外伝―29 盤上に踊りし魔女➆

 カイはそう言うと、ニヤリと笑い、入り口に集まってきたものの動揺している兵士や魔法士達、そして奥で顔を強張らせている執事長と対峙した。

 片手は優しくアデルの背を撫でている。


「あ、貴方は、このようなことをして、ただで済むとお考えなのですか? アーデル家は同盟において絶大な力を」

「んなことは知らねぇなぁ。俺が知ってるのは、だ」


 ――空気が変わった。


 構えている剣槍や杖の先端が震えている。

 純粋な恐怖。嗚呼……自分達はここで、死ぬかもしれない。


「お前らが、こいつに打ちたくもねぇ王帝兵棋を打たせて、悦に浸ってる馬鹿だってことだ。こんなチビ助に、濁った硝子玉みたいな目をさせた挙句、泣かせやがって」

「そ、それは!」

「もしかしてだが――運命だ、とか、才能がある、なんてくっだらねぇ台詞を吐く気か? 理由にしちゃ、薄っぺらで聞く価値もねぇな。ああ、それと何時まで呆けてるんだ? とっくの昔に射程内だが?」


 カイは、そう言うと指を軽く動かした。

 瞬間


『!?』


 向けられていた剣槍と杖の悉くが両断された。

 執事長の頬に、切られた一筋の傷跡。血が浮かび上がる。


「おっと、すまんすまん。少しばっかしズレた。それじゃ、次は首だ。痛みもなくあの世に送ってやるよ。これから先の世界は過酷だからな。せめてもの慈悲だ。俺はこれでも優しいんだ」

「…………何故、です」 

「ん?」

「何故、貴方はここまでするのですっ! 貴方には関係ない話ではないですかっ!」


 執事長が叫ぶ。アデルの抱き着く力が強くなった。

 カイは、未だ泣き続けている少女の頭を、ぽん、と軽く叩き溜め息をついた。


「子供が泣いて、俺の名を呼び、助けを求めた。なら――助けてやらないでどうするよ? 悪いが俺はそこまで人間を拗らせちゃいない」

「っ! そ、そのような……そのような事でこのような暴挙に……。アデル様は、王帝兵棋の現大陸王者であらせられる。そして、今は年に一度の王者決定戦中なのです。どうか、邪魔をしないでいただきたい」 

「それは、心底嫌がってる奴に嫌々させる程、価値があるものなのか? 本人は嫌だ、と言ってるのに?」

「…………それは」

「――大の大人が子供を食い物にしてんじゃねぇよ。それとも、お前さんらは人間ですらないド畜生なのか? うん? まぁいいさ。宮仕えも大変、ってことにしといてやるよ。ほれ、とっとと、子供に色んなもんを押し付けて悦に浸ってる阿呆の中の阿呆を連れてこい」


 カイは、処置無しとばかりに手をひらひらと振った。どうやら、これ以上、会話をする気はないようだ。

 入口を封鎖しつつも、自分達の命が目の前で呆れた様子の青年に握られていることを理解している、兵士と魔法士達は執事長へ一斉に目を向けた。


「…………分かりました。ですが、もし逃げれば」 

「逃げる? なぁ勘違いするなよ? 俺は別にお前さん達と話す必要性を認めてない。さっきも言ったろうが。この場で綺麗さっぱり掃除したって一向に構いやしないんだ。どうせ、そのざまじゃ『』でご破算になるだろうしな。むしろ、逃げるのはお前さん達だと思うぜ? ああ、当たり前だが――逃げたら世界の果てへ逃げようが追う」

「…………」


 蒼褪めた執事長達がさがってゆく。

 ――やがて、誰もいなくなった。

 肩を竦め、カイは少女へ声をかけた。


「ほれ、行ったぞ。そろそろ放れろー」 

「…………」


 嫌だ、と言わんばかりに少女は頭をこすりつける。

 頭を掻き青年は抱き抱えながら、近くの椅子へ。


「ったく。普段、強がってる分、泣き始めるとまるで洪水だな、おい。今度からはこうなる前に、少し自分を出しとけ」

「………………だって」

「ん?」

「……………………所詮、私は『駒』に過ぎないんだから」

「お前は馬鹿か?」

「なっ!? あ、あんたに何が分かって」

「人は人だ。駒なんかじゃねーよ。そんな事も知らなかったのか? 馬鹿だなぁ、お前」

 

 激昂し顔を上げたアデルだったが、カイの自分を見つめる視線を見た瞬間、沈静化。恥ずかしそうに俯き、ぽかぽか、とお腹を叩く。


「ごふっ。み、鳩尾、鳩尾は止めろっ」

「…………バカ。大バカ。あんたって、多分大陸一のバカだわ」

「そのバカに勝てない学生さんがいるらしいぜ?」

「か、勝つし! 本気じゃなかっただけだしっ!」

「へーへー。まぁ、何にせよ」


 アデルの頭を優しく撫でる大きな手。

 顔を赤らめつつも、為されるがまま。


「今のお前はちゃんと生きてるさ。駒なんかじゃねぇ。俺が保証してやる」

「……本当?」 

「ああ」

「…………そっか。なら――信じてあげる。寛大な私に感謝することね」

「信じとけ。さて、と」


 カイは立ち上がり、入り口を見た。

 多数の気配。

 武装を再度整えた、兵士と魔法士達がそれを塞ぎ、奥には執事長と赤髪の男。

 二人を見る視線には憤怒。

 アデルが不安そうに、カイに抱き着く。


「何だ? また甘えたくなったのか?」

「う、うるさいわねっ。……ダメ?」 

「ダメとは言わねぇよ。まぁ、出来ればガキに抱き着かれるよりも、美女に抱き着かれてぇな」

「…………死ねばいいのにっ。数年後、待ってなさい」

「夢は大事だからな。期待しないで待っとくわ」


「――貴様、何者だっ! このような狼藉をするとは。私の娘から離れろっ!!」


 男の場違いな声が響いた。

 アデルの小さな肩が震え、顔を背けるようにカイを強く抱きしめる。

  


「ようやくお出ましか。でかい声を出すなよ。子供が泣くだろう? それとも――そんな事すら学ばずに、その歳まで生きて来たのか? そうだとしたらもう救いようがねぇから、ここで死んでおけ。…………さて、子供を使って自分の欲望を満たす、という屑中の屑の所業について、存念を聞こうか。殿?」

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