ホラー短編集

芍薬甘草

クラス転移とか無理なので

 

「お断りします」

「そこをなんとか!」


 うーん、幼女ツインテな魔王様のお願いならともかく、身長二メートル越えのおっさん魔王様に土下座されてもなぁ……

 しかもタキシードだし。何だよタキシードって。

 いや、こっちの世界の正装を調べたんだろうな。誠意を見せようとしくれているんだろうけど――


「いやほんと俺、彼奴らの弱点とか全然知らないんで。異世界そっち行っても役に立ちませんから」

「そんなことはない! 哲秀君が教えてくれたゴキブリ責めは勇者を六人も討ち取った。これは我が軍の軍師にもできなかった快挙だ! 哲秀君は素晴らしい人間だ、もっと自信を持ちたまえ!」


 魔王様が俺の両肩をがっしりと掴んで熱弁する。めちゃくちゃ怖いんだけど、ちょっと嬉しいかな。少なくとも前の担任の言葉よりは胸に響く。

 彼奴はそんな事全然思ってないけど仕事なので言ってますよって感じだし、比べるのも魔王様に失礼なんだけどさ。


「でも弱点って言われても……じゃあ、えっと、そっちの世界ってレベル制なんですよね。勇者達が育つ前に、魔王様や幹部が直々に出撃して叩き潰すのがいいかと」

「いや、それはもうやったが駄目だったんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。人間達の勇者召喚に気づいた時、四天王の一人を送り込んだんだが、あっさり返り討ちにされてしまったんだ。幸いそいつは四天王の中では最弱で、城の近衛兵程度の強さの奴だったから良かったものの……」

「いや、全然良くないですよ? あとそれ、絶対やったら駄目なやつですから」

「やはり不味かったか」

「今からでも、魔王様と残りの四天王三人で出撃してはどうですか?」

「いや、既に残りの四天王は一人だけなんだ」


 おいおい、RPGゲームなら終盤じゃねーか。

 俺はツッコミを入れようとしたが――そこでふと疑問に思った事があり、そちらを口にした。RPGゲームをやった事のある人なら皆が疑問に思う事だ。


「えっと、そもそもなんで近衛兵程度の強さの奴が四天王だったんですか?」


 序盤のボスってなんで弱いんですか?


「あー、引退した前任者の息子でな、押し切られたんだ。さすがに城の中枢の警備は任せられないから、地方の統括に回していたんだが」


 なるほど、いいとこのボンボンなんですね。血筋がいいから防御力は高いけど、訓練はさぼって攻撃力は中途半端になってたんですね。

 確かに序盤のボスって弱い癖に偉そうですもんね。


 長年の疑問が解けた事だし、異世界むこうに行くのは嫌だけど、答えてくれた魔王様の為に少し真面目に考えてみるかな。

 彼奴らにこっちの世界に戻って来られても嫌だからね。藤田にだけは同情するけど。


 ……藤田?


「魔王様、勇者って今迄に誰が死んで、あと誰が残ってるのかってわかりますか?」

「おお! 作戦を授けてくれる気になったか!?」

「ええまあ、俺も彼奴らに虐められてましたし、こっちの世界に戻って来られても嫌ですからね。……それでわかりますか?」

「そうだな、まず人数はある程度わかっている。討ち取った記録のある奴が十人、残りが二十人位だ」

「あれ? ちょっと足りないですね」

「哲秀君の話では三十四人来ているはずだからね。おそらく我々の知らない所で死んだか、もしくは戦わずにどこかでひっそり暮らしているのだろう」


 確かに大川が戦う姿とか想像できないな。

 山口あたりは逃げ出して、異世界漫遊とかしてそうだ。


「その中に藤田美智子って奴、いません?」


「ふむ、ワタリやニシモリは把握しているが……部下に確認してこよう」


 そう言って魔王様の姿が消え――うわ、もう帰ってきた!?


「は、早いですね」

「戻ったら二時間経っていたからね。こちらとは時間の流れが違うらしいな。――なあ、送り返すと約束するから、向こうで話さないか?」

「それはお断りします」


 この短いやり取りの間にも、向こうでは数分は経ってるわけだ。魔王様が時間が勿体無いと思うのもわかるけど、俺は絶対に行きませんので。

 てか、そこまでして俺に相談しなくていいんですよ?


「それでフジタミチコだが、それっぽい奴は見つけたんだが本人かはわからん」

「それっぽい奴?」

「ああ、勇者達が盾代わりにしている奴隷達の中に、ミチコとかミチクソとか呼ばれている黒髪の女奴隷がいてな。防御力が高くてなかなか倒れない奴なんだが、魔物ぶかより女勇者達に殴られているようで青あざが……」

「あ、間違いなくそいつです。なんとかして保護してください。多分仲間になってくれますから」


 おいおい、こっちにいた頃よりだいぶ酷い目にあってるんじゃないか?

