6月のユピテル

達磨

第1話 朝 ゴミ出し

嫌な夢を見た。目を覚ますとそこはいつもの自分の部屋だった。日常性に押しつぶされそうな窮屈な部屋。生まれたときから同じ部屋に住んでいる。壁の白さがいつも以上に不快だった。汗をかいたようで気持ち悪い。頭が混濁して今にも吐きそうだった。不快感を押し殺し、時間をかけてベッドから起き上がる。ベッドのすぐわきにある水差しからコップに水をつぎ、その横にある白い薬袋をとる。往診している医者の薬だった。鬱病と診断され、辛くなったら飲むようにと言われたものだった。それにしては態度が横柄で病院の白さも極まって不快だった。医者は多分藪だと思う。その抗鬱剤と一緒に胃に負担がかかるからと胃薬もだされた。これだけで8000円近くとられた。いい商売である。しかし、薬の為に薬を飲む。これでは何のために薬を飲んでいるのかわからない。ただの薬漬けの廃人を作りたいだけではないか。くだらない。本当に世の中はくだらない。

そんな事を考えながらまず一口水を飲む。ぬるいが汗をかいた体にはしみこんでいくようだった。しかし飲み込む時喉が詰まるようでやはり不快だった。それから薬を口に放り込み水を飲む。なかなか喉を通らない。二口三口水を飲む事でようやく嚥下した。ようやく息をつきしばらく深呼吸をして休んでから、うづくまるように身をちじこませる。今日はいつだったか。ここはどこだったか。今日の予定を時間をかけて整理する。昔はこんなことは朝起きるとともにしていた事だが今はこんなにも時間がかかる。困ったものだ。外に行くというだけでこんなに体が拒否するようになった。周りの人間から見たら只のさぼり癖で甘えだろう。自分でもそう思う。

しばらく思考をし頭を回転させてからベッドから起き上がる。ゆっくりと朝食の準備をして、消化のいいようにゆっくりと食べる。今日の朝食はご飯とみそ汁と煮物と果物だ。子供の頃から変わらない和食だ。パンのような洋食は気が向いたら食べる。小麦は昔から腹を壊すので苦手だった。今は薬を飲んでいるので更に胃は悪くなっているだろう。今日のご飯を一応用意したが正直リンゴだけで腹はいっぱいだった。しかしバランスよく食えという医者の忠告に従いこれらを平らげる。少しづつ少しづつ。そうすれば慣れて多少食べやすくなるかもしれない。朝食を食べながらニュースを見る。まだ6時前なので大したニュースをしていない。6時! いつもより遅い。気分が悪かったから、あまり寝られなかったのかもしれない。それとも起きてからベッドを出るまで時間がかかったのかもしれない。きっとそうだ。まあ。落ち着こう。ニュースをしていないのは問題だ。TVはいつもニュースを映す局をもつべきだ。くだらないバラエティなんていらないのだ。新聞はまだポストだろう。そういえばまだとっていなかった。食事をなんとか平らげて取りに行こう。全く朝からこんなに食えない。しかし煮物は旨い。味はしないが。

1時間以上じっくりと朝食をとり、外のポストに新聞を取り行く。まだ寒い朝の中、朝焼けのオレンジの光の中玄関を開けて…ん? 何か忘れているような……?

ああ、ゴミの日だ! 今日はゴミの日だった。大変だ! すぐに出さないと。先週もだしていない。くそっ。ハエが来るじゃないか。急げ急げ。どたどたと埃だらけの廊下を通りゴミ箱を片っ端から集める。途中、置物を落としたり壁に傷をつけた。体もすりむいた。そんなことはどうでもいい。ゴミだゴミ。朝食をひっくり返しあれもこれもゴミ箱に入れていく。自分が何をしているのかよくわからない。ただ頭が熱くてたまらなかった。これを早くすればいいんだ。はやく捨てないと。急いでゴミをまとめて捨てに行く。廊下を走りパジャマのままドアを開けて、道を走ってすぐ角のゴミ捨て場へ…。

見ると今まさにゴミの収集車が出ていくところだった。

「おーい!待ってくれ!」

あらん限りの大声でがむしゃらに叫ぶ。頭に響いて頭がさらに痛かった。喉が切れたのかヒューヒュー音を立てて、心臓が今にも爆発しそうなほどだった。不快感も半端ない。

これだけ叫んでいるのにゴミの収集車は気付かないようでつぎの回収先へと向かう。ついに精根尽き果てて家の中をかき集めたゴミをおろしはあはあと肩で息をする。

「くそっ」

と悪態をつき、壁を殴るとぷっと一部始終を見ていた通行人に笑われた。馬鹿にしてっとむすっとして、だいぶ息が収まったので家に戻ろうとすると肩を叩かれた。

「ねえ、あんた」

それはこの地区の町内会長だった。

「はい。」

正確には声になっていないがそう答える。町内会長は聞こえなかったようで逆に無視されたと思ったのかふんと鼻を鳴らし顎でもっているゴミ袋を指す。

「それ出そうとしてたの? 悪いけど今日は燃えるゴミじゃないよ。燃えるごみは明後日。」

「……え?」

今にも崩れ落ちそうだった。おいおいマジかよ。だってあんなに急いで…。

その絶望的な表情が今にも傑作だったのか笑って町内会長は去って行った。壁は殴らないほうがいいと言っていたが聞こえていなかった。そんな何のために。なんでこんなにがんばって……。

頭が今にも爆発しそうなほどだった。しばらく壁に手をついて休んでからそっと家に戻った。家に入る際、ポストには新聞が何日分も詰め込まれていた。そういえば昨日も新聞を取りに行こうとして、ゴミに気を取られて…。ものすごい虚無感が頭を覆っていた。頭の熱はさり、今度は冷や汗をかくぐらい冷たくなっていた。悲惨な事になっている家の中を整理しようとするも体が言う事を聞かない。仕方がないのでゴミ袋をゴミ箱に戻すとベッドに戻った。少し休もう。疲れたから。動けないから。少し。ベッドに身を預けて休もうとするも、今度は息の詰まるような頭痛が襲ってくる。まるで周りが真空で空気を求めているような。ううぅと薬袋に手を伸ばし、規定量以上のくすりをわしづかむとくちのなかへ放り投げ、嚥下する。水差しの水を飲もうとしても手が動かないし、頭の中に花からその選択肢はないのである。不快感が半端ないが仕方ない。そうするとしばらくは楽になる。この頭痛も止んでくれる。動悸と冷や汗が止まらない。頭が内側からトンカチでガンガンたたかれているように痛い。この痛みで死んでしまいそうだ。むしろこれで死ねたらどんなに楽だろうか。しばらくして頭痛が少しだけ収まった。むくりと起き上がると悲惨な事になっているダイニングや廊下の掃除を始めた。お腹がとてもすいていた。でも食べれない。すべて捨ててしまったから。掃除をしているとううっと吐き気がして胃の中の物を廊下に全部吐いた。薬を飲みすぎた為の副作用だった。少し休んで汚物の掃除をした。昨日と同じく。これで今日も一日が終わるのである。


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