オムニシエンスの不在

なかいでけい

オムニシエンスの不在

000 プロローグ

 巨大な崖の淵に座って、私はいつもの様に足をぶらぶらと振っている。

 そうしている間に、歩数計が私の足の動きにあわせて、正確に数字をカウントしていく。


 3298324567891234589

 3298324567891234590

 3298324567891234591


 それは、地球がこの世から消えてなくなったあの日から、私がどれだけ足を動かしたかの回数を示している。

 とても長い時間が経った。

 人類は死を克服した。

 あまり幸せにはなれなかった。


 あの頃の私はどれくらい幸せになりたかったのだろうか。もはや思い出すことは出来ない。結局私は、こうして天王星が地面に開けた大穴の底を覗きこみながら、だれかが背後から何気なく話しかけてきてくれはしないかと、他愛の無い想像をして過ごす、ひとりぼっちの生き物に成り果てた。


「やあ、元気かい」

「なにを見ているんですか」

「こんにちわ」


 自分の口から、自分が聞きたい言葉を放出する。


「もうすぐ何もかもが元に戻るんだって話、知ってるかい」

「もうすぐ何もかもが終わるんだって話、知ってるかい」


 3298324567891255022

 3298324567891255023

 3298324567891255024


 遠くで雷が鳴るのを聞いて、私は立ち上がる。

 起伏の無い無限の地平の彼方で、暗雲がわき上がった。

 ゆっくりと吹き始めた風が、足元の草を揺らして音を鳴らす。

 やがて湿った匂いとともに一段と強い風がやって来た。


 あの日も雷が鳴っていた。

 7月21日。私は雷の音で目を覚ました。

 2028年の夏のあの日。

 世界が終わり始めた日。

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