田舎の運転士

正保院 左京

第1話 田舎の運転士

※この物語はフィクションであり、実際の人名や地名、及び現行に施行されている法律とは関係ありません。 

 

 中学校の頃からバス通生だった東谷栄あずまやさかえは、高校を卒業して路線バス会社に入社し、運転士となった。

 走行する路線は学生時代に毎日のように利用していた路線だ。

 バスセンターから市立病院を経由し(だいたいどの路線も経由する)、山の中へと進んで行くこの路線は、奥に進めば進ほど人の乗り降りは少なくなってくる。

 一日に数人乗るか乗らないか。大体の客層は七十代以降の車を運転しない高齢者で、通院が主となるが、だいたいそれも一人二人。都会のバスの様に満員になる事は無いので運賃は割高である。


 嘗てバスを利用していた人々は皆、高校卒業と共に県外へ出たり、免許を取って自分で車を運転したりするようになって、バスを利用することも無くなる。

 しかしながら、免許を持たない人が偶に乗車してくることがある。買い物や通院が主なのだが、若い客は殆どの場合大きな荷物を抱えている。

 進学に伴った上京。そして卒業した後の就職。殆どの場合、年に一度くらいしか帰ってくる事は無い。

 このような公共交通機関は、利用者の行き帰りのみならず、出逢いと別れも受け持っているのだ。


 東谷栄。彼は昔から人当たりが良く、彼を慕う友人は多い。

 彼の運転するバスに乗る友人たちは決まって運転席のすぐ後ろの席に座り、運転士に話しかける。


「久しぶり」

 と。


 そこから友人同士のくだらない世間話が始まる。最近の話、学生時代の馬鹿馬鹿しい話。くだらないけれども、それは彼らにとってはとても貴重な話なのだ。そして何時しか友人たちはこう切り出す。


「この町を出るんだ」


 こうなることは分かりきったことだ。大きな荷物を抱えたその姿を見たときから栄は既に分かっていた。寂しさを押しこらえて彼は去りゆく友人たちを送り出す。今更止める訳にはいかない。それは彼自身の決める事ではないのだ。口を出してはいけない。

 悲しみの向こうには、友人たちの夢と希望が詰まっているのだから。

 だから彼は寂しさをこらえ、心を込めて送り出すのだ。

 そして必ず「又帰って来いよ」と声をかける。

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