我が家は中継地点

中野あお

居候は(自称)勇者

 我が家には現在、居候がいる。


「コーラなくなったから買ってきて。」


 図々しく、無遠慮な居候が。


「ねぇ、賢者。聞こえてる?」

「だから俺は賢者じゃなくて健司だって。」

「どっちでもいいから、早く。」


 カーペットに寝そべりながら週刊誌を読むこの女、リラは四日前我が家にやって来た。

 自称勇者、年齢・本籍不詳。

 現状、日本語は通じるものの、当初はよくわからない言葉を話していたため怪しい外国人にしか思えなかった。

 日本人ではない顔立ちに緑色の瞳。その上、人間の色素としてあり得るのかわからないような水色に近い髪の毛。やって来た時の服装は変な模様の描かれた麻の服にハーフパンツ、パンプスのような靴。六月で28℃という暑めの日だったいうのに長袖であった。

 今も怪しさは多分に残るものの、UNIQLOで買ってきた服に着替え、会話が成り立つようになっただけマシである。


 本人の主張によると異世界から別世界への移動途中で中継地点があったため立ち寄ってみただけだとのことだが俺はあまり信じていない。そのため、それ以上の説明は求めてないし、聞いてもいない。

 それでも、こいつが我が家にいるのは両親がリラの説明に納得して、しばらく住むことを許可してしまったからだ。

 父曰く、『うちは神社だから昔から不思議なことが多くて、別世界とつながりやすかったと聞いているから。』と。

 そういう場合の別世界というのは死後の世界とかではないだろうかとは思ったが、両親とも娘ができたみたいだと喜んでいるため何を言っても無駄だろう。一人息子で悪かったな。


「あとコンビニ行くならお菓子も何か買ってきて。」


 普通ならば無視するような頼みであるが俺はこれらを無視できない。しっかりと世話をするように母親に言われているからだ。これが世話に当たるかどうかは怪しいところだが、しっかりと不自由のないようにという申しつけを完璧に守るとこうなるのではないだろうか。


「お前は来ないのか?」

「めんどくさいからパス。」

「じゃあ。カラムーチョでいいか。」

「私、あれ嫌い。」

「じゃあ、選びについてこい。」

「仕方ないな。行くよ。」


 ため息混じりに答えられる。


「忙しくもなくて、家でごろごろしてるだけなんだから、そうやって自分で買いに行けばいいのに。」

「いつ仕事の連絡が入るかわからないんだから『門』の近くにいる必要があるって何回言わせるのさ。」

「だから、その『門』とやらを見せてくれって何回言ったらわかるんだ。」

「まだ開いてないって言ってるじゃん。」


 最初に会った日から、彼女が日本語を急に話し出してから何度も登場する『門』という単語。世界と世界を繋ぐ役割を持った場所のことらしいが、見せてくれてと言ってもこの返事が返って来るだけだ。


「開いてないならどうやってこっちに来たって言うんだよ。」

「無理矢理こじ開けてきたの。古めの『門』だったからこっちから向こうにもつながらないし、仕事の連絡もままならないから今も開放作業してもらってるところなの。」


 よくわからない話だし、正直、信じてもいないがここまで相手が引かないとなると気になる。

 万が一、本当だとしてコンビニでの買い物を他人に頼むような勇者というのはいかがなものだろうか。こうして一緒にコンビニについてきて俺の金でお菓子を買うような勇者はいるのだろうか。


 神社の鳥居を出た先にある我が家から最寄りのコンビニまでは徒歩で五分。神社の近くにコンビニなど景観的に問題があるなどと昔は反対する人もいたらしいが、結局、歴史よりも便利さの方が勝ってしまったのだろう。ただ、うちにある程度配慮してくれているのか看板の色が通常よりも落ち着いている。

 スーパーで買った方が何もかも安いため時間がある時は使わないのだが、リラが来てからコンビニで物を買う回数が増えた。この四日間で六回目だ。こうしてついてくるのは四回ほど。そして来るたびにいろんなものを買っていく。


「賢者、これ買ってくれ。」


 そう言って持ってきたのはカフェオレ。選ぶ飲み物は毎回異なる。今までこの手のものを飲んだことがないと設定を貫いているためいちいちリアクションが大きい。

 俺の持つカゴに1Lの紙パックが突っ込まれる。


「カフェオレがどんな飲み物なのか知ってるのか?」

「コーヒーと牛乳を足した飲み物だと由希子さんから聞いた。」


 母親が色々と吹き込んだようだ。


「他には何か買うか?」

「ナッツとポテチ。」

「ポテチは何味?」

「関西だし醤油。」


 こちらも毎回違う味だ。


「了解。他には?」

「これでいい。」


 ピピピッピピッ。

 レジに並ぼうとしていると携帯の呼び出し音のようなものが鳴る。


「あっ、私だ。」


 うちの親は携帯までも与えていたのかと思ったが、彼女は携帯を取り出すわけでもなくネックレスに手を当てた。


「もしもし。ってこっちの言葉じゃ通じない?大丈夫?翻訳できてる?」


 誰かと会話しているのだろうが、何も持っていない彼女は傍から見たら割と痛い人だ。何故か光り出したネックレスから声が漏れてきている気がしないでもない。


「今?コンビニにいるけど。…えっ、開いたの?…うん。わかった。すぐ向かう。じゃあ。」


 もう一度ネックレスに手を当てるとその光は止む。


「ってわけで、すぐに家に戻るよ。」

「いや、全然わからないんだけど。」

「『門』が開いたから仕事だってこと。見たいならついてきて。」


 手に持っていたナッツをカゴに入れ、リラは走って行く。


「えっ、すぐって。」


 どういうことか聞こうとした時には、もう店を出ていっていた。

 急な話に戸惑いながらも、後で機嫌を損ねたくなかったのでしっかりと会計を済ませてから向かうことにした。

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