったり、離れ合ったりを彼らが繰り返していく中、時は少しずつ過ぎていく。
物語で言う、「芳流閣の決闘」―――――逆賊の汚名を着せられた信乃。血路を開くために屋根へ上った彼を捕えるために、牢へ繋がれていた捕り物の名手・犬飼現八が現れ彼と一騎撃ちを繰り広げるという、八犬伝に出てくるエピソードの一つだ。少し離れた場所とはいえ、それを目の当たりにしていた私の心臓は、強く脈打っていたのである。
「もし…」
「ごめんなさい!!今、ちょっと大事な所だから…黙っていて!!!」
2人の決闘を目で追うのに夢中になっていた私は、近くにいたお坊さんが声をかけてきたのに対し、強く言い放つ。
どっちが勝つのかわからないけど…頑張って…!!!
私は無意識の内に、信乃の方を応援していた。
まるで、忍者のように素早い動きで攻防する信乃。動きは遅くとも、確実な一撃を撃ちだしていく現八…。両者、一歩も譲らない状態である。
すると、刀と十手のぶつかり合う音が聞こえた後に、2人は少し距離を取ってその場に立ち止まる。
「もう少し楽しみたかったが…。そろそろ、終いにしようか…」
「…っ…!!」
現八が何か一言呟いたかと思うと、信乃が持つ刀の構えが少し変わる。
決着の…
その後の一閃は、本当なら数秒の出来事であったが…まるで、スローモーションを見ているくらい長く感じられた。
「あ…!!!」
気が付くと、信乃が屋根の端っこの所に転げ落ち、相手はそんな彼の左腕に十手を突き刺していた。しかし、信乃の右手にある刀は、現八の頬の近くで止まっている。
互いが刀を向け合い、あと一撃で倒せそうな状態で静止していた。
ん…?何か、様子がおかしいような…
御所の外から決闘の様子を見ていた私からすると、彼ら2人がその場で静止しているようにしか見えない。
信乃の一撃は、外したのかと思われていた。しかし、現八の覆面が外れて顔が晒されていたことから、彼の一撃は現八の頬を掠めていたと思われる。
「ん…?」
「なっ…!!?」
この時…私は何をしているのかがわからなかったが、当の2人は刀と十手から見え隠れする、あるものが目に入る。それは、信乃の場合は左腕。現八の場合は右の頬先に、それぞれ牡丹花のような形をした痣だった。
「はっ…!!!」
その直後、本当に一瞬の出来事であった。
地面から飛び上がるようにして、左足を素早く宙に浮かせる信乃。その脚は蹴りとなって、現八の右頬に激突する。
そして、その蹴りによってバランスを崩した現八と信乃は、芳流閣の屋根から転落してしまう。
「信乃…!!!」
私が思わず叫んだ直後、2人は真下に流れていた川に落ちる。
「河に落ちたぞ…!!!」
「探せ、探せ!!!」
この時、戦いを見物していた野次馬は騒ぎだし…公方の城にいた兵士達は、河に落ちた賊を探そうと動き始めるのであった――――――
「2人とも…落ちちゃった…」
一連の騒動が収まり、野次馬も退散し始めていたが…私は、これまでの光景が目に焼き付いて、その場からすぐには離れられずに立ち尽くしていた。
普通だったら危ないけど…。彼らは、犬士。ここで死んでしまうなんて
初めて、命のやり取りをする“戦い”を目にした狭子は、冷静になれず、この後の展開が全く読めない状態となる。
「きゃっ…!!」
すると、突然彼女の腕を誰かが掴む。
「ちょ…!!?」
私の腕を掴み、急ぎ足で歩き始めたのは…料理屋で出会い、先ほどまで「芳流閣の決闘」を共に見物していたお坊さんだった。
「…貴女、女子でございましょう?」
「えっ…!!?」
お坊さんが歩きながら、思いがけない台詞を口にする。
…男装しているつもりなのに、バレバレだった…?