 確かに藤田は鈍臭いからなぁ。俺みたいに授業が終わり次第家に帰れば良かったのに、藤田はモタモタしていじめっ子達に捕まり――そしてクラス転移に巻き込まれていった。


「あれも、勇者だったのか。なるほど、だとすれば確かに……」


 魔王様の目から見ても、思うところがあるらしいな。


「まあ、仲間にできなかったらこっちの世界に送り返すだけでも良いのでは? 敵軍の戦力低下にはなるでしょうから」

「わかった。すぐに救出部隊を編成しよう」


 …………捕獲部隊じゃなくて救出部隊なんですね。無事だといいけど。


 そのほかにもゾンビなど臭くて気持ち悪い魔物を多用する事、砦には魔物は最小限にして即死トラップをふんだんに仕掛ける事などのアドバイスをして、その日魔王様は帰っていった。

 お礼にって金貨貰ったけど、換金できるのかこれ?




 二日後、藤田美智子はこちらの世界に帰ってきた。


 向こうの世界では一週間位経っているのだろうか? じり貧の魔王様にしては、中々のスピード解決なんじゃないかな。俺の思いつきのせいで無茶してなければいいけど。

 でもこっちに戻って来たって事は、魔王様の部下にはならなかったって事だよね。魔王様に逆恨みで殺されたりしませんように。




 藤田は俺と違って一度は神隠しにあっている為、すぐに学校に来ることはなく病院に搬送された。暫くしたら俺のように別のクラスに編入されるのだろう。


 ――などと思っていたら、三日後警察に呼び出されました。藤田が俺を呼んでるんだってさ。

 藤田は神隠し、というか異世界転移については何も話さず、俺に会いたいとだけ言っているらしい。警察も困っていて、友達の俺になんとか情報を引き出してもらえないかって事だ。

 いや、友達じゃないんだけどね。虐められっ子同士のシンパシー的なものはあるし、少なくともお互いの虐めには関与してないけどさ。一緒にいると被害が二倍になるからお互いに距離とってましたよ。

 会いたいって言われれば会うけれど、藤田は美人ってわけでもないから嬉しくない。



 ………と思っていた時期もあったけど、藤田って意外と可愛いかもしれない。

 異世界では一年近く経っているはずだ。藤田も色々と成長していて、髪も伸びたし胸も大きくなっている。俺を見て微笑む顔が妙に色っぽい。それは彼女が歳をとったからだけではなく、異世界での辛い経験を乗り越えて来たからなのかもしれない。

 魔王様の言っていた青あざ等はどこにもなかったが、魔王軍で治療してもらったのだろうか。

 だとすればそんな善良な魔王様が、逆恨みで俺を殺そうとする事はないか。ないよね?


「ありがとうね哲秀君。……哲秀君って呼んでも良いかな?」

「お、おう!」


 くそう! 藤田相手に声が上ずった!

 ……俺も美智子って呼んでもいいんですよね、この流れは。


「哲秀君、耳貸して」


 そう言って、藤田、美智子は顔を近づけてくる。目の下に少しある隈が、かえって彼女の妖艶さを増しているように思う。

 転移前とは完全に別人なんだけど、いかなる経験が彼女をここまで変貌させたのだろうか。

 そして顔が近い!

 いい匂いがする!


「――魔王様も私も本当に感謝してるよ。だから、安心してね」


 そして耳に息が!

 ……じゃなくて、感謝? 美智子の感謝はわかるけど、魔王様も俺に感謝してるの?

 ゾンビ作戦とか上手くいったのかな?


「えーっと、み、美智子? 感謝って……」

「しー」


 美智子は人差し指を立てて口元に当て、内緒のポーズをとる。

 部屋には俺以外に誰も居ないはずなのだが、もしかしたら警察の盗聴器とかあるかもしれないわけだ。

 それと美智子呼びは問題ないっぽいぜやったね。


 それから俺はこちらの世界での近況報告などたわいもない話をして、病室を後にした。

 また来てくれと警察に頼まれ、免罪符を得た俺は明日もお見舞いに行く。

 ――つもりだった。




 次の日、藤田美智子は病室から消え、二度目の神隠しとして新聞の一面を飾った。


 消えたのは藤田だけではなかった。

 以前クラス転移した連中の、母親が、父親が、兄が、弟が、姉が、妹が、恋人が、幼馴染が、こぞって消えた。前回よりも大規模な神隠しだったからこそ、どこのメディアでもトップニュースとして取り扱っていた。

 俺が編入していたクラスの生徒も何人も消えたし、以前のクラスの担任の先生も消えた。


 当然ながら学校閉鎖になり、街の人通りもぐっと少なくなった。俺の父さんも今日は会社を休んで、怯えている母さんに付き添っている。

 ……そう、うちは俺も家族も無事だった。

 そして他に無事だったのは――藤田の家族くらいだろう。


『――魔王様も私も本当に感謝してるよ。だから、安心してね』


 あれは、こういう意味だったのだろう。やっぱり藤田は魔王の配下になって、そしてこちらの世界に勇者達のを取りに来ただけだったのだ。

 同じ神隠しでも今回は勇者召喚ではなく、魔王軍に人質として攫われたのだろう。


 あの時藤田は、俺には何も手出ししないから安心してと伝えたのだ。

 俺に感謝していたから、俺が怯えなくて済むようにと気づかって。




 その後何年経っても、誰一人として異世界から帰っては来なかった。

 魔王も二度と現れず、俺の部屋に隠してある数枚の金貨だけが、異世界が存在する証拠として残っている。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る