外伝―27 盤上に踊りし魔女➄

「ふわぁぁぁ……はふ。ほれ、とっとと打てー」

「…………五月蠅い。少し黙れ」

「へーへー。ん?」


 目の前で、机に両肘をつき考え込んでいる赤髪の少女を声とは違い、優しい顔で見ていたカイは、周囲を見渡した。

 一瞬だけ、つまらなさそうな表情。頭を掻き立ち上がる。


「……ちょっと、何処へ行くの? まだ、勝負は」


 く~、と可愛らしいお腹の音。

 少女の身体が、ふるふる、と震えている。


「あー朝から、ずっとだしな。俺は腹が減った。お前は?」 

「……食べる」

「了解。まー考えてろ。ああ、そのままだと俺がまた勝つな」

「…………ぜっったいっ、勝って泣かすっ」


 目も合わせず、少女は盤面を睨み続ける。

 カイは肩を竦め、そのまま奥の注文口へ向かう。

 顔見知りになった女性店員を見つけ、声をかける。


「あ、カイさん。御休憩ですか?」

「ん? まーそうだな。悪いが、適当に作って持っていっておいてくれ。あーあいつの珈琲は」

「砂糖とミルクをたっぷり。蜂蜜とジャムのパンで。カイさんは、ブラック珈琲と、パンとスープですね♪」

「完璧だ。よろしく。少し出てくる。まーすぐ戻るわ。あいつがぶつぶつ言ったら、ハンデだ、と言っといてくれ」

「はーい。ふふ、カイさんって」

「何だ?」

「可愛い女の子に意地悪しちゃうタイプなんですか?」

「ちげーよ。それだったら、お前さんにもそうなるだろ?」


 ぽん、と頭を叩き、カフェを出る。

 良い天気だ。が、待ち望んでいる風は未だ吹かず。凪のまま。聞いた話によると、異常事態らしい。

 まるで、天がアデルとの対決が続く事を望んでいるかのようだ。

 ……いや、むしろ。

 わざと港が見える大通りから外れ、路地へと入っていく。

 周囲に人影は無し。

 カイは、アデルや店員とは全く異なる酷薄さすら感じる声色で問いかけた。


「わざわざ、出て来てやったんだ。顔を見せろよ」


 物陰から、数名の男達。

 フードを被り顔色は分からない。

 先頭の男が進み出て、深々と頭を下げる。


「これはこれは……バレていましたか。お初に御目にかかります。私共は」

「別にお前らが何処の誰かは興味がねー。ただなぁ」 

「何でございましょう?」

「影からコソコソ、あいつを監視すんのは止めとけ。…………死ぬぞ?」

「ほぉ。それはいったいどういう意味で?」

「あいつは今、気が立ってる。何せ負けっぱなしだからな。踏み込んだら、重魔法をぶっ放しかねん」

「負ける? ……まさか。それにアデル御嬢様は誰よりも、気高く、ご聡明な御方。そのような無体な事はなさりませぬ。……カイ、殿でしたか? これを」

「あん?」


 男が一枚の紙を投げ寄越してきた。

 ――金額が書かれていない小切手だ。


「そこにお好きな額をお書きくださいませ。そして、今日中にコーネリアを出ていただきたく」

「あー……一つ聞いていいか」 

「私が答えられる事でございましたら」

「…………あれか? お前さんらの御主人様は、自分の娘がどういう状況にいるのかすら、気付いてもいない、愚者中の愚者っていう理解でいいのか?」

「! き、貴様!!!」

「控えよ。……どういう意味で?」


 淡々とした声で発せられた最大級の侮蔑に、男が反応したものの、先頭の男が押し留める。

 つまらなそうにそれを見ていたカイは、首を振った。

 持っていた小切手を放り投げると、一瞬で炎に包まれ灰と化す。


「処置無しだ。お前さんら、肝心要な事実を忘れてるよ。言いたい事は、それだけか? そろそろ戻らねーと、学生さんに殺されちまう」

「……つまり、我等の提案を拒絶なさる、と?」

「あー止めとけ。そいつを抜いたりしたら――」


 カイの動きが止まる。

 次の瞬間には男達を置き去りにし、壁を伝い大通りへ出ていた。

 ――カフェの近辺から、凄まじい魔力。

 次々と、悲鳴をあげながら男達が叩き出されてくる。硝子、机や椅子が壊れ、周囲に飛び散る。


「お、御嬢様っ! お、御止め、御止めくださいっ!」

「だ、旦那様は、御嬢様の事を想われて――」 

「…………」


 無言でアデルが重魔法を展開。完全にキレている。 

 カイは大きな溜め息をつき、無造作に近付いていく。

 そして


「痛っ!」

「阿呆。こんな所で、そんな魔法を展開するな。何処の破壊魔だ、お前は」 

「……だって、邪魔をするから」

「だっても何もねーな。飯は?」

「……あんた帰って来ないし」

「分かった、分かった。一緒に食べてやるよ。ったく、我が儘学生は困ったもんだ。ほれ、戻った戻った。あー壊した所は直せよ?」

「……言われなくても直すし」


 ぶつぶつ、文句を言いながらもアデルは素直に修復しつつ、店へ戻って行く。

 残ったカイは呆然としている男達と、追いついてきた先程の男へ告げた。


「で? 誰がそんな事をしねーって? 次回、同じ事してみろ? この都市自体が消えるぞ?」

「…………貴方様は何者なのですか。御嬢様があそこまで素直に」

「どーでもいいだろ、そんな事は。問題はてめーらの御主人様が、糞だってことだ。自分の娘がってのに、自分で迎えにもこねぇ。……なぁ、俺はお前さんらに興味はねーし、正直、厄介事に首を突っ込む気もねぇ。が」


 カイは笑みを浮かべる。

 男達の足が一歩――自然に下がった。本能が告げていた。『逆らえば、死ぬ』。



「今はあいつの好きにさせてやれ。には、そういう時間が必要だ――まさか、その程度の事は忘れちゃいねーだろ? 文句があるなら、直接来いと伝えろ。話くらいは聞いてやるよ。それともあれか? 自分の娘以上に大切なもんがあるってるのか?? そしたら――度し難いぜ。いっそ綺麗さっぱり滅んだ方が良い。まぁ、そんなんだったら時世も読めず、で滅ぶだろうが」

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