■第1話 幼馴染への失態
五月十日月曜日 午後5時 とある病院の一室。
「ごほっごほっ」
「お母さん大丈夫!?」
夕焼けが映える綺麗な町景色とは打って変わって、暗い雰囲気の病室で桜色の長い髪を靡かせた少女は叫ぶ。
「大丈夫よ美奈。たいした病気ではないとお医者様も言っていたから、きっともうすぐ退院出来るわ」
「いつも同じことばかり言って! そういってもうどれだけ入院してると思ってるのよ!」
唯一私に残された家族である母。その母がいなくなってしまったらと考えると、私は泣きながら母に怒鳴ってしまった。
「ごめんね美奈。でもお母さんも退院に向けて頑張っているのは知っているでしょう。それでもお母さんの言葉が信じられない?」
「それは……」
母が頑張って毎日リハビリを行っているのは知っている。しかし、私や母ではどうしようもない壁が存在しているのもまた確かだ。
「分かったわお母さん。私ずっとお母さんが帰ってくるのを待ってるから、絶対また一緒に暮らそうね!」
「うん、約束」
「絶対、絶対だからね!」
私は必死に無理な約束をせがむも、母は優しい笑顔で応えてくれた。無理な約束も、この笑顔で応えられる母が言うのであれば信じて待つことが出来る気がして少し安心する。
「じゃあお母さん、私バイト行ってくるからお母さんも頑張って良くなってね」
「はいはい。柊君にもよろしくね」
手を振る母に背を向け、私は病室を後にした。
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目の前のドアから彼女――桜美奈(さくらみな)が、無理に笑顔を作っているような、そして悲しげな表情で病室出てきた。目は赤くなり、泣いていたことが窺える。
「おばさんどうだった?」
「どうもこうも、いつもどおりよ。私を悲しませまいと無理をしているのが見え見えよ……」
「そうか……」
美奈の母――恭子(きょうこ)さんは、とある出来事で体調を悪くしてからずっと入院している。こんな時くらい気の利いた言葉の一つや二つかけてやるべきだとは思うのだが、俺は美奈に返す言葉が見当たらず立ち尽くしてしまう。
「そういえばお母さんが、柊にもよろしくと言っていたわ」
「おばさんが俺に?」
「昔から知っている仲だし、何気にお母さんは柊のこと気に入っているみたいよ」
「そうか。じゃあまた今度、俺もおばさんのお見舞いに来るよ」
「ええ、きっとお母さんも喜ぶと思うわ」
恭子さんとは、美奈を通じて子供の頃からお世話になっている。そんな自分にでも、出来ることがあるのならしてあげたいと心から思うし、それに恭子さんの件で俺が暗くなって美奈の負担になるわけにはいかない。
「それじゃ、バイトいきましょうか」
「おう!」
俺達は午後6時からバイトがある為、早めにお見舞いを終わらせバイト先へ向かう。病院を出る頃には日は落ち暗くなってきていたが、病室を出た時よりは二人は笑顔を取り戻して明るくなりはじめていた。
「柊、いつもごめんね。どうも私一人でお見舞いに行くと暗くなっちゃっていけないわ」
「そんなの気にするなって! 俺なんてついていっただけで何にもしてないし」
美奈はよく学校帰りに一人で恭子さんのお見舞いに行っているが、最近美奈の元気がないように見えて放っておけず、今回俺は付き添いを申し出た。結局何もしてやれずじまいで残念ではあったが。
「ううん。柊はそうやっていつも明るくいてくれるだけでいいの。それにお母さんだって、私が一人ぼっちじゃないって安心してくれると思うし」
「そうか。それなら俺もついてきたかいがあったかな」
「ふふ、そうね」
「お、やっと笑った」
俺は幼馴染である美奈に笑顔が戻ったことに安堵した。そうこう話している内にアルバイト先のDVDショップ<GEGESAGO>に到着する。
GEGESAGOの入り口をくぐると入店を知らせる効果音が鳴り、レジにいる高砂(たかさご)店長がこちらに気付く。
「ちーっす」
「おはようございます」
