第三話 途方に暮れる一方で

 「どうしよう…」

信乃と別れた狭子は、一人途方に暮れていた。

 さっき、御所の前まで行ってみたけど…とても中に入れてくれそうな雰囲気じゃなかったもんな…

少し前まで一緒にいた人が、逆賊として追われる立場になってしまう――――――その事実を知っていたはずなのに、思い出せなかった自分に後悔する。

「まてよ…」

その時、私の頭にある考えがよぎる。

 仮にその事を信乃に伝えたとしたら、本来の展開にならない…。つまりは、物語を変えてしまう恐れがあるって事なのかな?

そう考え始めると、私が真実それを伝えられなかったのも、仕方のない事だととれる。

「とにかく、これからどうするのかを考えなきゃね…」

狭子は、信乃にもらった紙切れを持ちながら、行き交う人々を見つめる。

彼女がいるこの場所は御所近くの城下町のため、いろんな人が行き交う。そして、当たり前のように生活をしている。

「戦国…正しくは、室町時代後期…か…」

ポツリと一人で呟く。

私は未だに、「これが夢なんじゃないのか」という想いが残っていた。だから、こんなに呑気でいられるのかもしれない。

 大塚村に行くのもいいけど、また来た道を戻らなくてはいけないし…

狭子は、大きなため息をつく。

あれほど「歴史に関連する場所を訪れたい」と考えていたのに、いざその地に立ってみると、どうすればいいかわからない状況に陥る。

「とりあえずは、動かなくては」と思った瞬間だった。

「ん…?」

行き交う人々がたくさんいる中、一人の人物の顔が狭子の視界に入ってくる。

その人物は、頭が丸刈りで坊主のような顔つきだったが、小太刀を腰に下げ、武士もののふらしい格好をしている。

『もう逝ってしまうのか…!!?』

「あっ・・・!!?」

この瞬間、狭子の頭の中に声が響き、フラッシュバックのように1人の人物像が浮かぶ。

それは、自身が見続けていた夢の中の台詞だった。

「・・・っ!!!」

私は口を開くよりも先に、その場から走り出す。

狭い道を大勢の人が行き交っていたため、人ごみを掻き分けながら狭子は走る。

 夢で見た人と、全く同じ外見だった・・・。もしかして・・・犬士の一人・・・!!?

私は走りながら、現代に帰るには、物語に関連する人々――――――とりわけ、主な登場人物である八犬士の誰かに会えば、どうにかなるのではという考えを持ち始めるのだった。



「・・・見失っちゃった・・・」

夢に出てきた男性を追って走り出したものの、すぐに見失ってしまった。

 やっぱり土地勘がないと、思うように動けないよね・・・

狭子は、辺りを見回しながら考え事をする。

「さて・・・」

どうしようかと考えた瞬間だった。

「誰か、そいつを捕まえてくれー!!!!」

「えっ…!?」

少し離れた場所から、叫び声が聞こえる。

後ろを振り向くと、何かを抱えた男が人ごみを掻き分けて走ってくる。その後ろから、料理人みたいな格好をした中年男性が男を追いかけてくる。

「成程ね…」

この時、どの時代にもこういった事はあるのだなと、私は思った。

 スリか食い逃げかはわからないけど・・・泥棒類は、どの時代でも一緒なんだなー・・・

大きなため息をつく一方、男は狭子の方へと迫ってきていた。

私は、揃えていた右足を横に出す。すると、その足は泥棒の足を引っ掛け、その男は地面に転げ落ちる。

「てめぇ!!何しやがる・・・!!?」

「・・・あんたが、食い逃げするからいけないんじゃない」

「何だとぉー!!?」

私の言葉に逆ギレした男は、拳を握り締めて殴りかかってきた。

しかし、その拳を右手で受け止めた私は、男の股間を思いっきり蹴りつける。

「~~~~~~・・・・・!!!!」

泥棒は、声にならない悲鳴を上げていた。

それもそのはず・・・男だったら、誰もが痛いであろう場所を蹴ったからだ。

 か・・・空手やっていて良かった・・・・・

平然そうな表情かおをしていたが、内心はドキドキの狭子だった。

その後、武装した人達が、泥棒を連れて行ったのである。

「いやー、助かったよ!飯代を踏み倒されるところだったからなー・・・!!」

料理屋の主人が、私の元に来て礼を述べていた。

「お金を払わないで食い逃げする奴って、時々いますもんねー・・・」

そう口にした途端、料理屋の主人が首を傾げているのに気がつく。

 そっか・・・ここじゃ“お金”という言葉は通じないんだった・・・!!

