解答編 浪穂の発表・重楠の発表

「最後の唐突なメタ発言にびっくりしたぜ」問題編を読み終わった重楠は、原稿を机に置くと、そう言った。他の二人は皆、すでに読み終わっているようだった。

「それは私もですね。『この小説を読んでいる読者にじゃ』で『んん?』ってなりましたよ」

「それで、シンキングタイムはどれくらいなんだ?」

「そうだね……三十分でどうかな?」

「三十分ね」衣瑠は壁の腕時計を見た。午後四時二十五分を指している。

「じゃ、今から測るから。よーい、スタート!」恵理はそう言ってスマートホンの画面をタップした。「あ、ちなみにヒントを言っておくと、サイーダは自殺じゃないからね。れっきとした、殺人だよ」


 ピリリリリ、というアラームが、恵理のスマートホンから鳴り響いた。壁の時計を見る。すでに三十分過ぎていた。

「シンキングタイム、終了。じゃあ次は、推理の発表タイムだけど」彼女は他の三人の顔を見回した。「誰から発表する?」

「じゃあ、私から」浪穂がそう言って、手を挙げた。


   浪穂の発表


「結論から言うと、犯人はわかりませんでした。そこまで推理できませんでした。なので、どんな推理をしたか、を発表させてもらいます。

 本文中には、『サイーダは、張形を他人に見られると自殺する』という描写があります。だから、私は最初、てっきり、張形を誰かに見られたために、自殺したんだ、と考えました。つまり、サイーダが金庫を開けるシーンでの、最後、入ってきたやつに、張形を見られて、それで死んだんだと。

 でも、それは違うんですね。恵理さんがヒントを出したじゃないですか、『サイーダは自殺じゃない、殺人だ』って。ですから、『サイーダが金庫を開けるシーンでの、最後に入ってきたやつ』は、犯人じゃありません。その人には、運よく張形を見られなかったんでしょうね。

 で、私が推理できたのはここまでです。けっきょく、誰がサイーダを殺したのかはわからずじまいです。以上!」

「ありがとう。じゃあ、誰か、浪穂の推理に意見したいことはないかい?」

 恵理は、重楠と衣瑠の顔を交互に見た。彼が手を挙げたので、「じゃあ、重楠君」と言う。

「お前の推理には、大きな間違いがある。『恵理さんがヒントを出したじゃないですか、《サイーダは自殺じゃない、殺人だ》って』と言ったが、イコール、張形を見られていない、ということにはなんねえぞ」

「どういうことですか?」

「そのまんまの意味だよ。日本の法律でもそうなっているんだ、『被害者が自らの意思に基づいて死んだ場合は自殺だが、脅迫などで自殺せざるを得ない状況に追い込み死なせた場合は殺人』って。張形を見られるということは、すなわち、『自殺せざるを得ない状況に追い込まれた』ということだ」

 まあ、それはそうですけど。浪穂はそう呟いた。「じゃあ、何ですか? 『サイーダが金庫を開けるシーンでの、最後に入ってきたやつ』に、張形を見られたことで、サイーダは自殺したってわけですか?」

「そのとおり。そいつが誰かは、俺の発表で言うことにしよう」


   重楠の発表


「俺の推理のやり方は、さっき浪穂に言ったとおりだ。つまり、『誰がサイーダの張形を見たのか?』イコール、『誰が、《サイーダが金庫を開けるシーンでの、最後に入ってきたやつ》なのか?』

 容疑者は、三人に絞られる。天一、パトリス、シャンタルの三人に」

「どうしてですか?」と浪穂。

「サイーダが金庫を開けるシーンの最後に、書いてあるだろう。『金庫の扉を持つ右手の指輪が、赤く光った』って。扉を開けた人物のつけている、『勇者の紋章』に反応したんだ。紋章をつけているのは、天一、パトリス、シャンタルの三人しかいねえ。

 金庫の大きさを書いていないのがミソだな。三人とも身長が違うから、金庫の大きさがわかると、右手の指輪の位置、すなわち『勇者の紋章』の位置がわかり、それだけで特定できてしまう」

「なるほどです。で、けっきょく犯人は三人のうち、誰なんですか?」

「落ち着けよ。一人ずつ、可能性を潰して行こうぜ。

 まず、シャンタル。彼女は犯人じゃねえ。なぜなら、サイーダの自室のドアノブに、『手の跡が一つ』ついていたからだ。

 サイーダの部屋の扉は、彼女が金庫を開けるのに四苦八苦している間に、メイドが掃除をした。当然、ドアノブも綺麗にしただろう。『手の跡』は、その後につけられたんだ。それに、もしサイーダの部屋を二人以上が訪れたなら、手の跡も二つ以上になるはずだが、『一つ』と描写されている。つまり、『ドアノブの手の跡』は、『犯人がつけたもの』だ」