いつものように適当に挨拶を行い、レジ裏にあるバックヤードへと入る。俺の適当な挨拶とは裏腹に、美奈はいたって真面目に挨拶を行い、すっかり仕事モードの顔になっていた。
「よう! 能美、桜、二人して今日も仲睦まじい出勤だな!」
俺達の挨拶に対し、店長がいきなりおっさん口調でいやらしいコメントを返してくる。店長はノリが軽く、趣味やノリが合う俺としては楽しいバイト生活を送れていると思う。
「それほどでも~ははは」
「昨夜はお楽しみでしたね、ならぬ放課後もお楽しみでしたねってか~?」
「やっぱ俺等ってそんな風に見えます? はっはっは!」
「…………」
俺は店長のノリに合わせ調子にのってみたのだが、既に仕事モードになっている美奈が俺と店長を軽蔑の眼差しで睨む。仕事に真面目なのは素晴らしいことだが、仕事モードの美奈はあまり冗談が通じない。幼馴染として付き合いの長い俺としては、こうなるとちょっとやりにくい。
「冗談だって美奈、ただの冗談――」
笑ってそう言いながら、バイト用のエプロンを取り出す為に自分のロッカーを開ける。しかしその瞬間――
俺のロッカーから、いやらしい描写が表紙になっている薄い本が数冊床に落ちた。その光景を目の当たりにした美奈の軽蔑の眼差しが、更に強くなる。
「あ、いや、これはその……」
何と言ってごまかそうかと考えるが、言葉が出ない。同じく現場に居合わせた店長も、何も知らない見ていない風な顔をして、全く俺を助けようとはしてくれない。
「変態。当分私の傍に近寄らないでちょうだい」
美奈は無表情で俺に変態と言い捨てた後、さっさと自分のエプロンを着てフロアに出てしまった。不運にもバイト開始からいきなり美奈に軽蔑された俺は、ロッカーに爆弾を仕込んだ犯人に向かって掴み掛かる。
「店長! なんで俺のロッカーにこんなものが入っているんですか!」
こんなブツを持っていて人のロッカーに入れる人物は、どう考えてもこの店には店長しかいなかった。
「なんでってお前がどうしても見たいからと、忘れないようにロッカーに入れておいてくれと頼んだもんだからそこに入れたんじゃないか」
そういえばそうだったかもしれない。しかし、一度掴み掛かってしまったほどのこの気持ちの昂りは、簡単には治まらない。
「入れるにしてももうちょっと考えて入れて下さいよ! こんなの、小学生がドアに挟む黒板消しのようなもんじゃないですか!」
「そういうことは、もうちょっとロッカーの中を綺麗にしてからいうんだな」
掴み掛かられながらも店長は悪びれもなく答える。確かに俺のロッカーの中はエプロンや本、フィギュアやゲーム関係のものなどいろんなものが入っている。というより空いている空間のほうが少ないといって過言ではない。
「このロッカーの荒れ具合、お前は仕事を一体なんだと思ってるんだ?」
「ぐぬぬ……」
店長による正論攻撃で、状況はいつの間にか店長のターン。掴みかかったその手も力強さを無くし、簡単に払い除けられてしまった。
「それになんだぁ? それが人からものを借りる態度か、んん?」
確かに、頼んだのは俺だし借りる立場だろうけど! くそぅ、納得がいかない。
「すいませんでした! 貸していただきありがとうございます!」
半ばやけくそになり、謝罪とお礼の言葉を店長へと投げかけた。
「うむ。崇めていいぞ」
ちくしょう、誰が店長なんか崇めるかっていうんだ。ここに来るまでは美奈と仲良くいけてたのに、こんな不運で軽蔑されちまうのかよ。店長はもとより、神様ってやつまでも恨みたくなるぜ……
「よし、じゃあお前も仕事へ行ってこい」
「へ~い……」
渋々ロッカーの中身を片付け、エプロンを着用しフロアに出る。フロアに出ると、既にレジにいた美奈にはそっぽを向かれ、既に仕事をしている他のスタッフにもからかわれる始末。
「はぁ~。ついてねー」
愚痴をこぼしながら持ち場へと向かう。いつか店長に仕返しをしてやろうと、責任転嫁も甚だしい思いを胸に俺は今日も仕事についた。
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