こんな朝には

星野 驟雨

こんな朝には

 こんな朝には夜が似合う。


 おれは椅子に腰かけて光をにらむ。縁側を境にこちらが影、向こうが光だ。

 否応なしに照らされるすべては逃げ道に影をつくり、己を隠していたようだが、それらはすべてゆらゆらと揺れて儚げであった。こんな時分にわざわざ光の中を歩き己の後ろめたさを露呈せずともよかろうとひねくれた思考を影の中から思ってはみても、それを知りえない奴らだからこそ、そのような愚行をおかすのだとひとり合点してやり過ごす。


 人とは実に夜の生き物である。否、生き物すべてが夜の生き物である。

 我々生き物というのは夜にすべてを曖昧にして潜み、朝に己の影を用意しその中に潜む。出来得る限り象られぬように、何者にもおかされぬように。

 炯々とした瞳で闊歩しているのはあくまでマネキン、傀儡の類でしかない。本当の自分は後ろめたさと本能から影になってしまっている。それがたまらなく人間らしいと思う。

 いつからこんなことを思うようになったか、それはおれが『アレ』に会ってからではないか。


 『アレ』は突然に私の前に現れた。

 仕事などで詰まっていた頃に耐えかねて友人と泥酔したことがある。その帰り道、海沿いの外灯と外灯の狭間、水面に映る月のその隣に『アレ』はいた。

 炯々とこちらを見つめる光。水面に映る割れた月ではない光がぼうっとこちらを見ていた。初めは酔っていて見紛うことはあると思い通り過ぎようとした。

 しかし、それは抑揚のない音で、おい、と呼ぶのだ。気味が悪くなったが、酒の力があってか、ややからかってやろうというような気になった。

 まず聞こえぬふりをして通り過ぎようとする。するとまた呼ぶ声が聞こえる。今度も抑揚のない音だ。

 次に立ち止まって辺りを見回す。水平を保ちながら次の音が来るのを待つ。

 三度目、おい、という声が聞こえ、ようやっと私は下を向く。二つの光がそこから私を見つめている。


「なんだお前は」

「おれは何者でもない。ただお前を知っている」

「悪いが妖怪物の怪、理想偶像の類は間に合ってるんだが」

「どれも当てはまらん、おれはおれだ。便宜上で言うならば”夜”だ」

「ほう、そう来たか。では夜よ、お前は何ゆえ俺に話しかけたんだ」

「お前何かに詰まっているだろう。それこそ大事なことだ」


 その通り、私はこのときプレゼンを控えていた。その重圧に嫌気がさして酒に溺れていた。


「それがどうかしたか」

「それを解決してやろう」

「何を言うかと思えば。素性も知れぬお前ごときに助けられる義理もないね」

「そう言うな。甘言にはのっておけ」

 この言葉が私の何かに火をつけた。


「なら教えてくれよ。どうすればいい」

「共感を重要視しろ。難解な展開はするな、簡潔にまとめろ。頭にイメージが浮かぶようにするんだ」

「なるほどねえ。これまた随分と」


 私はここで腰を下ろした。

 癪ではあったが、夜の言うことにも一理あると思ったからだ。


「それで。それをすればどうなる」

「知らぬ。それはすべてお前次第だ」

「なるほどねえ、これはご高説をどうも」

「いいさ。お前が事を終わらせるときにすべてがわかるだけの話だ」

「いいだろう。なら終わったその日の夜にここにきてやろう」

「勝手にすればいい」


 そう言い残し夜は消えていった。

 私も明日があったので早々に家に帰り眠りについた。

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