勇者と魔王

へのへのティーチ

「悲劇」


 俺たちは、"勇者"だ。


 我が身を粉にして、世界を救う救世主・・・・・・そんな運命を、背負っている。


 仲間は、俺を含めて五人。

 皆が皆それぞれ違うけれど、大切な戦友であり、家族であり、恋人であり、仲間なんだ。



 全世界の転覆を目論む、悪辣非道の魔王を撃ち破り、人類のすべからくをこの手で助け出す為に、俺たち勇者は戦ってきた。



 俺たちは力を振り絞った。


 強さを追い求めた。


 正義のために、戦ってきたんだ。



 そう、戦って・・・・・・・・・来たんだ・・・・・・来たのに・・・来た、筈なのに・・・・・・



『逃げろ! ここは俺が食い止める、テメェはテメェのやるべきことを果たせッ!!』



 俺が



『この先は、頼みましたよ・・・ 僕はもう、立つことでさえ・・・』



 俺がやらなきゃ



『もう誰も失いなくないッ! だからアタシが、ここで終わらせるんだッ!!』



 お前らの、世界のために・・・



『貴方に逢えて、この一生、私は、とっても・・・・・・幸せでした』



 俺は・・・ 俺はッ!!!




「俺は、やったぞ・・・ ハハ・・・ 世界を、救った・・・・・・」

「・・・・・・」

「俺は、俺は救ったぞッ!!! 世界を!!」

「そうか・・・・・・」






「・・・・・・それで?」






「・・・え?」

「それで、世界を救った『お前自身』は、誰が救ってくれるんだ?」

「は・・・? お、お前なに言って・・・・・・」



 彼の、魔王の言葉に、思わず問いを返してしまった。



「世界はなにも失われず、それを成しえた自分だけがすべてを失う」

「・・・・・・」

「お前の自己犠牲の果てに多くの人々が安寧を得た・・・ なんていう美しいお伽噺はここで終い」

「・・・うるさい・・・ッ」



 なにか、腹の奥がムカムカする。

 ずっと気にしないように、気づかないようにしていたものが。

 鍵を掛けた引き出しを無理矢理こじ開けられるような。

 そんな嫌な不快感が、俺の体を走り回った。



「"なにかを失って不幸になる"役をお前や死んだお前の仲間に押し付けた世界とやらは、いずれお前を必要としなくなるだろう」

「だまれ」

「なぜなら彼らは"なにも失わず平和を手に入れた"のだからな」

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!」



 気がついた、気がついてしまった。

 それは意識してしまった途端に、まるで解き放たれた飢える獣のように、這いずり回る百足虫のように、俺の脳内をまさぐって食い散らかしていく。



「お前が、我を打倒して得たものがあったか? 我を倒すための旅に出て、得たものがあったのか?」

「だまれッ!!」

「世界を救うために、お前の『大切』を失ったにも関わらず、当の世界はお前を救おうとなど考えもしない、むしろもう不必要だと考えている」



 癇癪をおこした子供のように、ただひたすらに黙れと繰り返す。

 もう聞きたくない。

 こんなものは戯言だ、そう思いたいのに、心のどこかでそれを拒否するもう一人の俺がいる。

 


「理不尽、実に理不尽だ。そんな理不尽極まりないこの世界に、我は愛想を尽かしてしまったのだ・・・・・・ 勇者よ」

「だまれ」

「いつまでもそうやって、事実を認めようとしないつもりか?」



 認めようとしないのではない、認めることが出来ないのだ。

 なぜなら、これを認めしまえば。



 認めてしまえば・・・・・・ 彼らの死が・・・ 俺へ繋いでくれた意思が・・・



「・・・無駄って、ことじゃねえかよ・・・」

「然り、すべては無駄。ただ虚無なのだ」

「・・・・・・」

「ゆえに、勇者」



 魔王は、血まみれの顔で、その奥にある邪悪な深紅の瞳で、俺を睨み付けた。

 そして、しわがれた、それでいて好戦的な声を紡いだ。



「我は・・・・・・ 滅ぼすのだ、世界をッ・・・!」



 悪の権化のような男が、口元を歪めて、ニヤリと笑う。

 静かで、小さな、魂の、絶叫だった。

 

 世界を、滅ぼす。

 滅ぼす。

 殺す。


 この世界を、殺す、殺し尽くす。


 

「そう、そうだったな・・・・・・・・・俺は、"勇者"だろう」



 救われない? 救おうとされていない? 救うものがいない?


 馬鹿を言え、俺は勇者、救世主だ。



 ―――――俺を救うのは、俺だ。

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