内心で焦った私は、戸惑いの表情でいっぱいになる。
「兎に角、ここを離れなくては…少し話しやすい所に移動しましょう…!」
私の腕を掴んだまま、お坊さんはそう呟く。
私は、初対面のはずなのに「この人は悪者じゃない」と、無意識の内に考えていた。しかし、そのように考えた理由も、この後に判明する事となる。
御所の近くを離れた私とお坊さんは、町はずれにある川沿いの道へ到達する。
「さて…。ここなら、誰にも聞かれぬでしょう」
そう口にしたお坊さんは、やっと私の腕を放してくれた。
「あの…貴方は、一体…?」
早歩きをしていたため、軽く息切れしながら私は尋ねる。
すると、お坊さんは少し改まったような表情になって、口を開く。
「拙者、僧名を
「…!!!」
お坊さんは、堂々と自身の名前を名乗る。
その名を聞いた瞬間、私がなぜ「どこかで会った事ある」という感覚を覚えたのかがわかった。
「夢の中に出てきた、お侍さんみたいな人…!!?」
突然思い出したため、つい感じた事をそのまま口に出す。
「夢…?」
「えっと…言っても信じてもらえないかもしれませんが…」
私は、そう呟きながら口をモゴモゴさせる。
それを見かねたお坊さんは、口を開く。
「…構いません。どうぞ、ありのままをお話しください」
「あ…ありがとうございます」
穏やかな口調で語るこの
そして、私は一息してから口を開く。
「…私、貴方が出てくる夢を見たんです。そこでの貴方は…坊主ではなく、
私は、この時代に来る前夜に見た夢の話をした。
…まさか、今目の前にいる人が…あの
夢の内容を語る一方で、私はふとこの不思議な巡り合わせをすごいなと感じていた。
頭の中でいろんな事を考えていると…丶大法師は、その重たくなった口を開く。
「やはり…御仏のお告げは、誠の事でしたようですね…」
「…お告げ…?」
あまり聞きなれない言葉に、私は首をかしげる。
すると、丶大法師は私の顔をまっすぐ見つめてから語りだす。
「…左様。滸我にたどり着く前、拙者の元に御仏のお告げともいえる“声”が、頭の中に響いてきたのです」
「…なんて言っていたの…?」
「…その声の主が言うには…「男に身をやつし、前の世を知る娘こそ、そなたが探し求める者達へと導くであろう」と…」
「“前の世”…?」
その言葉を聞いた時…私は御仏が人間に助言したという事実よりも、その言葉の方が気になって仕方なかった。
…未来の事を“先の世”とか言うらしいから…“前”は過去の世―――――――要は、歴史を知る者って意味かな…?
狭子はこの疑問を丶大法師に問いかけようとしたが、一回聞いただけではわからないだろうと思い、口をつぐんだ。
「…お告げがあったから…私の言葉を信じる…って事?」
「…左様」
この時、仏の力は凄い影響力を与えるのだと実感した。
「…そして、貴女が話した夢は…この丶大が旅に出るきっかけを作った始まりの出来事…」
「…伏姫が犬士を生み出した、あの瞬間を…?」
そう問い返す私に対し、彼は黙って頷く。
「その話は、また後ほど…。こうして、この場に貴女をお連れしたのは…お頼み申したい事があるが故…」
「頼みたい事…?」
その直後、丶大法師は、一息ついた後に口を開く。
その態度は、少し緊張しているようにも見えた。
「誠に勝手な頼みではあるが…拙者にお力を添えてはくれまいか…?この通り…!」
「えええっ…!!?」
一言口にした法師様は、私に向かって深々と頭を下げる。
畏まった態度に、私は軽く困惑する。
「つまり…貴方の旅に、共についてきてほしい…と?」
驚きの余りに、目を丸くする狭子。
丶大法師は、頭を下げたままその場を動こうとしなかった。…それは、暗黙の肯定を指しているようであった。
あの丶大法師に頭を下げられるなんて、思ってもみなかった…。でも…
私はどう答えようかと、頭をフル回転し始める。
具体的には覚えていないけど…この
自分の考えが、絶対に確信できるものだという自信も保障もない―――――が、だからと言ってここで何もしなければ、二度とこんな機会は巡ってこないかもしれない。そう思う音、私の答えはすぐに決まった。
「…わかりました。私で良ければ、お力添えをします…!」
「おお…!」
堂々とした口調で私は答えると、丶大様の表情が明るくなる。
「かたじけない…!」
丶大法師は、まるで己の願いが叶ったかのような表情を見せる。
そして、数秒の沈黙が続いた後に顔を上げて口に開く。
「詳しい話を致したい所ではございますが…もうまもなくで日が暮れます。…歩きながら語ると致しましょう」
「はい…!」
彼の意見に同意した私は、一緒に歩き出そうとする。
「そういえば…」
すると突然、丶大様は何かを思い出したかのように立ち止まる。
「拙者とした事が…大事な事を忘れておりました」
「…何ですか?」
私が問い返すと、法師は少し気まずそうな
「貴女様の名をまだ…お尋ねしておりませんでした…」
「ああ…!」
いろんな話を聞いていたので、自分の名前を名乗るのをすっかり忘れていた。
「えっと…。私は、三木狭子と申します。一応、空手…じゃなかった。柔術?を多少身に着けているので、少しは戦う事ができる…はず。ですが、よろしくお願い致します!」
元気な声で自己紹介する私に、法師様はきょとんとしていた。
しかし、すぐに穏やかな笑顔となって口を開く。
「拙者こそ、長い道中となりましょうが…よろしくお願い申す…」
そうお互いに挨拶をした私と丶大法師は、その場から歩き始める。この出会いによって私は八犬士達を探す旅に加わる事になる。しかし、思いがけない展開がこの後から待ち受けているという事を…私はまだ知らないのであった―――――
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