「ふうん……だからと言って、手の跡がなんだって言うんですか? まさか、指紋を調べたわけじゃないでしょう?」

「そりゃそうだ、小説世界の登場人物の指紋なんて調べられるわけがねえ。そうじゃなく、『手の跡がついていたこと』それそのものが重要なんだ。

『手の跡がついていた』ということは、『犯人は手を使ってドアノブを下げた』ということになるだろう? でもシャンタルにはほら、力動念法があるじゃねえか。『物体に力を加え、自由自在に動かす』という、念法が。彼女はそれを、日常生活でもよく使うと言っていて、実際にティーカップを動かしている。ならば、ドアノブも力動念法で下げるに違いねえ。つまり、彼女が犯人なら、手を使うはずがねえ」

 たしかに、と浪穂は呟いた。

「次に、パトリス。彼女も犯人じゃねえ。

 それを説明する前に、言及しておかなきゃなんねえことがある。それは、『犯人は、ノックをせずに扉を開けた』ということだ。

 普通、他人の部屋に入る場合は、ノックをするだろう? ノックさえあれば、サイーダも、張形を片付けることができた。それがなかったということは、犯人は、『自分の部屋と間違って扉を開けた』んだ。

 天一とパトリスは、お茶会の途中で抜け出し、自分の部屋に戻って、それぞれ鎧と数珠を取ってから、オールドフィールドのいる応接室に向かっている。その、自分の部屋に戻るところで、部屋を間違えたんだ。

 ここでお茶会の、シャンタルが抜けているシーンを見てくれ。パトリスが、『他は茶色なのに、自分の部屋の扉だけ真っ青に塗られている』と言っているだろう。つまり彼女には、自室と他の部屋を見分ける、わかりやすい目印があったわけだ。間違えるはずがねえ」

「なるほどです。で、消去法で、犯人は天一ってわけですか」

「ああ。といっても、天一が犯人だという根拠が、まったくねえわけじゃねえ。

 例えば、天一はいわゆる、ラッキースケベ体質のようだな。パトリス、シャンタル、シャロンの三人に対して、着替え中に部屋を間違えて入る、というハプニングを起こしている。サイーダが抜けているんだ。彼女の張形を見てしまう、というのも、ある意味ラッキースケベだろう。これで、登場人物の四人全員に対し、ラッキースケベを起こしたわけだ。

 他にもある。トイレの位置だ。

 そもそも天一によれば、バルコニーから三人の部屋へは、ほとんど直線的に行けるんだ、道を見失う可能性は低い。にもかかわらず、彼は迷っちまった。

 その、迷ったきっかけが、「トイレに寄ったから」ではどうだろう? お茶会じゃ最高級の紅茶が出され、三人ともがぶ飲みしていた。便所が近くなっても不思議じゃねえ。

 トイレは『真上から見るとほぼ正方形をした城を、田という漢字のように、十字で四つのエリアにわけると、それぞれの領域のちょうど中央に位置している』と書かれている。いっぽう、三人の部屋は、天一が南東端、シャンタルが西辺中央、パトリスが東辺中央にあり、バルコニーは南辺中央にある。同じく『田』で例えると、右下の角っこに天一の部屋、『口』と『十』の右の接点にシャンタルの部屋、左の接点にパトリスの部屋、下の接点にバルコニーがある。

 バルコニーから、シャンタルあるいはパトリスの部屋に直線的に向かうと、トイレの近くを通ることになる。いっぽう、天一の部屋に向かうと、便所から離れて進むことになる。天一だけが、トイレに行った後、迷う可能性が高いんだ。

 まあ、天一の部屋は『田』の右下の角っこ、サイーダの部屋は左下の角っこと、真反対だが……本気で方向感覚を失い、迷えば、真逆に進むことも、 ねえとは言えねえだろう」

 さすがですね、と浪穂は言った。「完璧な推理じゃないですか」

「どうも」

 重楠は腰に手を当て、胸を張った。衣瑠のほうを見、軽く頭を下げる。

「すまねえな、衣瑠、先に答えを言っちまって」

 別にいいわよ、と彼女は答えた。「犯人、間違っているし」

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