言葉遣いだけでも、平成とこの時代が違うという事を思い知らされる。

戸惑いの表情で黙り込んでいると、料理屋の主人は口調を変えて口を開く。

「盗人を捕まえてくれた礼に、一杯食わせてやるよ・・・!」

「え!?あ、いや・・・」

この時代の食べ物だと、自分が食べられないモノもあるかもしれないと思い、断ろうとしたが、お腹の鳴る音が思いっきり響いてしまう。

「ハハハ・・・。まぁ、“腹が減っちゃあ戦はできん”と言うだろう?銭はいらないから、馳走するよ・・・!」

「ありがとうございます・・・」

私は頬を真っ赤にしながら、返事をした。



「美味しいー・・・」

私は、料理屋の主人の厚意で、おにぎりをご馳走になっていた。

 さっき、主人がお米の話をしていたけど・・・。そういえば、鎌倉時代の後期からうるち米が使われ、元禄まで海苔は使われてないなんて話を聞いたことあるな・・・

私は握り飯を食べながら、ふとそんなことを考える。お腹が空いていたため、食事にありつけたのは嬉しい限りだ。しかし、今後どう動くかは全く進展していないので、狭子の気分は晴れなかった。

「もし・・・」

「え・・・?」

横から声をかけられ、聞こえた方を向く。

振り向くと、そこには僧の格好をした男性が座っていた。

「・・・何か?」

「この紙切れ・・・貴方のではないですか?」

穏やかな口調で話すその男性ひとは、旅の坊さんのようだった。

「あ・・・」

お坊さんの手には、信乃が私にと書いてくれた大塚村への行き方を書いた紙切れが握られていたのである。

「ありがっ・・・・・・・・・かたじけない・・・・・」

咄嗟に言い直して、私はお坊さんから紙切れを受け取る。

 考えてみれば・・・こんな格好をしている以上、男らしく振舞わないと変に思われる・・・かも?

紙切れを受け取った時、何となくそう考えた狭子。

「刀をお持ちでないとは・・・・。もしや、先程逃げた盗人をこらしめたのは・・・」

「あ・・・自分ですね・・・」

お坊さんは自分に声をかけてきたのに対し、私は自分の事だと気がつく。

「見た感じ・・・ご出家、貴方は旅の方ですか・・・?」

そう口にしながら、私はその人を見る。

時代劇や駅前で時折立っているお坊さんと似たような法衣を身につけ、錫杖を持ってはいたが――――所々汚れていた。おそらく、長い距離をその装いで歩いたのだと思われる。

「・・・左様。訳あって、諸国を巡る旅をしております」

この時、初めてこの男性の顔をまともに見る。

 ・・・この男性ひとの顔・・・どこかで見たことあるような・・・?

初対面のはずなのに、どこかで会った事があるような感覚を覚える。

しかし、「お坊さんの顔は皆、同じに見える」と考えていたため、それ以上深くは考えようとしなかった。

気が付くと、そのお坊さんは私の方を見つめていた。少しの間だけ、私たちの間で沈黙が続く。数秒後、私はゴクリとつばを飲んでから口を開く。

「あの…。もしかして、米粒とかついていたりします…?」

恐る恐る尋ねると…呆けていたのか、そのお坊さんは私の声を聞いて我に返る。

「…これは、失礼つかまつりました。いや…貴女の顔が、わたしの亡き許嫁に少々似ておりました次第で…」

「私の顔が…?」

「はい…」

この時、お坊さんは少しばかりか寂しそうな表情をしていた。

本来なら、「お坊さんが恋人を作ってもいいのか」とツッコミを入れたい所だったが…この男性ひとの表情に釘付けとなり、そんなことを考える余裕がなかった。再び、私達の間で沈黙が続く。今度はなんて話し出そうかと、困惑していると――――――――

「…失礼。見ず知らずの方に、斯様な話をしてしまうとは…失礼致した」

「あ…いえ…」

なんだか気まずい空気になったので、私もつい顔を下に向けてしまう。

すると、錫杖の金属部分がぶつかり合う音と共に、お坊さんは立ち上がる。

「…そろそろ、わたしはお暇を致す。呼び止めて失礼致した。…では…」

お坊さんがに向かって軽く会釈した後、御所の方角へと歩き始めようとした時だった。

「おい…俺たちも行ってみようぜ!」

「ああ!!なんでも、御所の屋根に何かいるらしい…!」

そんな事を口にしながら、御所の方へ向かっていく町民の姿がある。

「御所…!!?」

その言葉に、私は強く反応する。

「…御所の方へ向かってみましょう」

驚いている私を見たお坊さんが、騒ぎの起こっている場所へ行こうと突然提案する。

「…はい!!」

断る理由のない私は、即答したのであった。



それから私は、旅の坊さんと一緒に再び御所の近くへ行く。

御所の周囲には高い堀があり、その奥は立派な城が建っている。高くそびえる堀の近くで、町人が何人か集まっていた。

「…何か、あったのでしょうか?」

お坊さんは、近くにいた野次馬の一人に声をかける。

「おお!捕り物だよ、捕り物!ほら…あの屋根の上…!!」

そう答える野次馬の一人の台詞ことばと共に、私は御所の屋根の上を見上げる。

「あっ…!!!」

日差しがあったので、少し見えづらい部分もあったが…狭子の視界に、2人の人物が入ってきた。

一人は覆面をし、片手に十手を持っている。そして、もう一方は…白い大紋を羽織り、髪を一つに結んだ男性―――――――――――それは、円塚山で出会った青年・信乃だった。

 さっき、野次馬の誰かが、「捕り物」って言っていた…。という事は…

「あれが、犬飼現八信道いぬかいげんぱちのぶみち…」

私は、信乃と対峙している覆面の男を目で追いながら、独り言を呟いた。

「 “犬”…!!?」

彼らの戦いに釘づけになっている一方…旅のお坊さんは、私の呟きを聞いて深刻な表情をしながら、考え事をしていたのであった―――――――――

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