血海心中

ふわり

第1話


 今朝、かつひこが私のなかに入ってくる夢を見た。


 白いカーテンを開けると春の白い陽光がまぶたに残る夜を焼いた。だけど春の陽だまりは私とかつひこにはまるで似合わない。私たちはいつも破滅を望んでいたし、手をつないで坂を転げ落ちていく物語の終わりを志向していたのだから。


 物心ついたときから私は毎晩かつひこの夢を見るようになったけれど、セックスの具体的な夢は初めてだった。不思議と嫌悪感はなく、むしろ血縁関係のある私たちが身体を求め合うのはさも当然のことのような気がした。夢想の中の克彦の身体はパズルのピースが合うようにぴったりと馴染み、私たちは本当にふたりでひとつの個体だったということを知ることができたのだから。

 目覚まし時計の音に打ち消された夢の続きを想像するだけで身体がむずむずとするので、私は普段欠かさずとっている納豆ご飯と味噌汁だけの朝ごはんを諦めて、学校に向かう電車に乗らなければならなかった。


「父の日ってさあ、母の日に比べて存在感なくない?何でだろうね」


 昼休みだった。サンドイッチとサラダの欠片を交互に口に運ぶみかは、不思議そうな顔をしてそう言った。舌ったらずなその話し方に耳を傾けながら、首をかしげる。


「そうかな」

「そうだよ。まこは来週の土曜、何かしてあげるの?父の日」

「うん。大したこと、できるわけじゃないけど」

「孝行娘だね」

「私の家、片親だから。お父さんには、感謝してるの」


 おとうさん。

 すんなりと口にした自分に驚いて、それから「おとうさん」という言葉の甘ったるい響きにびっくりした。一度だってかつひこのことをそんな風に思ったことなどないのに。最初から。ずっと、今まで。


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